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東雲草  作者: 望月麻衣
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 そんな自分の主張は通ることもなく、東雲邸へと連れて行かれることとなった。

 父の見栄の結晶である自家用車に乗り東雲家に向かう。

 結婚式はまだ先を予定しているが、所謂花嫁修業として呼ばれていた。

 修行なんて名ばかりで最早妻になる為に、そう良縁を逃がさない為に人身御供に出されるようなものだった。

 やがて見えてきた東雲の屋敷は、それは見事なものだった。

 鹿鳴館を思わせる完全な洋館。

 姉がこの洋館を目にしたら、気持ちも変わるのではと思わせるほどに絢爛豪華な邸宅だ。

 大きな門をくぐり、美しい庭を眺めながら、その名を轟かす東雲家の凄さを肌で感じていた。

 車を停めた時、タキシード姿の使用人が姿を現わし、優雅にドアを開けた。

 差し出された手を取り、車を降りる。

 長いスカートが邪魔臭くてならない。

 上品さが際立つようにと、落ち着いた紺のフリルがあしらわれたドレス。

 頭の上には装飾を施された小さな羽付き帽子。

 肘までの白い手袋。

 タキシード姿の使用人はこちらを見て、露骨に頬を赤らめていた。

 お前が見ている相手は男だよ。

 そんな悪態を心の中でついてみる。

 しかし使用人の姿に、これならば一週間くらい騙せるのではないかという自信も胸の内に生まれて来ていた。


「旦那様がお待ちです」

 使用人が庭の奥へと案内する。

 どうやら庭園に会食の席を設けているらしい。

 手入れの行き届いた澄んだ池には色鮮やかな錦鯉が悠々と泳ぎ、美しい花々が彩る。

 威風堂々とした屋敷に負けない美しき庭園。

 ここを初対面の場に選んだということは、自慢なのだろう。

 使用人の後を歩きながら、自分の隣にいる父が挙動不審になっていることに眉を顰めた。

 今更露見することが怖くなったのか、目は泳ぎ、額には尋常ならないほどの汗をかいていた。

 大きな口を叩く割には、いざという時に度胸がなくて本当に呆れ返る。

「お父様、額に汗が」

 平静にそう告げると、父は慌ててポケットからハンカチを取り出し額を力いっぱい拭っていた。

「挙動不審すぎますよ。ここまで来たんですから、しっかりして下さい」

 使用人に聞こえないほどの小さな声で父を嗜めると、ああ、と頷いて力ない息をつき、胸に手を当てていた。

「いざこの場に来てしまったら動悸が激しくなって」

 情けなくそう告げる父に、苛立ちを感じながら、

「動悸が? それは大変です。こちらのことはいいので、お父様は家にお帰り下さい」

 今度は使用人に聞こえるように大きな声でハッキリとそう告げた。

 使用人は驚いて振り返る。

「間宮様は体調が?」

「ええ、父は体調を崩していまして、その身体をおしてここまで来たのですが、どうやら限界のようです。このままでは東雲様にご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんので、今日は帰らせてもよろしいでしょうか?」

「勿論ですよ、旦那様には伝えておきます。どうかゆっくり休んでください」

 使用人の言葉に、父は目を泳がせながら頷き、

「……それじゃあ、後は頼んだぞ」

 と不安げにこちらを見た。

 ここまで無理やり連れて来させておいて今更何を言うのか。

 もう、仕方のないこと。

 何より自分が蒔いた種だ。

「お任せ下さい」

 僕は会釈して、父に背を向ける。

 苛立ったが、煩わしい父が視界から消えてくれたことで幾分か気が楽になった。

 婚約者に挨拶し、そして月のものだと告げてやり過ごせばいいだけのこと。

 裏庭に入ると、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 薔薇の花が咲き誇っていた。すべて真っ赤な薔薇。

 まるで血のように赤い。

 その中心にテーブルが設けられ、数人のメイドが一列に並んで待機し、そしてそこに悠々と座る婚約者・東雲琢磨の姿があった。

 こちらの姿を見るなり小さく笑って、ゆっくりと立ち上がる。

 背が驚くほど高い。

 なるほど、さすがは混血児。

 少し明るめの髪に白い肌、そしてその瞳は灰色と不思議な色をしていた。

 そして最高級のスーツを嫌味なほどに着こなしていた。

 鬼のような男だと噂されていた。

 彼の姿を見て、即座にその噂は彼にやっかむ者の言いがかりに過ぎないことに気がついた。

 そこに立つ彼は評判とは真逆だった。

 ――こんなに美しい男は、見たことがない。


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