酒粕×米麹=甘酒
「甘酒で酔っぱらうだなんて都市伝説かと思ってた」
「へろへろですよ私はもう」
巫女服のお姉さんは足元おぼつかず、よろよろと僕の身体にもたれかかっていた。周りの大人たちは「やっちゃったなあ杏ちゃん」とか口々に言いながら、手が離せないから僕に介抱するようにお願いしてきた。
それを快諾したものは良いけれど、酔っ払いのお姉さんのお世話なんてしたことがないからどうしたらいいかわからず慌ててふためき、結局今は神社に敷設されている救護テントで、レジャーシートの上に足を投げ出して座っている僕の太ももに、お姉さんが頭をもたげている。そんな状況だった。
今年も無事に年が明けて、近所の神社に初詣に行った1月1日のことだった。
母はおせち料理とお雑煮の準備、父は実業団駅伝観戦をしているうちに出掛けて行こうと足を向けたのは、昔から通い詰めている近所の神社だった。人気の厄除け神社みたいに大きくもなく、長蛇の列があるわけでもないけれど、初詣客で程よくにぎわっていた。
皆がそうするように賽銭箱まで進んでお金を投げて、二礼二拍一礼。作法に則って参拝を済ませて踵を返すと、パタパタと白と赤の巫女服を着こなした女性がこっちに向かってくるところだった。
「源くん、あけおめでーす!」
「あけおめです杏さん。今年もよろしくお願いします」
僕が深く頭を下げると、杏さんは満足したように笑って何かを差し出してきた。
「景気づけだよ」
紙コップだった。中身は白くて中に粒が入っている。
「お神酒じゃないけど」
「甘酒で嬉しいです」
僕はそれを受け取った。包む掌があったかくて安心する。
「今年もよろしくー!」
思いっきり乾杯をかわして、紙コップに入ったそれを口に含む。お米の甘みを堪能していく中で、アルコール入ってるけど中学生の僕でも甘酒って大丈夫なのかな、なんて考えていたそんな矢先だった。
「きょ、杏さん!」
へなへなと僕の横で杏さんが膝から崩れ落ちたところから、今の状況に至るのだった。
「へへへ~源くんのひざまくらだ~」
赤く染まった顔と緩んだ目元と口元。普段のしゃきっとした顔とは違って、とてもじゃないけどよそでは見せてはいけないなあと思った。まあ、彼氏さんとかは見てるのかもしれないけど。正直うらやましいというか少し嫉妬する。中学生の僕じゃ太刀打ちできないし。
「へろへろするしぽわぽわだよ~」
そんな僕の気を知らず、楽しそうに目を細めて笑う杏さん。
「とりあえずもう一杯お水汲んできますから、一回離れてください」
「いやだ」
「わがまま言わない」
「源くんにくっついてる」
「……彼氏さんに怒られますよ」
「おこられたっていいもん」
むず痒さが限界なので少し離れてさせないと理性がまずい、と思ったら、杏さんは太ももに置いていた頭を胸の方に移動させてくる。呼吸が少し近く感じられて、僕の顔が確実に赤くなっていることだろうと思った。僕の理性よ持ってくれ。
「……源くん、私のこと好き~?」
「好きなことは好きです」
「一生護ってくれる?」
「はい」
「浮気しない?」
「……はい」
「言い淀んだ~」
「善処します」
「神の前だよ~。誓う~?」
「誓います」
「……よし言質取った」
杏さんは静かにしっかりと声色で呟いた後、満面の笑みを浮かべた。そしてあっという間に立ち上がって、背伸びをした。
「源くんが大学生になるまで待ってあげる。それまでもっといい男になってね」
スッと背筋を伸ばした杏さんは、後ろ手をひらひらさせながらおみくじ売り場の方へと歩いていこうとする。
「杏さん、酔っ払いじゃ」
思わず呼び止めた僕に、杏さんは振り向いて悪戯を成功させた子供の様な顔で笑った。
「ちがうよー。だってうちの甘酒、1滴もアルコール入ってないもん」
中3になる年に僕が初めて知ったのは、世の中には米だけで作られている甘酒もあるということと、その甘美さだった。
<了>