第6話
少し前から目を覚ましていたギルは、しかしなかなか起き上がることができなかった。疲れから思うように体が動かないのだ。
昨日は夕暮れまで斜面を掘り続けたところでようやくある程度の目処がたった。
ヴェラもところどころ手伝ってはくれるのだが、基本的にはどこから持ってきたのか分からない酒を飲みながらいろいろな話をすることのほうが多かった。
それは魔物の種類や生態であり、旅をしてきた場所や事件の話だった。
それはそれで楽しめたし、将来の役に立つ話だと思ったギルは相槌を打ちながらひたすらに掘り続けた。
帰り際、その日も自分を見送るヴェラにどこに泊まっているのかと訪ねたところ、ここより更に山奥にある小屋だとヴェラは答えた。
てっきり街に止まっているものだと思っていたギルは、それならばと自宅に泊まることを勧めたのだが、正体の分からない女を連れ込むのはあんたの為にならないと断られた。
ヴェラの使っている山小屋は、ぼろはきているものの雨風を凌ぐには十分であり、不便がない程度には物が揃っているということだった。
そこは元々自分が死んだことにしたあとに隠れて暮らしていた小屋らしく、「住み慣れている」と言われればそれも納得の話であった。
ギルは深く息を吐いてゆっくりと体を起こす。
今日は昼過ぎから雨が降るということだが、窓から見える空は既に随分と暗い。
雨が降り出すまでに来いと言われているため、そろそろ行動し始めなければならない。
なんだかいいように使われているような気がしないでもなかったが、何かに集中できるということは今はありがたかった。
なぜなら昨日、屋敷に戻ると使用人からロザーナの一家が明日出発することに決まったと聞かされたからだ。
明日、と聞かされ一瞬焦ってしまったが雨が降ることを考えると延期せざるをえないだろうとギルは少しばかり安堵した。
それは少し不思議な感覚だった。明日雨が降ることなど誰も知らないのに自分は知っている。
ヴェラの言う「視える」というものに少し触れられたような気がしたギルであった。
朝食は外で食べると伝え、包んでもらった。
その際毎日どこに行っているのかと使用人に聞かれたが「林です。山には入っていません」と答えるとそれ以上聞いてはこない。
泥だらけの服を見てそのままを信じたわけではないだろうが、全部を話したところで信じてもらえるとも思えない。
深く追求してこないこの距離感が、今はとても楽だった。
林に向かいながら馬の上で朝食をとる。
不思議なもので一旦行動を起こし腹が満たされるとそれまで重たかった頭も体も一気に軽くなるような気がした。
これなら雨が降り出す前にもう少し掘り進められるかもしれない。そんなことを思いながらギルは馬を走らせた。
だが、現地につく頃には既にぽつぽつと雨が降り始めていた。
先に待っていたヴェラにはこれ以上掘る必要はないと言われ少し肩透かしを食らった気分になったが、そうこうしている間に雨足は強くなり続けている。
2人は林の中へと移動し雨を避けることにした。
しばらくすると更に雨足は強まり、滝のような豪雨になってきた。
「どれくらい降り続けるの?」
声を張って隣のヴェラに問うのだが、一度では声が届かないほど雨がうるさい。
まさかこれほどとは思っていなかったギルはもう少し暖かい格好をしてくればよかったと後悔した。
一瞬、ヴェラが自らの外套を脱いでギルに渡そうとしたのだがそれはギルが断った。
女性に寒い思いをさせるわけにはいかないからだ、というギルの内心はどうやらヴェラに筒抜けだったようで笑顔で頭を撫でられた。
頭上の葉は雨のほとんどを受けきれていないし、話をしようにも雨音がうるさく気力を削いでしまう。
2人は無言で真っ暗な空を見上げていることしかできなかった。
そんな時間が随分と続いた頃、ようやく雨が収まってきた。
「よし、行こうかね」
促され、ギルは林から出るとヴェラと共に斜面へと向かった。
そこにあった土は随分と洗い流されており、その下に隠れていた木の板があらわになっていた。
「ほら、動かすのを手伝いな」
ヴェラはそんな変化にはお構いなしに、木の板を土の下から動かそうと躍起になっている。
そのままではまだ土の重さで動かせそうにないと判断したギルは再度土を掘り起こして放り投げ始めた。
水を含んだ土は随分と重たかったが、これまで以上に作業が進んだのは目の前に目的地が見えていたからだ。
ある程度土を避け、1枚、2枚と木の板をずらす。
そうして現れたのは古い木製の倉庫の扉。
「さあ、お宝は目の前だよ」
そう言ってヴェラは笑いながら片目をつぶってみせたのだった。




