8話 魔法の袋
魔獣との闘いから数時間後。
『そういえば、もう少しで森を出られると思うんだけど、リゼラミアには物を買う制度とかあるのかな? 今後、生活していくのに火と水だけでは限界があるような気もするんだけど……』
リゼラミアの生活がどういう仕組みで成り立っているのかを、まだ聞いていなかった。
森の中で一生生きるわけではない。
街を目指しているということは、お金みたいな物はあるのだろうか?
その場合、何も持っていないと困ったことになる。
『はい、実はこの近くに、宝石などが隠されている洞窟があります。その宝石を売って、当分の資金にしてもらえればと思います』
不安げな僕をよそにアリーセスはそう言った。
なんとも都合の良い話にも聞こえるが……
『……何で、そんなところに宝石が? 持って行って構わない物なの?』
さすがに心配になって僕は尋ねた。
『はい、数年前に盗賊達が蓄えていた財宝ですが、最近、その盗賊達が捕まったため、そのまま放置されていた物です』
そんなことまで分かるのか……
アリーセスの全知の力の凄さを改めて実感する。
『なるほど』
とはいえ、元は盗まれた物。
創造主からの提案とはいえ、そのまま自分の物にするのも気が引ける……
『それらを警察みたいなところに届けると、何割かもらえるみたいな法律はあるのかな?』
『各王国、法律は違いますが、森を出た近くにあるロワイアントナーガ国では、憲兵に盗品を持っていくと、約一割から三割の謝礼が国からもらえます』
憲兵ということは、ロワイアントナーガでは軍と警察は一つになっているということか。
『謝礼が一割だったとして、当面の生活資金はそれで足りそう額なのかな?』
『はい、生活資金としては十分だと思います』
なら欲張る必要もないかな……
『じゃあ、盗まれた人も困っているだろうし、憲兵に届けることにするよ』
『分かりました』
◇ ◇ ◇ ◇
アリーセスに場所を教えてもらい、程なくして洞窟らしき岩の山が見えてきた。
『あそこが、元盗賊達の洞窟です』
『森の出口とそこまで遠くないのに、よく今まで見つからなかったね』
『洞窟の入り口に魔法がかけられていますので、見た目は少しへこんだ岩石にしか見えません』
たしかに入り口らしきところが見当たらない、遠目では岩山にしか見えない。
『魔法がかけられてるのに、どうやって入るの?』
『それは、ファイの火炎魔法で』
ためらいもなくアリーセスはあっさりと答える。
『あ、物理的に……』
思わず、苦笑する。
何か開ける呪文でもあるのかと思ったのだが。
『岩石を動かせるのはその魔術師と契約を交わした人だけになっています』
アリーセスが補足した。
そういうことならいいのかな……
「ファイ、あの岩石に火炎魔法をぶつけてもらえる?」
「了解しました」
ファイは深々とお辞儀をし、火の玉を作りだす。
「火炎魔法!」
ドーーーン!
ファイが放った火の玉が岩石にぶつかると、岩が崩壊して、奥へと続く洞窟が現れた。
中に入ると、十人から二十人ほどの人数が生活できる広さの空間が広がっていた。
「あ、これか」
洞窟の一番奥に光るものが見えた。
近づいて見ると、おとぎ話でよく見るような金箔で覆われ美しい模様や石で装飾された箱……いわゆる宝箱だと分かった。
その箱を開けると大量の宝石がぎっしりと入っていた。
「いっぱいあるのはいいけど……さすがに全部は運べないな……」
かなり重そうだ。
『そちらに置いてある、魔法の袋を使って下さい』
『魔法の袋?』
ふと宝箱の左隣に視線をやると、何か特殊に加工された布でできたような袋が落ちていることに気づいた。
『その魔法の袋ですが、袋の中を別空間と繋げられるようになっています』
とアリーセスが説明してくれた。
『そんな便利な物があるんだ』
『袋の中と洞窟内の空間は繋がっていますので、その袋を持って行けばこの洞窟内にある物はいつでも取り出せます』
『……なるほど。ちなみに今、この袋の中に手を入れたら、どうなるのかな?』
少し気になった。
『やってみますか?』
やって危険なことではないようだ。
『そうだね、試しにやってみるよ』
袋の中に右手を入れてみると。
突如、僕らのいる場所の真上から自分の手が出て来た。
「うわっ、気持ち悪っ!!」
客観的に見ると、手だけが空中に浮いている。
驚いてテンションの上がっている僕とは対称的にアリーセスは冷静に説明する。
『意識して動かすと、空間内の手の位置を自由に変えられます』
『そんなことも出来るの?』
試しに手を握ってみたり、手首からぐるぐる回してみたりした。
本当だ。
意識すると、洞窟内であれば、空中に浮いている手を自由に動かせた。
「何にしても、これがあれば、宝石を運んで持って行く必要はなさそうだな」
『後は、服も着替えた方がよいかもしれません』
『確かに』
今着ている服は元いた世界の服。
洞窟に乱雑に置かれたままになっていた盗賊達が着ていたであろう衣類を見ると、着ている服と明らかに違うことが分かる。
このまま町に出れば間違いなく浮いてしまうことは想像に難くはない。
服もありがたく拝借させてもらおう。
『じゃあ、これなんかどうかな?』
盗賊のような服は除外して、冒険者に見えそうな服を選んだ。
『いいと思います』
アリーセスがそう言うのであれば、変ではないのだろう。
「なら、これにするよ」
そう言って着替えようと上着を脱ぎ始めたところ、
「「お待ちください!!」」
と、突然慌てた様子で、ファイとミューリに着るのを止められた。
「え?」
見たところ破れている様子もなさそうだが。
「ウルク様に、長い間放置されていた服を着させるわけにいきません。せめて、水洗いをさせて下さい」
そう言うと、ミューリは一塊の水を出し、その水の中に服を入れて、洗濯機のように服を回し始めた。
しばらくするとくるくる回る服の水分がとばされているのが分かった。
脱水もできるのか。
更に、水を切った後、ファイが火の熱を利用して服を乾かしてくれた。
「……凄いな……」
戦闘以外にも魔法の使い方があることに感心する。
早速着替えてみよう。
服に温かみが残っていて、更に洗いたての爽やかさもある。
着心地は最高だった。
もはや拾い物とは思えない。
「うん、いい感じ! ありがとう、二人とも」
「「どういたしまして」」
役に立ったことが嬉しいのか、二人とも笑顔で答えた。
精霊とはそういうものなのかな?
……戦闘でも頼りっきりなのに、何か申し訳ない気持ちになるな……
まあ、喜んでしてくれているみたいだから、いいんだけど……
「服も着替えたし、そろそろ行こうかな」
宝石も手に入ったし、あとは森を出るだけだ。
この三日間、本当に長かった。
『少し待って下さい』
洞窟から出たところで、アリーセスに止められた。
『ん、まだ何かすることあった?』
もう森を出ることしか頭になかったのだが。
『洞窟の入り口は、破壊して置いた方がよいと思います』
そう言われて、ハッとする。
『あ、そうか』
今後も魔法の袋を使っていく場合、この洞窟に誰でも出入り出来る状態にしておくと、物を自由に持って行かれてしまう。
「ファイ、今度は誰も入れないように、入り口を閉じてもらえる?」
「了解しました。火炎魔法!」
ドーーーーン!
火の玉が岩石にぶつかり、凄まじい轟音が辺りに響き渡る。
入り口をとり囲む岩が崩れ落ち、洞窟の入り口が閉ざされた。
『……これでいいんだよね……』
『はい、これで誰も入れないと思います』
……確かに、これは便利だけど……
作り方が、ちょっと雑な気が……
思わず苦笑いする。
……でも、これで色んな物を蓄えて置けるな……
旅や冒険といえば様々なアイテムが必要になると思われるが、洞窟の広さを考えると相当な量の物を置いておくことが出来る。
気づくと魔法の袋を活用した巨大な倉庫が出来上がっていた。
「宝石をしっかりと憲兵に届けるなんて……、ウルクは真面目ですね。でも、そこがいいところだと思います。逆に私って創造主なのに、もしかして、実は雑……。魔法の袋をうまく活用すれば、今後の冒険がだいぶ楽になりそうですねw」
次回、「ロワイアントナーガ国」
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