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第3話

「まぁ普通は信じないだろうさ」

ギルはヴェラを見るなり駆け寄ると、何度も何度もヴェラの正体を確認した。

あの物語は本当にあったことなのかと。物語の中のヴェラが、ヴェラなのかと。

それがあまりにもしつこくて、最後はヴェラに頭を軽く叩かれてしまった。

それから少し落ち着いたギルはヴェラに自分の想いを語った。

あの話で将来旅に出る決意をし、それが楽しみで仕方がなかったこと。だが誰に話しても信じてもらえなかったこと。

自然とギルの話には熱がこもっていた。

そうして一通り話し終えたあとのヴェラの言葉に、ギルは肩透かしをくらったような気分になった。

ヴェラならもっと自分の気持ちに共感してくれると勝手に期待していたからだ。

「見たことのないものは信じられない、そんな人間は沢山いるもんさ」

あたしだって、とヴェラは続ける。

「こんなことになってるから大概のことは信じるけどね、そうじゃなかったら世の中信じられないことだらけさ」

こんなこと、というのが老いることなく生き続けていることを指しているのだとギルはすぐに理解した。

それからヴェラはこれまでに遭遇した「信じられないような話」を面白おかしく言って聞かせてくれた。

それはまだこの大陸で魔物が広く知られていない頃、歩く魚がいるという噂がたった。それは海の近くの街で、夜な夜な街の中を魚が歩いているのだという。

そんなおかしなことがあるものかと人々は目撃した者たちを笑った。酔っていたからだと、疲れていたのだと。

だが歩く魚は実在した。その正体はなんということはない、半人半魚の姿をした魔物の一種だったのだ。

ヴェラ達はこれを討伐し次の事件へと向かった。

同じ街の近くで旅人が姿を消すという噂があったからだ。

これもどうせ魔物の仕業だろうと辺りを探っていたのだが、見つけた海岸沿いの洞窟に潜んでいたのは人間だった。

それは一家、一族と言ってもいいかもしれないほどの人数で、何故か洞窟を住まいとし通行人を攫ってはその体を食料としていた。

少し行けば街があり、街に行けば仕事がある。そこで働いて食事をし、夜は眠る。そんな当たり前とも思える生活から逸脱し、その一族は人を攫い食べる道を選んでいたのだ。

「信じられるかい?」

ヴェラは面白いだろと明るく話をするが、ギルはどこが面白いのかいまいち分からず想像するだけで気持ちが悪くなってしまった。

「変わった話だけど、ヴェラが言うなら信じるよ」

素直なのはいいことだよ、とヴェラは笑いながらギルの頭を撫でた。


そういえば、とギルはヴェラに会えた嬉しさから肝心なことを聞いていなかった。

「カティナは見つかったの?」

あれから数年、見つかっていないことを期待しながら、やはり聞かずにはいられなかった。万が一見つかったと言われてしまえば、旅に出る目的も理由もなくなってしまうからだ。

「いいや、まだだよ」

ギルは自分の求めていた答えが聞けて安堵した。

「あたしもね、ずっと探せているわけじゃないんだよ。いろいろとやらなきゃいけないこともあるからね」

いい機会だからもう一つ昔話を、とヴェラは自分達がこの大陸に来たあとの話をし始めた。


イシュト大陸に侵攻してきた軍の船を使い、ヴェラとアッシュ、ディーンやバルドなど数人はカティナを探すためにこの大陸へとやってきた。

当初ヴェラ達はこれまで同様冒険者として情報を集めながら依頼をこなし、カティナの足取りを追うつもりでいた。

それが一番慣れた手段だったからだ。

しかし元帝国兵のフレデリックが教えてくれていた以上に、こちらの大陸では冒険者という肩書は一般的ではなく、物々しい格好をした複数人からなる集団は奇異の目で見られることが多かった。

当時ドゥムジ帝国は他国へと侵攻し争いを繰り返していたこともあり、国と国の境を越える際にもいろいろと面倒事が多かった。

そこで思いついたのが商人に変装し行商を行いながら旅をすることだった。

幸い子供の頃から養父の行商を間近で見ていたアッシュとディーンのおかげで順調に準備ができた。

ヴェラが商人として荷馬車を操り、いかつい男達は護衛とすることで怪しまれることも少なくなった。

そして行商は利益を生み、旅を続けるための資金となった。

ただ一つ予想していなかったのは、商売が上手く行き過ぎたということだった。

ヴェラがいろいろと視えるおかげで野党などの襲撃はことごとく返り討ちにして荷物は常に安全だったし、商談における駆け引きにも有利に働いた。

いい噂は次の仕事を呼び、仕事は時間を奪っていった。

個人的な行商は店舗を構えるに至り、更に規模が大きくなるにつれて名前が必要になった。

「カーマインてのはアッシュとディーンの養父でさ」

ギルは覚えている。アッシュとディーンにとってカーマインがどれほど大切な存在だったのか。

「アッシュがね、どうしてもその名前をつけたいって譲らなくてね」

懐かしそうに微笑むヴェラを見て、ギルも少し笑った。

「そのうち店のほうが一段落したから、あたしは死んだことにしてアッシュと旅に出たんだよ」

いつまでも若いってのも怪しいだろ?とヴェラは片目をつぶってみせた。

「何度かカティナの近くまで行けはしたんだ。ただあの子はあたし達に気付くと飛んで逃げちまうのさ」

北へ、南へ、東へ、西へ。

ヴェラとアッシュはカティナを追って大陸を広く旅した。

だがそのうちアッシュに限界が来てしまった。

老い、というどうにもできない問題にアッシュは始め酷く苛立っていた。だがそれもいつからか諦めに変わっていってしまった。

「最期まで悔しがってた、俺にはもう何もできないってね」

あとはあんたに話したとおりさ、とヴェラは話を締めくくった。


「それからはフレンダと一緒にあっちこっち行ってはいたんだけど、カティナは相変わらず見つからなかった」

前に一緒にいたあの子だよ、とヴェラはギルに覚えているか尋ねた。

「覚えるよ。今日は一緒じゃないの?」

正直あまり印象に残っていなかったが、ヴェラを探していた女の子がいたことを思い出した。

「あの子はね、死んじまったんだ」

ギルはヴェラの言葉をうまく理解できず返事ができない。

「優しい子だったからさ」

何があったのか聞いていいのか聞くべきではないのか、死んだことと優しい子だということになんの関係があるのか、ギルは頭に浮かんだ言葉を何度も飲み込むことになってしまった。


「さて、今日はもう帰りな」

パンっと手を打ってヴェラが立ち上がった。

辺りを見渡すとすでに日は落ちかけていた。

「明日もまたここにおいで」

今日よりも少し早くにね、そう言ってヴェラはギルを馬に乗せると勢いよく馬の尻を叩いたのだった。

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