3
姉を逃がしたことを知った父の怒りは、相当なものだった。
喉の奥から怒鳴り散らしては、ゴホゴホと咳き込み、
「お前は自分のやったことを分かっているのか?」
と、胸倉をつかんできた。
「分かっていますよ。
姉さんも……一度でも逃げたら、きっと満足するのではと思いました」
僕が冷静にそう告げると「貴様……」と父は手をかざした瞬間、母が悲鳴を上げた。
「やめて、睦月さんの美しい顔に手を上げないで下さい」
そう言って身を挺するように自分をかばった母を前に、僕は苦笑した。
殴らせておけば父もスッキリするだろうに。
そんな母の言葉に、父は「美しい……か」と鼻で笑って、こちらの顎をつかんだ。
「確かにお前は美しい顔をしてる。弥生と『一卵性双生児』だとからかわれるほどによく似ていて、そして弥生よりも美人だと冗談めかしく言う者も少なくない」
まるで値踏みするように、顔をマジマジと眺めながらそう告げた父に、僕は眉を顰めた。
一体、何を言いたいのか。
「東雲には今日弥生を送る手筈を整えていた。
睦月、責任を取って弥生を連れ戻すまでの間、お前は弥生の扮装をし代わりに東雲に行くように。誰か、鬘の用意を!」
と叫んだ父の言葉に、耳を疑った。
一体何を言いだすのか。
姉を連れ戻すまでの間、この自分が、つまりは女装をして、東雲の家に入れと。
確かに自分と姉は双子で、勿論二卵性だが、父が言ったように『一卵性双生児』と揶揄されるほどに顔はよく似ている。
とはいえ、そんな無謀なことが通用すると本気で思っているのか?
その場にいた誰もが、父が正気の沙汰ではないと思っていた。
だが使用人に無理やり着せられたドレスに、施された化粧。
急遽用意されたカツラをつけた時には、誰もが無謀だとは囁かなくなっていた。
「……なんて美しいの。弥生とこれほどまで似ているなんて」
熱っぽくそう告げた母に、使用人達も強く頷く。
「これなら時間稼ぎできますわね」
当たり前のように自分が代役として向かう流れになっていることに、額に冷たい汗が浮かぶ。
「何を馬鹿なことを……。
どんなに着飾っても中身は男。ひとたび肌に触れたなら、すぐに露見するに決まっているではありませんか」
強い口調でそう告げると齢若い使用人達は頬を赤めて顔を背け、父は不敵に微笑んでこちらの肩に手を乗せた。
「睦月、琢磨殿には自分が月のものだと伝えて、身体が穢れているので、それが終わるまでは部屋を別にと伝えなさい。 これで一週間は時間は稼げる。その間に弥生を必ず見付けてみせる」
本気で本気でそんなことを実行しようと思っているのか?
もし失敗したら、それこそ間宮家の何よりもの危機につながるというのに――。