予感
「酷い火傷だけど、大丈夫。傷も残らないようにするわ」
保険医が自身満々に言う。
俺とアピアは一安心。全身火傷のレイは意識がないが、痛そうに呻いていた。
すると、にっこり笑う保険医のおばちゃんが言う。
「さ、男は出てった出てった。この子の服を脱がすからね。それとも恋人かい? 恋人なら脱がすの手伝って「すみません、あとはお願いします!!」
俺は慌てて医務室を出た。
すると、アピアも付いてきた。
「あの、リュウキくん……」
「わかってる。これから決勝だ」
「お気を付けて」
「ああ」
間もなく、新入生のトーナメントが終わる。その後は二年生、メインの三年生と試合が続く。新入生の試合なんて所詮は前座……キルトが卑怯な手を使おうが、関係ない。
俺は拳を強く握り、決勝のリングへ向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
「よく来たな。逃げなかったことは褒めてやるよ」
「…………」
キルト。
予備の杖を俺に向けて、嬉しそうにニヤニヤしている。
不思議だ。殺してやろうと思ったのに、妙に心が冷たい。
「キルト、イザベラは元気か?」
「ああ? おいお前、母上を呼び捨てすんじゃねぇよ。殺すぞ」
「一つ聞きたい。イザベラ……あいつ、何者だ?」
「話聞いてんのかお前……?」
キルトがイライラしていた。
やっぱりな。こいつ、未だにマザコンのままだ。
杖を構え、身体強化を使うキルト。俺も少しだけ闘気を解放する。
『それでは、新入生最終試合───始め!!』
審判による開始の合図とともに、俺は飛び出した。
キルトの杖にも魔力が集まっていく。
「はっはっは!! 兄貴、ケリ付けようぜ!!」
「ああ、そうだ───
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
───びきっ。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「……え」
俺のポケットに入っていた『リンドブルムの宝石』が、砕けた。
俺は急停止し、ポケットの上から手で触れる。
闘気を込めるとリンドブルムを呼べる宝石。
それがいきなり、砕け散った。
「あん?」
「…………」
なんだ、この予感は。
胸が抉れるような、冷たい水で満たされるような。
「……っ」
怖い。
何かが、何かが失われてしまうような……そんな予感が、俺の胸をよぎる。
「へ、ビビりやがった。口だけ野郎が!!」
「……~~~っ!!」
俺はその場から駆け出した。
『リュウキ選手、敵前逃亡!! まさかの敵前逃亡!! これにはガッカリだ、リュウキ選手!!』
当然、キルトにビビったわけじゃない。
俺は闘技場を出て、ひたすら走る。
途中、闘気を全開にして跳躍し、民家の屋根を伝って走る。
王国を抜け、とにかく走る。
向かうのは───リンドブルムの小島。
◇◇◇◇◇◇
遠目で見えたのは───おびただしい量の血。
千切れた翼、腕、足……そして、エメラルドグリーンの髪。
だが、綺麗なエメラルドグリーンの髪は、血で真っ赤に染まっていた。
そして、赤い髪の男が、小さなリンドブルムの頭を踏みつけている。
「お、はははっ、向こうから気やがったぜ」
「───……あれが、お父様の力を? 人間じゃない」
「ぅ……リュウ、き、来ちゃ、ダメ」
「うるせーよ」
男はリンドブルムの頭を蹴る。リンドブルムは地面をゴロゴロ転がり止まった。
俺はリンドブルムの傍で立ち止まり、そっと身体を抱き上げる。
「リンドブルム……!!」
「ごめ、リュウキのこと……バレ、ちゃった」
「お前、一人で無茶して……」
ボロボロだった。
手足が無理やり引きちぎられたように消失し、全身火傷だった。
弱々しい黄緑の闘気で、かろうじて止血している。
「おい、人間。クソ親父の力、よこせ」
「…………」
誰だこいつは。
強い。
マルコシアスよりも、リンドブルムよりも、キルトよりも強い。
後ろにいる女も強い。
だが……それ以上に、俺の脳が沸騰しそうなくらい、熱かった。
「あー……やっぱなし。お前の肉抉りだして、親父の力奪えばいい。ったく、このクソガキ……弱っちいくせに抵抗しやがって。ま、その努力に免じて、お前の国は壊さないでやるよ」
こいつは、ナニを言っている?
初めてかも、しれない。
こんなにも───目の前にいるコイツを、殺したい。
「……あ?」
バキバキと、俺の身体が変わる。
両腕が変わり、頭に角が生え、右目の色が変わり、髪の色も変わる。
俺は上着を脱ぎ、リンドブルムの身体にそっとかけて立ち上がる。
「へぇ……マジで人間が闘気を纏ってやがる」
「黙れ、クズ野郎」
「あ?」
「お前は───この手でブチ殺してやる」
こいつだけは、絶対に許さない……!!




