死刑見学
今日の朝はいつもよりも早い。社会科見学の授業があるからだ。去年、小学4年生の時には、大田市場を見学した。今年は、死刑見学に行く。昨日の夜は、少し興奮して眠れなかった。
「忘れ物ない?」
お母さんもなんだかいつもより張り切っているみたいだ。外に出ると天気予報通り、晴れ。良かった。今日だけはランドセルではなくリュックで来ることになっている。リュックが軽いと思うのは、教科書が入ってないからだけじゃない。
朝の7時半に校庭に集合して、それからみんな揃って電車で向かう。学校に着くと、同じようにリュックを背負ったみんながいた。ランドセルじゃないってだけで、楽しそうだ。でも、先生たちはいつもより厳しそうな顔をしているし、いつもは見かけない先生まで来ている。
最寄り駅までは、クラスで二列に並んで移動する。背の順で並ぶから、僕は先頭から二番目だ。学校から駅までの道は、普段僕が通らない所だから新鮮だった。「ここは誰々くんの家だ」という会話が聞こえたり、「間隔を開けないで」と先生が口々に言う。
みんなで電車に乗るのも不思議な感じだった。電車を二つ見送った後、先生の指示でわぁ〜と一斉に乗る。僕たちはみんな楽しかったけど、周りに行く大人たちはちょっと怖かった。
「今日はどこ行くの?」
目の前の席に座っていたお婆さんが聞いてきた。
「死刑見学に行くんです」と答えると、
お婆さんは、ニッコリ笑って「そう。楽しんできてね」と言った。
今日の死刑執行は、10時半からの回と14時半からの回の二つだった。僕たちが行くのは、午前の部だ。会場は、僕たちの貸切というわけではなく、一般のお客さんもちらほらいた。外国人の若いカップルが一組と、大学生ぐらいの若い日本人カップルが一組。それに、常連さんのように小慣れた歩きで会場に飾られている絵画を見て待っているおじさんたちが何人かだ。僕は、てっきり独占できると思っていたから残念だった。
今、僕たちのいる一階に執行室があり、AとBの二部屋があるが、基本的にはAしか使われていない。ガラス張りで覆われた部屋に死刑囚が運ばれ、見守り人が見守っている中、執行人が執行する。ガラス張りの部屋は、こちらから中の様子は見えても、内側からこちら側は見えないようになっているらしい。
地下一階では、執行後の吊るされている死刑囚を見学することができる。死刑囚は、執行後一時間吊るされており、少なくとも午後の部が始まる一時間前には回収される。その間は、自由に観察できるというわけだ。
僕たちが今日やることは、バインダーに挟まっているこの紙を埋めることだけだ。執行前、執行後の死刑囚の様子をレポートし、それについての感想を書く。その後は、記念館に移動し、これまでに死刑にしてきた犯罪者たちについて勉強したり、実際に執行人を経験された職員さんに話を聞いたりして、学んだことをメモする。
10時になり、開場されると一組から順に入っていく。薄暗い部屋の中央には、ガラス張りで正方形の執行室があり、蛍光灯があることで中の様子がよく見えるようになっている。「奥に詰めていって」、先生が言う。いつもなら余裕があるであろう見学席はあっという間に埋まってしまった。僕は運よく、死刑囚の顔が見える位置に座ることができた。
5分前になると、見守り人や執行人が入ってきた。みんなも静かになる。僕も少し緊張してきた。職員からの注意事項が読み上げられる。さほど喉は乾いていないけれど、水筒を開けて水を飲む。お母さんは、スポドリを入れてきたらしい。意外に、体は水分を欲していたようで全身に水が行き渡るのを感じた。
いよいよ、死刑囚が連れられてくる。両手は手錠にかけられて紐がつながっている。まるで、ペットの散歩みたいだなと思ったが、それを感想に書くのはやめにした。
見守り人が、何かを読み上げる。僕には難しい言葉でよくわからないことばかりだった。「国家の…」「司法のもと…」とかなんとか。やけに長いと感じたその読み上げも終わり、最後に見守り人が死刑囚に向かって聞いた。
「何か言い残したことは?」
「やり直したい。俺にやり直すチャンスをくれ」
「他にはないか?」
「お願いだ。やり直すチャンスをくれ、頼む。」
僕は、ふざけた野郎だと思った。自分が悪いことをしたのに、この期に及んで「やり直したい」だなんて、なんてことだ。死刑になるほどの犯罪を犯した悪人なのに、許せない。こんな奴はもっと早く死ぬべきだったんだ。僕たちが暮らしている世界に、こんな奴が生きていていいはずがない。一度でも、犯罪を犯した奴にやり直すチャンスなんてあるものか。
「死にたくない!なぁ、わかるだろう。俺だって好きでやったんじゃない。それしかなかったんだ。あの時の俺には、そうするしか選択肢がなかったんだ!許してくれ!」
「以上か?」
見守り人が、執行人の一人に目配せすると、黒いマスクで死刑囚の顔を覆った。死刑囚はまだ、何か言っているようだったが、声は曇ってよく聞こえなかった。しばらくすると、それもやめたようだった。執行人が縄を首にかける。最後のチェックを入念に行う。見守り人は、僕たちが持っているようなバインダーと同じようなものを手にしており、一つ一つを指差し、チェックを入れているようだった。それも終わると、見守り人と執行人は一列に並んだ。
「執行」
その一言で、床がパカっと開いて、死刑囚は消えた。縄がミシミシといっている。見守り人、執行人の一行がこちらに一礼すると、自然に拍手がおこった。誰が最初に始めたのかわからないが、僕も負けじと懸命に拍手をした。みんな声は出さずとも興奮していたし、高揚感に包まれていた。
彼らが、執行室を去っていくと、部屋の電気がつき、明るくなった。ざわざわとし始める。みんな早く感想を言い合いたいようだった。すごかった。すごいものを見た。僕はなんだか自然と笑顔になってしまうような、そんな気分だった。
職員の方が入ってきて、退出の案内を始める。バインダーの紙にはまだ何も書かれていない。白紙だ。なんだって書ける。でも、そこで僕は不安になってしまう。果たして、このことを、この興奮を説明できるだろうか。書きこぼしてしまう事がたくさん出てきてしまうことを残念に思った。
部屋から出ると、もうクラスごとに並んでいる列ができたいたから、自分のクラスの列を探して列に戻る。これから地下一階に行って、執行後の死刑囚を見にいくのだ。正義がなされた姿を、正義の勝利を見にいくのだ。僕はそれが楽しみで仕方がない。
さっき見たカップル二組が目についた。彼らは、あまり楽しそうに見えなかった。可哀想に、と思った。それに、僕のこの楽しい気持ちを害された気分だ。くそっ。でもいい。これから、処刑された死刑囚を見てスッキリするのだから。