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翌朝、間宮の家から付き添ってくれたメイドの手伝ってもらい、完璧に女装する。
多少の衝撃ではズレないようにとカツラをしっかり、ピンで留められ頭が少し痛い。
上品なクリーム色のドレスを着ると、メイドが熱い息をついた。
「睦月様、お綺麗です」
「やめてくれないか。そして、ここでは『弥生』だ」
「失礼しました」
慌てて頭を下げるメイドに、「別に怒ってない」と告げて、共にダイニングに向かう。
昨夜のことを思うと、少し憂鬱だ。
きっとあの男の機嫌はすこぶる悪いに違いない。
彼はダイニングテーブルに着いていた。
長い脚を組み、新聞を目にしながらコーヒーを口に運んでいる。
その姿は父と同じだったが、優雅さがまるで違っている。
「おはようございます」
僕は何もなかったように挨拶をして席につくと、彼は少しバツが悪そうにこちらを見て、そしてまた目を伏せた。
なんだ?
不審に思いながら、メイドが運んで来たサラダを眺めていると、
「……昨夜は失礼をした」
と低い声でそう告げた。
驚いて顔を上げると、目を合わせようとしない彼の頬が少し紅潮していた。
きっと、謝り慣れていないのだろう。
その姿に、可笑しさが込み上がる。
思わずクスリと笑うと、彼の頬が更に赤くなり、少し怒ったように顔を上げた。
「いや、失礼。謝ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
僕が笑みを返すと、彼はまた目をそらした。
子供のようにあてつけをして、それを窘められて、少し反省したんだろう。
なかなか可愛いところもある。
その後、彼は書斎で仕事をすると席を立ち、
自分は図書室で本に目を通していた。
東雲の家に来ることが出来て、何より嬉しいのは読み物に困らないこと。
天井まである本棚にビッシリと詰められた、この図書室の本の数を見た時は、正直興奮した。
間宮の家より、ずっと楽しい時間を過ごせるかもしれない。
まぁ、鬱陶しいカツラと、スカートは気に食わないが。
図書室のデスクに座って読み耽る。
珍しい海外の書物に胸が躍っていた。
「弥生様……、弥生様」
名前を二度呼ばれてハッとして顔を上げた。
弥生は自分の名ではないので、呼ばれても反応に鈍い。
本を読んでいたら尚更だ。
そこにはメイドの由加がおずおずとした様子を見せていた。
そう、昨夜、東雲琢磨に抱かれていた女だ。
「……何か?」
なるべく柔らかい口調でそう尋ねると、彼女はますます苦い表情を浮かべ、そしてペコリと頭を下げた。
「昨夜は申し訳ございませんでした」
こうしたことを謝られた場合、普通の女はどういう対応をするのか。
何より、普通はこうして素直に謝ってくるものなのだろうか?
そんなことを思いながら、「別に、君が謝る必要はない」と答えた。
そう、すべては東雲琢磨の所業だ。
彼女は頬を赤めたあと、恥ずかしそうに目を伏せた。
「私たちメイドは皆、ご主人様を慕っておりまして……」
そう話し始めた彼女に、どんな慕い方なのかと、思わず眉を顰めたが黙って話を聞くことにした。
「そんなご主人様もいつかは結婚されることを分かっていたんですが、私たちはどうしても心の奥底では受け入れられなかったんです」
それはそうだろう、と苦笑した。
「ですが、弥生様のような方で良かった。とてもお美しくて凛としていて、とても格好いいと素直に思います」
彼女の言葉を聞きながら、焦りから額に冷たい汗が浮かんだ。
しまった、自分はここに来て、姉の姿だけ真似ながら中身は自分のままだった。
姉は決して凛としてるわけでもなく、同性にカッコイイといわれるようなタイプでもない。
弱ったな、眉間に皺を寄せていると、
「あの、ご主人様にそろそろコーヒーをお出しする時間なんです。せっかくなので、弥生様にお願いしたいと思いまして」
彼女は微笑みながらそう告げた。
いや、遠慮する。
とは思ったが、そうも言えずに、とりあえず頷いた。






