プロローグ
「おまえは人間の成りそこないだ!」
「さっさと死んでしまえばいい!」
「なんでそんなこともできないの! これだから獣人は…」
「こんなやつ、引き取るんじゃなかった!」
無情にも浴びせられる暴言の数々。獣人の少年は歯を食いしばり、拳を握り締めながらその暴言の嵐に耐えていた。こんなのはいつものこと。日常だ。それでも…少年の緑の目の端には涙が光る。けれど決して泣きはしない。そんなことをすればより一層 酷い目にあうと、経験上知っているから。
「ねぇ!!! 聞いているの!?」
ズドンッ
おばさんが目の前のテーブルに拳を叩きつける。びくりっと肩を震わせる少年。白い髪から覗く犬耳をぺたんと寝かせながら、か細い声で謝罪をする。
「…ごめんなさい」
「謝ってほしいんじゃない! この役立たずが!」
ズドンッ
おじさんが机を思いっきり殴りつけた。少年はか細い声で謝り続ける。それでもなお、おじさんとおばさんは机を殴り続ける。
「ごめんなさい」
ズドンッ…
「ごめんなさい」
ズドンッ
「ごめんなさい」
ズドンッ!
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
ズッドォぉォォォォォンッッッ!!!!!!
爆発音にケンははっと目を覚ました。途端に鼻を突く、咽返るほどの血と獣の匂い。彼は慌てて、ぼろぼろの納屋から飛び出した。
すると目に入るのは、そこらを闊歩するゴブリンやオーク、オオカミ型の魔物たち。そして彼らの手にかかったのであろう、道に倒れる犠牲者。村の至る所からは火の手が上がり、黒煙が夜闇を赤黒く染めている。そして村中から響く、耳を劈く絶叫や断末魔の悲鳴。
あまりの出来事に呆然と立ちすくむケン。そんな彼を魔物たちの目が捉える。ぎらぎらと目を輝かせる魔物たち。言葉はなくとも、「新しい獲物だ!」と言っているのが肌にひしひしと伝わってくる。
「あ、あぁ…」
一歩、二歩と後退るケン。そんな彼の様子を楽しむように、魔物たちもじりじりと距離を縮める。次の瞬間、そんな魔物たちに背を向けたケンは、脱兎のごとく逃げ出した。どこへ行けばいいのかなんか分からない。それでも、この場から離れたい一心で、ひたすら走り続ける。
背後からは魔物たちの雄叫び、怒号が轟き、振り返らなくても追って来ていることが分かる。
訳も分からず走ること数分。ケンの目に、一つの門が見えてきた。村の出入り口だ。壊れていないところを見るに、魔物が侵入してきた門ではないらしい。
その門を見て、ケンは安堵した。村の外に出れば、捕まることはないだろうと。だから気が付かなかった。周囲に人っ子一人いないということに。その油断が一瞬、ケンの張り詰めた気を緩めた。
次の瞬間だった。
家と家の隙間から一匹の大蛇が躍り出た。人を簡単に丸呑みできそうなほど巨大な大蛇だ。その大蛇は緑に輝く目でケンを捉えると、その身体に巻き付いた。
「あっ…ぐっ…」
じわじわと締め付けられて呻き声を漏らすケン。視界の隅では大蛇に恐れをなしたのか、ケンを追って来たゴブリンやオークたちが緊張した面持ちで後退っていくのが見える。
それほどこの大蛇は強力な魔物なのだろう。
それを察して、ケンは生きることを諦める。締め付ける力はどんどん強くなり、身体中の骨がミシミシと悲鳴を上げる。ケンは聞いたことがあった。蛇は獲物を丸呑みしやすいように、骨を粉々に砕いてから食うのだと。
「ふっ…ぐっ…あ、あはは…」
自分の人生はこんな終わり方をするのか…と思わず笑いがこみ上げてくるケン。思い返してみれば、生まれてからの約六年。なにもいいことがなかった。父親は物心付く前に蒸発、母親を早くに亡くし、叔母の家に引き取られてからは暴言と暴力に耐えるだけの日々。なんて惨めな人生だろうか。
こんな人生なら、このまま蛇に食われた方がマシだ。
そう思い、ケンは瞼を閉じた。なにも未練はない。あるとすれば、来世ではもう少しマシな人生を送りたいというくらいのもの。
「………」
しかし待てど暮らせど、一向に死が訪れることはなかった。怪訝に思い、薄っすらと瞼を開けるケン。するとどうだろう。大蛇は目を見開き、ケンの背後の空を見ながら固まっているではないか。その様子はまるで、なにかに怯えているようで…
いや、大蛇だけじゃない。周囲の魔物たちも怯えたように空の一点を見上げ、その動きを止めている。まるで圧倒的強者から逃れようと、息を潜めて気配を殺すように。
そんな魔物たちの尋常ならざる様子に、ケンも首を捻って上空を見上げた。
―――――――――そこには上空からこちらを見下ろす、黒い竜の姿があった。
鋭い眼光に燃えるような赤い目。力強く羽ばたく漆黒の翼。光を吸い込んでしまいそうなほど黒い、鋼鉄を優に超える硬度を誇る鱗。そしてすべてを切り裂く、鋭い爪と牙。
一夜にして国を滅ぼし、悠久の時を生きるといわれるドラゴンの王――古龍――
その、世界最強と言われるドラゴンの一体が、そこにはいた。
「「「「グオオオオォぉォォォォォ…!!!」」」」
咆哮するだけで大気が震え、大地が鳴動する。まさに圧巻。まさに最強。
村を襲っていた魔物たちは、それだけで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ケンを締め上げていた大蛇すら例外ではない。
魔物たちが去った後には、静けさだけが残った。
いつのまにかしとしとと雨が降り出していた。その雨はまるで凄惨な目にあった人々を不器用ながらも慰めるように優しく人々を包み、燃え盛る炎を消し、血を洗い流していく。
ケンは村を救ってくれた古龍の、その雄大な姿に息をするのも忘れて見入っていた。
その時だった。ケンと古龍の目がかち合う。それは一瞬の出来事。もしかしたら勘違いだったかもしれない。しかしケンはその瞬間、古龍の目の中に安堵の色を見た気がした。
古龍が大きく羽ばたき、飛び去っていく。みるみるうちに小さくなっていく古龍の姿。
「ありがとう…」
その背中を見つめながら、小さくお礼を呟くケン。それに応えるかのように、遥か彼方からもう一度、古龍の咆哮が響いてくるのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
運命のイタズラか、それとも必然か…
この竜との出会いは少年の運命を大きく変えていくことになる。
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