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呪いの一族と一般人

灰になる



 鬼降魔(きごうま)碧真(あおし)は悩んでいた。


 ハンガーラックに掛けたマフラー。黒い物が多い碧真の部屋の中で、その青は鮮やかな存在感を放っていた。

 日和からの贈り物を見つめて、碧真は深い溜め息を吐く。


「意味なんてない……はずだ」

 


 新たな悩みが生まれたのは、今日の昼下がりのことだった。

 

「ギャーッッ!! お前、なんて事をしてくれたんだよ!! オレの可愛い子が見るも無惨な姿にいいぃいいっ!!」

 耳をつん裂くような悲鳴を間近で上げられて、碧真は顔を顰める。


 碧真が訪れたのは、大通りのビル街から脇道に入った所にあるフランス風の洒落(しゃれ)た外観の店。結人間(ゆいひとま)の人間が経営しているオーダーメイドの服屋だった。

 

「ああ、『ポロロ』。ごめんよおおお! こんな奴に君を託したオレを許してえええぇええ!」

 碧真が持ってきた黒いポロコートを握りしめて、女店主は泣き喚く。店主が呼ぶ『ポロロ』は、碧真がダメにしてしまった『ポロコート』の愛称だ。


 結人間(ゆいひとま)蘭絵(らんえ)

 女性ながらも碧真と同じくらいの高身長であり、ビジュアル系の男装を趣味としている。

 碧真が銀柱(ぎんちゅう)を仕込む為の上着を作っている職人で腕は確かなのだが、感情の起伏が激しく、『服は我が子』と堂々と(のたま)う変人でもある。


「元通りに直してください」

 手短に済ませようと切り出すと、蘭絵は恨みを込めた目で碧真を睨みつけた。


「うるせえええ! オレの子を大事に扱えねえ奴が、どの口聞いてんだゴルアアアアア!!」

「こっちは客なんですけど。それに、金を払うんだからいいでしょ?」

「よくねえから言ってんだよ! 『ポロロ』はオレのお気に入りだったのに!! こんなにズタズタにされるなんて!」

 蘭絵のテンションに辟易(へきえき)して、碧真は溜め息を吐く。


「三年も着てるんだから、大事にしてる方でしょ」

「ハア!? たった三年で何偉そうにしてんだ甲斐性無しがっ!! オレの作った子達は長く愛される為に、この世に生まれたんだよ! 丁重に扱って、熟年夫婦並みに添い遂げさせろ!! 最低でも十年は愛せ!!」


 ひとしきり嘆いた蘭絵は、仕事モードに入ったのか(くま)なくコートの傷を確認していく。


「結構大掛かりな修繕が必要だな。元のように修繕してもいいが、材料を取り寄せる必要があるから日数が掛かる。何なら、他のデザインに改造してもいいな。そっちの方が早く仕上がるが、どうだ?」


「前と同じでお願いします」

 碧真が答えると、蘭絵は不思議そうに眉を寄せた。


「どうした? いつもは、”どっちでもいいから適当に”って任せっきりにするのに。『ポロロ』だって、そんなに気に入っていたわけでもなさそうだったが」

 蘭絵が作り上げた物に対して、碧真は無関心だった。銀柱の取り出し易さや動き易さを重要視していたし、奇抜でなければ良かったからだ。


『碧真君、ごめんね。せっかく格好いいコートだったのに……』

 情けない顔で謝った日和の姿が頭に浮かび、碧真は溜め息を吐く。

 

 好下(こうもと)に刺された事でボロボロになってしまった碧真のコート。自分のせいではないというのに、日和は随分と気にして、コートを弁償するとまで言い出した。

 碧真のコートは質の良い素材で作られたオーダーメイドの品で、修繕代もそれなりの値段になる。日和の収入では、コートの修繕代を出すのは厳しいだろう。碧真としても修繕代を出させたくはないので拒否したが、日和はしつこく食い下がった。

 二人の押し問答を見かねた壮太郎(そうたろう)が、『コートを作った職人の店は、無償の修繕サービスが付いているから大丈夫だよ』と言葉で丸め込んだおかげで、日和が修繕代を出す事態は回避出来た。


 もし、コートが別物に作り替えられたら、せっかく解決していた弁償について日和が気にし出して面倒な事になる。日和に無駄な気を遣わせない為にも、元通りでなければならない。


 自分が面倒な思考をしている事に気づいて、碧真は苦い顔をする。


(何で、”日和が気にしなくても済むように”とか考えてるんだ? わざわざ、こんな言い訳じみた事ばかり考える羽目になるなんて……)


「それだけ好きになっていたんだな」

「はあっ!?」

 驚いた碧真が大きな声を上げると、蘭絵は目を丸くした。


「びくったー。何急に大声出してんだよ? 『ポロロ』のことを好きになったのかって聞いただけじゃん。やっぱり、長くいると愛着が出てくるだろう?」


(まぎ)らわしい!)

 碧真の怒りに気づかずに、蘭絵はカウンター横に置いていたスケジュール帳を取り出す。


「三週間以内には出来上がると思う。直ったら、また連絡するからな」

「わかりました。ついでに、春に着られるような上着も一着注文していいですか?」

「了解。コートの修繕が終わったら作ってやる。そうだ。次は黒以外の服も作ってみるか?」

 碧真の服の色は黒のみと暗黙の了解になっていた筈が、珍しく色を聞かれた。こちらの疑問を察したのか、蘭絵は碧真のマフラーを指差す。


「珍しく黒以外を身に付けてるからさ。ラピスラズリみたいな紺碧色(アジュール)。そういう色を好きになったのか?」

 碧真が答えないでいると、蘭絵はニヤリと笑みを浮かべる。


「もしかして、誰かからの贈り物かあ?」

 碧真が目を逸らしたのを見て、蘭絵の笑みが深まる。完全に、おもちゃを見つけた子供の顔だった。


「そういえば、碧坊と仲が良い女の子がいるって、壮さんが言ってたな。もしかして、その子から? 付き合ってはいないって聞いてたけど、進展したのかね?」

「違います。壮太郎さんは適当な事しか言わないんですから、信じないでください」

「壮さんだけじゃなくて、一緒に来てた(じょう)さんも、”あの二人は仲がいい”って言ってたけど?」


(丈さんまで何を言ってんだよ……)

 碧真は額を手で押さえながら項垂(うなだ)れる。

 総一郎(そういちろう)も丈も壮太郎も、最近やたらとそういう方向に話を持って行こうとするので面倒臭い。


「とにかく、そんな仲じゃないですから」

「でも、その子からの贈り物なのは否定しなかったな? その子は、お前に気があるかもしれないぞー」

「はあ? 何でそうなるんですか?」


「マフラーを贈る意味を知らないのか?」

「意味?」

 

 日和は詫びと礼の品だと言っていたが、何か意味でもあったのか。贈る日によっては意味があるだろうが、貰った日は特に何もない平日だった筈だ。


 蘭絵はニヤリと笑う。


「マフラーを贈る意味は、”あなたに首ったけ”。つまり、”あなたに惚れてます”って事だ」


(……は?)

 意味が飲み込めずに、碧真は固まる。


「まだ付き合っていないのなら、告白して欲しくて匂わせているのかもな。女って、男より色々考えているからさ。よし、じゃあ、念の為に採寸させてくれ」


 蘭絵に導かれるままにフィッティングルームに移動する。採寸されながらも、碧真の心はざわついていた。


(意味なんて無い。他の女ならまだしも、あの日和だ。何も考えずに目についたから贈っただけだろう)


 苦い顔をしている碧真を見て、蘭絵は「おや?」と首をかしげる。単なる話のネタだったが、予想外に碧真が動揺していた。


「碧坊。変わったな」

 蘭絵に肩を叩かれて、碧真は思考から目の前に意識を戻す。蘭絵は見た事のない微笑みを浮かべていた。


「は? 何です? 急に」


「前会った時までは、人形を相手にしているみたいだったからな。”服なんて何でもいい”なんて言って、正直つまんねえ客だと思っていたし。丈さんの紹介じゃなきゃ、断ってた。今のお前は人間らしくていい」


 この店を最初に訪れた時、碧真と蘭絵は険悪な雰囲気だった。

 四年ほど店を利用していた事で険悪な雰囲気は薄れていたが、お互いに興味がなく、浅い関係でしかなかった。

 碧真は必要な事以外は蘭絵の話を無視し、蘭絵も服作りに必要な話か、服をダメにした事を怒る以外は碧真と話そうとしなかったからだ。

 普通に受け答えをして会話が成立したのは、今日が初めてかもしれない。


「人生は様々な色の感情を集めて作られるもの。たくさんの感情を味わう事で、色鮮やかな人生が作り上げられる。特に恋愛は色んな感情が生まれるからな。しっかり味わって、(いろど)り豊かな人生にしろよ」

 人生の先輩風を吹かせて、蘭絵は穏やかな笑みを浮かべた。碧真は苦い顔をする。

 

「だから、違います。あいつは特に考えずに贈ったに決まっています。馬鹿なんで」

「酷い言い様だな。まあ、そこまで意味を込めていないとしても、青色を贈るのは意味がありそうだけどな」

「どういうことですか?」


「碧坊は黒ばかり身に着けるだろう? それなのに、青色の物を贈った。その子にとって、碧坊のイメージカラーは青だったんだろうな。仲が良くて何よりだ」

「意味がわからないんですけど。なんでそれで仲が良い事になるんですか?」


「青は”信頼”や”安心”という意味を持っているんだ。素材の良い物を選んでいるみたいだし、好意的な感情は持っているだろうよ」


 採寸作業を終えた蘭絵は碧真の背中を叩く。


「よし、終わり。今日はもう帰って大丈夫だぞ。あ、ウエディングドレスとタキシードの注文も待ってるからな」

「絶対に無いです」


 碧真は足早に店を出る。

 まだ昼の三時だというのに、辺りはもう夕方の気配がして、来た時よりも空気が冷え込んでいた。冷たい風が吹いても、マフラーのお陰か首元はやけに暖かく感じた。



***


 

 数日後。

 日和と会った碧真は、マフラーを贈った理由を尋ねた。日和はキョトンとした顔で首を傾げる。


「え? なんでって、この前会った時に首元が寒そうだったから」

 予想通りに色気の欠片も無い返答だった。


「……まあ、そうだよな」

 蘭絵に(そそのか)されて少しでも意味を考えた自分が馬鹿らしくなり、碧真は溜め息を吐く。

 碧真の表情を見て勘違いしたのか、日和は途端に不安げな顔になった。


「もしかして、気に入らなかった? ごめんね。押しつけちゃって。嫌だったよね」 

「別に、そうは言ってないだろ」

 碧真は贈り物の礼を伝えようとして、視線を彷徨わせる。たった一言が出てこなかった。気恥ずかしさを感じて、碧真は背を向ける。

 

「気に入らなかったら着けてない」

 ようやく口から出たのは、礼とは言えない言葉だった。


 日和にとっては意味がないものでも、贈られた事に喜んでいた自分がいた。

 もし、そこに特別な意味が込められていたとしたら──。


 碧真はマフラーを右手で握りしめて目を閉じる。


(……駄目だ。これ以上は揺らぐな)



 側にいる為に、想いを隠すと決めた。

 碧真の世界に様々な色を与えていく感情は、結局は意味も未来も与えてはくれない。 


 たとえ、様々な色が生まれたとしても、混ぜ合わせた時に出来るのは、濁った灰色だと知っているから──。

 

 

明日は番外編『言の葉集め3』を投稿します。

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