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第1話

「ギル!ねえ、ギルってば!」

雲ひとつない青空の下、少女の声はよく響いている。

道行く人たちは何事かと振り返るが、それがいつもの光景だと分かると特に気にする様子もなく日常へと戻っていった。

少女の前を歩く赤い髪をした少年は、まるで聞こえていないかのように歩き続けている。

「無視しないでよ!」

少女はついに我慢できなくなり、少年の前に出て両手を広げて立ち止まった。

「ねぇロザーナ」

少年は少しうんざりしたような表情を作りながら軽いため息をつく。

こんな街なかでこうも派手に名前を呼ばれては家に帰ってからまた親に茶化されてしまう。それがギルと呼ばれた少年にはとても嫌なことだった。

「何度も言っただろ?僕はもうギルじゃない、アッシュなんだよ」

自分の一族の男は代々ギルを名乗ってきた。家業のせいもあってこの街でギルの名前を知らないものはいない。

だからこんな場面はすぐに笑い話として親へと伝わってしまうのだ。

「僕は将来旅に出る。それはギルとしてではなく、アッシュとしてなんだ」

自分はいつか必ずこの街を出て冒険をするのだ、とギルは息巻いた。

だから一族の男が名乗るギルの名は捨てて、代わりにあの昔話に登場したアッシュの名を名乗ることにしたのだ、と。

「なによそれ。ばかみたい」

熱く語るギルの言葉はロザーナに一蹴されてしまった。

「ギルの教えてくれた昔話なんて誰も知らなかったじゃない」

今度は自分の番だと言わんばかりにロザーナは胸を張ってギルに詰め寄った。

「そもそもお爺様も知らないような昔の話をどうしてそれよりもずうっと若い女の人が知ってるって言うの?」

それは、と言いかけたギルの言葉を遮ってロザーナは続ける。

「話してくれたのが物語に登場するヴェラ本人だったからって言うんでしょ?」

聞き飽きたわ、とロザーナ。

「でも人間がそんなに長く生きられるわけないじゃない」

それも若いままだなんて、そんなロザーナの言葉はもう何度も聞いた。

これまでに何度も繰り返してきたやり取りなのだ。

だからこそ、ギルも黙っていられない。

「ドゥムジだってずっと生きてるって言われてるじゃないか」

「様をつけなさいよ!」

いつもこうだ、とギルは頭を掻き毟りたくなった。

「だから、そのドゥムジ様だって大昔からずっと生きてるんだろ?」

「そうよ、ドゥムジ様は神になった今も何でも見通す目で私達を見守ってくれているんだから」

ロザーナの言うとおり、ドゥムジ帝国の王は大陸を制覇したあと、国の名を帝国から神聖国へと変え自らを神と称して表舞台から姿を消した。

老いることなく死ぬこともなく、何でも見通す目を持つという神、ドゥムジ。

ギルは小さい頃にヴェラから聞いた話で、ドゥムジが神でもなんでもないと思っている。

話によればあれはただ竜から受けた恩恵、言いかえれば呪いのようなものなのだ。

「もういいよ。それで、何の用なの?」

話が反れてしまったし、これ以上言い合っても意味がないと判断したギルはロザーナに呼び止めようとした理由を聞いた。

「あのね、私引っ越すことになったの」

突然の言葉にギルは少なからずショックをうけた。

幼い頃から一緒に育ったロザーナと別れるのは自分が旅に出る時だと思っていたからだ。

昔からすぐに喧嘩腰で突っかかってくるロザーナ。しかしギルはそんなロザーナに好意を抱いていた。

将来旅に出るのだと決めていなければ、とっくに気持ちを伝えていだだろう。

「お父さんがね、店を任されることになったの」

店を、とギルはつぶやく。


街ごとに、地域ごとに様々な店がある。個人でやっているものから規模の大きなものまで。

それらの中でも一番繁盛し、どの街にも店を構える大きな商店の名をカーマイン商会といった。

そしてそれこそが代々ギルの一族の家業であり、将来ギルが継げば5代目の代表となる予定だ。


「まったく、あなたのお父様には感謝してるわ」

皮肉めいた口調でロザーナが言う。

ロザーナの父に店を任せると指示を出したのはカーマイン商会の現代表であるギルの父なのだ。

「お店を任せるなんて言われて、お父さんは昨日から随分とはりきっているのよ」

私はここにいたかったのに、そんなロザーナの声は俯いていたせいでギルには届かなかった、

「そういうことだから、見送りには来てよね」

ロザーナはそう言うとギルの顔を見ることなく走り去っていったのだった。

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