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出会い 最終話

「大丈夫か?」

青年が倒れている人物へと手を差し伸べた。

「ああ、すまないね」

そう言って手を握り返してきた人物を引っ張り上げる。

声からして女なのは分かっていたが、その風貌からどうやら村人ではないようだ。

女は茶色のマントを身につけてフードを被っていた。

マントの下には革の防具を身に着けているのだが上半身の急所のみを覆っており、それ以外は普通の服という軽装だった。

青年は女を助け起こしたあと周りを見渡してゴブリンを探したがその姿はなく、このわずかの間に行方が分からないほど遠くへ逃げたのだと大きなため息を吐いた。

「村の奴らはみんな助けたと思ったんだけどさ」

そんな青年の様子を気にすることなく女は話し始める。

もともとこの村に泊まっていた女には多少戦いの心得があり、ゴブリンの襲撃に対して一人抵抗したのだという。

その際に目に止まった村人を集めて村の外へと逃していたのだが、広場から聞こえた声でまだ逃げ遅れているものがいると思い、慌てて走った来たのだと女は説明した。

「それなら村の人達は生き延びたのか?」

そう問う青年の言葉に女は頷く。

「だいぶやられちまったけどね。この村が立ち直れるくらいには生き残ってるだろうさ」

転んだ際に汚れてしまった服を叩きながら答える女は、やはりどこかのんびりしたような口調だった。

ゴブリンを見なかったか、という青年の問いにも女は「見たけど、ほっとけばいい」と軽い調子だ。

「あいつらもほとんど死んじまってるからね、多少生き残ったところでもう村を襲うような元気はないだろうさ」

フードのせいで表情がうまく見えないが、どうやら女は少し笑っているようだった。

そして女は、そんなことよりも、と続ける。

「宿屋にまだ女の子が一人残ってるんだけどね、その子を助けちゃくれないかな?」

なぜ俺が、と青年は逡巡する。自分は女ほど楽観的にはなれず、逃げたゴブリンを追いかけてとどめを刺さないことには安心できないからだ。

「あたしは逃した奴らのところに戻らないといけないからさ」

そんな青年の心中などお構いなく、女はプラプラと手を振りながら来た道を戻り始めた。

「待ってくれ」

話はまだ終わっていない、そう言おうとした青年の言葉は女の宿屋の場所を示す言葉に遮られた。

「任せたよ、どうかあの子をさ、助けてあげておくれよ」

宿屋の場所を指さされ、そちらに気を取られた青年の背中に向かって投げかけられた女の言葉。

いまいち理解できない女の言葉だが、その声になぜか既視感を覚え慌てて振り返ったときには女の姿はもうそこにはなかった。

(まぁいい)

村人たちのもとへと戻ったのならあとからまた会うこともできるだろうと青年は女の示した宿屋へと歩き始めたのだった。


宿屋に向かいながら、青年は己の不甲斐なさを嘆いた。

旅に出た頃はもっと慎重に行動していたように思う。一つ一つのことを確実にこなそうとしていたように思う。

そうして依頼をこなし、敵を倒すことに充実感を覚えていたように思うのに、今では何をやっても気持ちは晴れなかった。

だから背中から襲われるようなことになるのだ、と青年は拳を強く握りしめた。

防具の性能に甘えているつもりはない。だが普通の防具であれば今夜自分は命を落としていたであろう。

大昔、竜の素材で作られたと言われる盾も、マントも、帷子も、その性能が良すぎるがゆえに自分は油断してしまっているのだと、そう思ってしまった青年は自嘲したのだった。

(もう、潮時なのかもしれないな)

旅に出て少しずつ擦り切れていった心はいつか自分を破滅させる。

青年は自分の旅の終わりが近いことを覚悟しながら暗い道を歩くのだった。


道すがらいくつもの黒い染みを見た。十を超えたあたりから数えるのをやめたが宿屋に向かうにつれてその数は増えているように思う。

(あの女がやったのか)

戦いの心得があると言っていたし、ゴブリンたちがほとんど死んでいるとも言っていた。村に来て他に戦えるような人間に会っていないことからそう予想したのだが。

(しかしこれは凄まじいな)

青年もゴブリンに後れを取るつもりはない。二匹、三匹同時くらいであれば余裕を持って打ち破ることができると思っている。

(この装備だからというのもあるがな)

しかし宿屋に向かう道中にある染みが凄まじい数であるのに対し、あの女の装備は極々一般的なものだったのだ。

そのことに対し青年は感心すると同時にどこか素直に納得できないでいた。


ギィと音を立てて宿屋の扉を開ける。

外からでも分かるほど宿屋の中は静まり返っており、なんの気配もしなかった。

しかしそれに反してやはり宿屋の中のいたるところにも黒い染みは広がっており、その惨状がここも一度は襲撃されたのだということを物語っていた。

宿屋の受付の横を通り過ぎて奥へと進む。

一階にある部屋には誰もいないため、青年は暗い建物の中を手探りでニ階へと上がっていった。

一つ、ニつと扉を開ける。

そうして青年は女性を見つけた。

仰向けで、静かにベッドに横たわっている長い黒髪の女性。女の子というほどではないが多少の幼さを浮かべる寝顔。

自分よりも少し年下だろうか、と青年は静かに膝をつくと少女の肩に手をおいて揺すった。

騒ぎなどなかったかのような静寂の中、静かに眠る女性は自分とは別の生き物のようだと思った。

そして、美しいとも思った。まるで水浴びをした直後のような艶のある黒髪はこれまで見た誰のものよりも美しかった。

髪を片手で掬い上げて物思いに耽っていたとき、女性はゆっくりと目を開けた。

そして今まで眠っていたのが嘘のようにすんなりと青年の頬をなでると、そのままフードを外して青年を抱きしめたのだった。

フードの下にあった青年の髪は赤かった。短く刈り揃えられたその髪はまるで今夜の炎のように赤かった。

「会いたかった、アッシュ」

初めて出会う女性の言葉に、行動に、青年はただだだ驚くことしかできないのであった。



暗い森の中を駆け抜けるゴブリンがいる。

それは先程村から命からがら逃げ延びたあのゴブリンだった。

村で戦った人間を引き離すことに成功し、あとはまたのんびりと好きな場所へ行けばいい、そう思っていたのだが状況は一変した。

何者かが自分を追いかけてきているのだ。

村で戦ったあいつではない、とゴブリンは直感で分かった。

それはあの人間よりも正確に自分の位置を把握し、素早く近づいてきているからだ。

ニ本の短剣は先程の戦いで落としてしまった。今の自分に戦う手段はない。

必死に逃げることしかできないゴブリンの後ろから徐々に距離を詰めてくる誰か。

その誰かの足音が止まった直後、ゴブリンの体は後ろから突き飛ばされるように前方へと弾け飛んだ。

上体を起こしたゴブリンが見たのは自分の胸から飛び出た突起。背中から体を貫通してわずかに飛び出ている突起。

それが何なのか理解する間もなく、ゴブリンは絶命しその場へと崩れ落ちたのだった。

その死体へ静かに近づいてくるものがいる。

そのものはゴブリンの死体から何かを引き抜くと乱暴に振り払って汚れを飛ばした。

「あんただけ生き残るってのも後味悪いだろ?」

そう言いながら腰のホルダーへとしまったのは巨大な爪のような短剣。

面倒くさそうにフードを外すその人物はさきほど村で青年が出会った女だった。

「どうやら上手くいったみたいだ」

フードの下から現れた女の顔は美しかった。そして青年と同じ赤い髪をしていた。

「すまないことをしたね」

村へ向いた女から発せられたその言葉が誰に向けられたものなのか。

誰にも届かないその言葉は暗い夜の森へと吸い込まれていったのだった。

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