スヴァローグ
リンドブルムは、特別室でムスッとしていた。
理由は簡単。ヴァルカン学園長が来賓の挨拶を無視し、試合を始めてしまったから。
リンドブルムの周りには側近がいて、必死に宥めようとしている……どうやら、怒りで暴れないか心配らしい。当然、暴れるつもりなんてないが。
すると、ヴァルカンが来賓室のドアを荒々しく開けて入ってきた。
「やぁっはっは!! すまんなリンドブルム。待ちきれず始めちまった!!」
「ヴァルカン、変わってない。相変わらずせっかち」
「がっはっは!!」
リンドブルムは外見14歳くらいだが、数千年を生きるドラゴンだ。
ヴァルカンのことも、子供のころから知っている。
冒険者時代、ほんの少しだけ一緒にダンジョンで過ごしたこともあった。
「リンドブルム。お前最近、ガキを鍛えてるそうだな」
「うん」
別に隠しているつもりはない。リンドブルムは素直に頷く。
「リュウキ。すごく強いよ。あと10年もしないうちに、わたしを超える」
「ほ、そりゃマジか? ワシよりもか?」
「ヴァルカンは、あと1年後くらい」
「がっはっは!! そりゃ楽しくなりそうだぜ!!」
ちょうど、第一試合が始まった。
拳を構えるリュウキに、相手はAクラスのエドワードだ。
ヴァルカンは言う。
「ほう、あいつがエドワードか」
「知ってるの?」
「ああ。今年の1年坊は豊作でな……ユニークスキルを持つ者が二十人も入った。あいつはそのうちの一人で、16歳にしてA級冒険者だ」
「ふーん」
「なんだ、興味ないのか?」
「うん。リュウキのが強い。リュウキの課題は……どこまで手加減できるか」
「ああ?」
すると、エドワードの様子が変わる。
手足と顔に毛が生え始め、体格はおろか骨格も変わる。
全長3メートルほどの、『狼男』に変身した。
「スキル『獣化』……あいつは、オオカミに変身できるユニークスキルの持ち主だ。スピード、パワー、攻撃力。すべてがA級。さて、どう出る?」
「大丈夫。リュウキは負けないよ」
リンドブルムは、まっすぐ前を見て微笑んだ。
ヴァルカンは頭をボリボリ掻く。この笑みを浮かべたリンドブルムが言ったことは、はずれたことがない。
リュウキの戦いが始まった。
「がんばれ、リュウキ」
リンドブルムは、静かに応援を始めた。
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
聖王国クロスガルドに、二人の男女が近づいていた。
一人は、真紅の髪と瞳を持つ十六歳ほどの少年。素肌の上に直接ジャケットを羽織り、身体にはファイアパターンの刺青が刻まれている。
もう一人は、十七歳ほどの美少女だった。濃い青の髪は腰まで伸び、どこか気だるげな表情をしている。
「ケッ……あそこ、リンドブルムの国じゃねぇか。人間にペコペコしてる甘ちゃんのクソガキが……まさか、親父の力を独占しようとしてるとはな」
「……」
「おいアンフィスバエナ。テメェ、なんでついてきやがった?」
「……別に、なんとなくよ。安心して、わたしは力なんて望んでいないから。あなたのやりたいように、好きなようになさい」
「フン。いまいち信じられねぇが、邪魔しないなら見逃してやる」
赤髪の男こと、スヴァローグは歩きだす。
その後を、アンフィスバエナがゆっくりついて歩きだした。
二人は正門をくぐり抜け……感じた。
「あのガキ……やっぱ隠してやがった」
「……ん、そうだねぇ」
感じたのは、リンドブルムの闘気。そして、ほんのわずかに感じるエンシェントドラゴンの力。
リンドブルムが、己の闘気でエンシェントドラゴンの闘気を薄めている……二人はそう感じた。実際には、リュウキが使える闘気が少なすぎるだけなのだが。
スヴァローグの髪がチリッと燃える。
「あのガキ絞めて親父の力を奪い取ってやる」
「……やるなら、人間に迷惑かけないようになさい」
「あぁ?」
「それくらいは配慮なさいってこと。歴史や文化を破壊するのは容易いけど、ヒトの作るお酒飲めなくなるのは辛いわ……ね、お願い」
「……酒狂いめ」
スヴァローグは、舌打ちをして歩きだす。
己の闘気を隠さず歩いていると……二人の前に、小さなエメラルドグリーンの髪をなびかせた少女が立ちふさがった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん……」
「よぉリンドブルム。久しぶりじゃねぇか」
「やっほ~」
「……何しに、来たの?」
リンドブルムは、恐る恐る聞いた。
すると、スヴァローグは手を差し出す。
「持ってんだろ? 出せ」
「……な、何を?」
次の瞬間、スヴァローグはリンドブルムの眼前に移動し、顔を近づける。
「とぼけんな。親父の力に決まってんだろ」
「……っ」
アンフィスバエナは動かない。
そもそも、ここは人々の往来。人目に付きすぎる。
それに……今は、リュウキが闘技大会で戦っている。
「リンドブルム。お前……オレに逆らうのか? なぁ? お前も末っ子ならわかんだろ? 兄貴には勝てねぇってことが」
「……ぅ」
「雑魚のお前が親父の力手に入れてどうする? その力で上の兄貴、姉貴をブチ殺すのか? お前に、弱虫のお前にできんのか? なぁ……無理だろ? だけどオレならできる。親父の力はオレら兄弟よーく知ってんだろ? 親父は死んだ。死んだんだ。オレらは自由なんだ。なぁ? 上の兄貴、姉貴たちがいつ力を手にしたいと考えるかわからねぇ。だったら……オレが持っててやる」
「…………」
リンドブルムは、一歩後ずさる。
だが、スヴァローグが一歩前に出た。
「お前が人間を、生物を愛してるのは知ってる。『慈愛翆龍』なんて呼ばれてるくらいだもんなぁ? お前が逆らえば……ククク、オレの闘気が、この国を焼き尽くすぞ?」
「!!」
すれ違う人は怪訝な目をするが、スヴァローグとリンドブルムには気付かない。顔を近づけ、仲良くお話しているようにしか見えない。さらに真龍聖教の枢機卿だとは気付かない。
道行くのは冒険者だけじゃない。住人、子供たち、商人、学生と、いろんな人が通る。
リンドブルムは、守らなくてはならないのだ。
戦って守るのではない。従って、守るしかないのだ。
「ぅ……」
「これが最後だ。リンドブルム……あんまり、お兄ちゃんを困らせんな」
ポンポンと、優しく頭を撫でられる。
そして、その手の熱を感じ───……手を払う。
「……あ?」
「だ、駄目だよ……お兄ちゃん」
「…………」
「パパの力は、パパが……パパが最後に託した、人間の子が持つべきだと思う」
「…………」
「パパ、言ってた。力だけが本当の強さじゃない、って。わたし……あの子なら、リュウキなら、きっとパパの力を正しく使ってくれると思う。だから」
「───……!!」
リンドブルムはスヴァローグに抱きつく。いや、羽交い締めする。
そして、闘気を全開にして跳躍した。
「あーらら……あの子、あんなことするなんてねぇ」
一瞬でクロスガルドから離れたリンドブルム。向かったのは、いつもリュウキと修業をした小島。
そこに着地し、スヴァローグと距離を取った。
「……リンドブルム」
スヴァローグの全身が燃える。闘気が《炎》となり、燃えている。
スヴァローグの額に青筋が浮かび、赤い闘気が全身を包み込んだ。
「妹でも容赦しねぇぞ」
「……っ」
リンドブルムは黄緑色の闘気を全開にすると、小島に生えている植物がぞわぞわ成長する。だが、スヴァローグの闘気により一瞬で燃えてしまう。
いつの間にかいたアンフィスバエナは、つまらなそうに言った。
「殺しちゃダメよ」
「うるせぇ」
スヴァローグがゆっくりと歩きだす。
リンドブルムは、悲し気に言った。
「……ごめんね、リュウキ」
 




