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東雲草  作者: 望月麻衣
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「はじめまして、東雲琢磨です」

 そう言って胸に手を当てて優雅に頭を下げる。

 爪の先まで上流階級の匂いがする。

「はじめまして、間宮……弥生です」

 なるべくサラリとそう告げると彼は少し驚いたように目を開いた。

「驚いたな、容姿に似つかわしくないハスキーな声だ」

「申し訳ございません、風邪をひいておりまして」

 予め用意しておいた言葉を返す。

「それは大変だ。間宮当主も体調を崩されているとか? あなたのような美しい娘を手放すことが惜しくてのことかもしれないな」

 何を言っているんだか。

 しかし、自分が男だとは疑いもしていないのは良かった。

 似ているとは思っていたが、女装したことで、これほどまでに姉に似ているとは思わず、自分でも驚いたほどだ。

 このまま体調を崩したと部屋に閉じこもることが出来たら、上手く姉と入れ替わることができるだろう。

 そう思っていると、急に彼がこちらの顎をつかんで、顔を覗き込んで来た。

「初めて見かけた時から、絶対に手に入れると決めていた。本当に美しいな」

 マジマジと見据えて、そう告げる。

「少し乱暴ですね」

 眉を顰めて睨むと、彼は少し楽しそうに笑った。

「そうだな、嬉しさに焦りすぎた。食事にしよう」

 そう言って席につく。

 今すぐにでも、喰らおうとする男の空気に、正直肝が冷える気がした。

 食事を終えるなり、すぐに寝所に連れ込まれることを警戒していたが、幸いなことに彼に仕事が入ったらしく、その間メイドに東雲の屋敷を案内してもらうこととなった。


「お二人の寝室は三階の突き当りでして、薔薇園が見渡せる最高のお部屋ですよ」

 齢若い、そして可愛らしいメイド・由加は屋敷を案内しながら一生懸命そう告げた。

「由加さん、自分は今風邪を引いていて、そして月の穢れに見舞われているので、一週間ほど寝室は別にしたいんです。どこか空いている部屋を用意してもらえませんか?」

 僕のお願いに、彼女は驚きの表情を見せ、

「分かりました」

 と、少しホッとしたようにそう告げた。

 何故、安堵の表情を見せたのか。

 そんな疑問が浮かぶ間もなく次の瞬間、嬉しそうに顔を上げた。

「そうそう弥生様、二階に図書室もございますので、時間を持て余した時は、どうぞお立ち寄りくださいね」

 図書室か。

 それは素直に嬉しいな。

 書物さえあれば、いくらでも時間を潰せる。

 別の部屋も用意してくれるし、本当になんとかなるかもしれない。



 彼の仕事は忙しいらしく、夕食時にも戻らず、自分は落ち着いた気持ちで過ごすことが出来た。

 食後、用意された風呂にコッソリと入り、図書室で拝借した本を手に、用意された部屋に向かう。

 その用意された部屋は、夫婦の寝室のまさに隣の部屋だった。

 もっと離れたところでいいのに、そう思いながら扉を開け、まるでヨーロッパの貴族の部屋を思わせる、その豪華な部屋に感心の息をついた。

 さすがは東雲家。

 姉がこの部屋を見たなら、感激し浮かれたのではないだろうか?

 何よりあの当主に会いさえしたなら、気持ちも変わったかもしれないのに。

 僕は本当に余計なことをした。

 はぁ、と息をついて、ベッドに腰をかけ、本を開く。

 東雲琢磨に寝る前に挨拶くらいしなければならないから、カツラはつけたまま。

 用意されたネグリジェを着た状態で。

 あまりの情けなさに、失笑だ。


 本を開き、いつしか読み耽っていると、少し乱暴に扉が開けられて驚いて顔を上げた。

 そこには東雲琢磨が不機嫌そうに顔をしかめながら、こちらを睨むように見ていた。

「お帰りだったんですね。ノックくらいしてもらえませんか?」

 ベッドを降りて、彼の元に歩み寄ると、

「どうして別の部屋を用意させる?」

 と強く腕をつかんで来た。

 腕に痛みを感じながら、

「……体調を崩していまして、そして今、月の穢れの最中です」

「俺は別に構わない。お前が体調を崩していても、そして月の穢れの最中であろうと」

 彼は冷酷にこちらを見下ろした。

 その視線にゾクリと背筋が冷える。

 それでも、気圧されてはならないと睨み返した。

「琢磨様、あなたが構わなくても、こちらは嫌です。どうか一週間ほどお待ち下さい」

 強い口調で告げると、彼はイライラしたようにチッと舌打ちし、勢いよく部屋を出て行った。


 やれやれ、結構な暴君だな。

 警戒の為にドアに鍵をかけて、カツラを取り、明かりを消してベッドに横たわった。

 それでも、分かってくれたようだし、なんとかなりそうだ。

 そう思いウトウトと目を閉じかけたとき、隣の寝室から不審な物音がして目を開いた。

 なんだ?

 これは、うめき声?

 彼の体調に何か異変があったのかと、慌ててカツラをかぶり、隣の部屋に向かった。

「大丈夫ですか?」

 ドアをノックしながら、そう尋ねても返事はない。

 うめき声はまだ聞こえて来ていた。

「失礼します。どうかしました?」

 ドアを開けるなり、飛び込んで来た光景に目を疑った。

 東雲琢磨は、メイドの由加を抱いていた。



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