ドラゴンの力
「兄貴が、生きて戻っただぁ?」
キルトは、リュウキとその仲間たちが生きてダンジョンから戻ったことを聞いた。
同時に、危険階層を封じていた鎖を動かした人物を学園側が探していることも聞いた。
キルトは舌打ちする。
「チッ、めんどくさいな。まぁいいけど」
「キルト様、大丈夫なの?」
「ああ。あの日、オレら以外にダンジョン入った連中も多い。バレやしねーよ」
「そうですね……ふふ」
キルトたちがいるのは、部活動をする生徒たちに与えられる部室。
部員の少ない『香辛料研究会』の部室を乗っ取り、キルトとその取り巻きの遊び部屋にしたのだ。現在、この部屋には十五人以上の取り巻きたちがいる。
そのうちの一人、カマキリのような顔の少年が言う。
「キルトさん、どうせなら路地裏連れ込んでヤッちまいます?」
「バーカ。お前、冒険者ランクは?」
「え、び、Bですけど……」
「ならダメだ。あっちにもB級冒険者がいる。ヤルなら確実に、だ」
「へ、へぇ……」
揉み手をするカマキリ。
すると、プリメラが挙手。
「そういえば……学園のイベント、ご存じ?」
「イベント?」
「ええ。学園長の意向で開催されてる闘技大会……そこでキルト様の実力を見せつけては?」
「……いいな。それ」
キルトはニヤリと笑い、プリメラを抱き寄せた。
◇◇◇◇◇◇
さて、今日は休日だ。
リンドブルム曰く『しばらく鍛錬しなくてもいいと思う。だって、パパの力の使い方、もう教えることあまりない。身体を鍛えれば?』とのことだ。
相部屋であるマルセイは、朝からダンジョンに行ってしまったし、俺一人。
ベッドに寝転がりながら、机の上を見る。
そこには、算術と歴史の参考書があった。
「勉強でもするかな」
俺が取った部門は、算術と歴史、筋力トレーニング部門だ。
現在、体験学習ということで、一学期は様々な部門の勉強を自由にすることができる。一学期は部門の体験学習、二学期から選考した部門を学ぶ。
俺はもう算術部門と歴史部門、筋力トレーニング部門を選んだから、あとは学ぶだけ。
さっそく机に向かい、歴史書を開くと……ドアがノックされた。
「ん? はいはーい」
ドアを開けると、そこにいたのは。
「こんにちは、リュウキくん」
「アピア? ん、どうした?」
「はい。リュウキくん、お暇かなーって思いまして」
「暇というか、勉強しようと思ってた」
「まぁまぁ。真面目ですねぇ……あの、お時間あります?」
「え?」
「その、私とお出かけしませんか?」
「お出かけ? いいけど、どこ行くんだ?」
「町に買い物へ。その、駄目ですか?」
「まぁ、いいけど」
「ありがとうございます!」
とりあえず私服に着替え、部屋を出る。
アピアは、水色のワンピースに帽子、可愛らしいバッグを持っていた。
俺は普通の服に、ポケットに財布を入れただけ……今さらだけど、貴族のお嬢様と出かけるような恰好じゃないな。まぁ気にしないけど。
寮を出て(休日の日中のみ男子、女子の寮に異性が出入りできる)、学園の正門を抜けて城下町へ。
「どこいくんだ?」
「その、いろいろです」
「おう。あ、そうだ。ちょっと行きたいところできた」
「え? どこですか?」
そういえば最近行ってなかったな。ルイさんの店。
◇◇◇◇◇
やってきたのは、城下町の中心にある中規模の商店。
看板には『ラギョウ商会・クロスガルド支店』と書かれた看板がある。
城下町の中心、一等地の支店だ。土地、建物込みでも相当な値段だろう。
だが、ドラゴンの牙をオークションに出したおかげで、土地と建物を購入してもお釣りがきた。お釣りだけで平民数人が一生暮らせるくらいの額らしい。
建物を見上げる俺とアピア。
「ここ、ですか?」
「ああ。レイの兄さんが経営してるんだ。入学式ぶりだし、挨拶しようと思って」
店のドアを開けると、店員さんの声が。
「いらっしゃいませーっ!!」
「あれ」
女の子だ。俺たちよりも年上の、若い女性。
俺は店員さんに聞いてみた。
「あの、ルイさんいますか?」
「店長なら裏にいますけど」
「えっと、リュウキと申します。ルイさんに挨拶したいんですけど……」
「えーっと、店長とはどのようなご関係で?」
「ご関係……」
「最近多いんです。店長、オークションで大金を稼いでこの店を出したので……恨みや妬む人、増えたんですよ。だからあたしが代わりに店番してるんです」
「「……!」」
俺とアピアは気付いた。
この女性店員───……とんでもなく、強い。
警戒しているのがすぐにわかった。
まいったな。出直すしかなさそうだ。
「リュウキくん!?」
「あ、店長!! 出てきちゃダメですってば!!」
「いやいや、彼は大丈夫だ。ぼくの大事な友人だ。ささ、中でお茶でも……ん? その子は? レイはいないのかい?」
「レイは少し用事がありまして……」
「ふぅむ……」
な、なんかルイさんの笑みが怖い。
アピアも俺の後ろで背中に隠れちゃうし。
「リュウキくん。ぼくは、みんな幸せにするなら、『何人』いてもいいよ?」
「な、何の話でしょうか……?」
とりあえず、いろいろと誤解しないで欲しかった。
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
聖王国クロスガルドから、遠く離れた山脈。
その頂上、雲の上ほど高い場所に、空色の体躯を持つ巨大な『ドラゴン』が眠っていた。
そのドラゴンは静かに目を開け───……蛇のように長い首を持ち上げる。
『……懐かしい匂いね』
空色のドラゴンが首を動かし頭を向けると、そこには真っ赤に燃えるゴツゴツした赤いドラゴンが飛んでいた。
そのドラゴンは、空色のドラゴンの目の前に着地する。
『ギャッハッハア!! アンフィスバエナ、相変わらずクソ高いとこが好きじゃねぇか。馬鹿と煙は高いところが好きっていうがマジらしいなぁ!! ハハッハハァァァ!!』
『……うるさいわね、スヴァローグ。あんた、暑苦しいのよ』
『クッソやかましいしウゼェ。丸焼きにして食ってやろうか?』
『やめときなさい。アンタのクソ肉、マズそうだし食いたくない』
真っ赤に燃えるドラゴンことスヴァローグは、全身をメラメラ燃やしながらマグマのような表皮をさらにゴウゴウと燃やす。空色のドラゴンことアンフィスバエナは、関わりたくないのか欠伸をしていた。
伝説の八龍の一体。
『紅蓮獄龍』スヴァローグと、『天空星龍』アンフィスバエナ。
スヴァローグは、舌打ちをして本題に入る。
『お前、感じたか? 親父のクソが死んだぜ』
『感じたわ……偉大なるお父様の死。悲しいわぁ』
『嘘つけ。悲しんでんの、泣き虫リンドブルムくらいだぜ』
『そうね……で?』
『気付いてるくせに知らねーフリか? 親父が死んだはずなのに、親父の気配が強くなった……どうもキナクセェ。親父は間違いなく寿命で死んだ。でも、力だけが動き回ってるような気ィすんだ』
『…………』
『ケケケ。確かめに行く。上手くいけば、その力を吸収して、兄貴や姉貴を出し抜けるかもしれねぇ』
『…………』
『てめーはいいのか?』
『どうでもいい。お父様にムカついてるのは違いないけど、あの力はあたしら兄弟が束になっても敵わないから』
『ケッ、好きにしな。オレはやるぜ? クソ兄貴、クソ姉貴。見てやがれよ』
スヴァローグは、地上に向かって飛んで行く。
アンフィスバエナは、もう一度欠伸をして目を閉じた。




