7話 魔獣
『今日中には、森を抜けられるのかな?』
リゼラミアに召喚されて三日目。
アリーセスが言っていたことが本当なら、今日で森を抜けられる予定だ。
『はい、今日の夕刻には抜けられる予定です』
『それなら、よかった』
森生活に慣れてきたけど、そろそろ人にも会いたい。
アリーセスとはいつでも話が出来るが、代わりに実体がないので、誰かと一緒にいるという実感が湧きにくい。
その分、精霊達がいてくれたのはありがたかった。
因みに、今日は魔獣と遭遇する可能性が高いらしいので、常に精霊を召喚している状態にしている。
『……ウルク、魔の霧が近づいて来ています!』
昼食を終えて再び森の中を歩いていると突然、アリーセスが話しかけてきた。
『魔の霧が近づいて来ているということは、魔獣がこちらに向かって来ているってことだよね……』
『はい、その通りです。精霊に魔法を使う準備をさせておいて下さい』
『了解』
「ファイ、ミューリ、魔獣が近づいているみたい。いつでも魔法が使える準備を」
「了解」
「分かりました」
ファイとミューリが構え、戦闘モードに入る。
ガサガサガサガサ!
草むらをかき分けながら、向かって来る獣の足音。
徐々に地下次いでくるのが分かる。
ガサッ!!
茂みからイノシシが巨大化したような生き物が姿を現した。
全身に黒い靄がかかっている。
あれが魔獣なのか……ん?
「三体!?」
思わず叫ぶ。
『あ、すみません、数までは分かりませんでした』
僕の叫びにアリーセスは申し訳なさそうに答えた。
現れた魔獣の数は三体。
何故か、一体だと思い込んでいた。
って、冷静に分析にしている場合じゃ……
ドーン!
ザザザッ!
僕が指示を出す間もなくファイの火炎魔法とミューリの氷魔法が繰り出され、あっという間に二匹の魔獣を撃破する。
が。
「……あ、死んだ」
残り一体の魔獣と衝突し、大きく跳ね飛ばされた。
さすがに死を覚悟する。
ドカッ!
背後にあった岩壁に衝突した。
「痛い!」
と、声に出したけど……
……あれ?
そんなに痛くない……
「これが神力か」
……神力がなかったら、即死だっただろう……
衝突してきた魔獣が、なおも僕を狙って突進しようとしてくる。
「ファイ!」
ファイが頷き、火炎魔法を放つ。
ドーーン!
目前で火柱があがり、こちらに向かってきていた魔獣が見えなくなる。
どうやら残り一体の魔獣を倒せたようだ。
「「大丈夫ですか?」」
戦いが終わると分かるやいなや、精霊達が岩の前に座り込んだままの僕のもとへ駆け寄り、心配そうに声をかけてくれた。
「ファイとミューリの神力のお陰で、大丈夫そうだよ」
「良かったです」
「ご無事で何より」
二人とも安堵した様子。
僕もそろそろ立ち上がろうとした時、背中に痛みとまではいかないが違和感が走った。
多少のダメージが残っているようだ。
ミューリはそれを察したのか、
「念のため、治療しておきますね。癒しの水!」
と水の塊を一つ出した。
その水の塊が僕の全身を覆う。
息苦しさは全くなかった。
「自己治癒能力を高める水です。しばらく浸っていると、打ち身した箇所が楽になると思います」
背中の違和感がじんわりと和らいでいくのが分かる。
「確かに、打ったところが楽になっていく気がするよ。ありがとう、ミューリ」
「いえいえ、これくらいのことはお安い御用です」
とミューリは照れながら笑顔で答えた。
……それにしても、今後は気をつけないといけないな……
アリーセスによって、魔の霧が近づいて来ることは分かっても、数までは分からないらしい。
『ねえ、アリーセス、魔の霧が近づいた時に、魔人か魔獣かの区別はつくのかな?』
『いえ、魔の霧の中の状態は把握できませんので、魔人か魔獣かの区別はつきません』
アリーセスは口惜しそうに答えた。
『あぁ……そうだよね……』
かなり大まかに「敵が来る」としか分からないことになる。
となると、出現する敵は今回みたいに倒せる敵ばかりでないことも考えられる。
……魔人が近づいていると想定することも必要だな……
『魔人に強さの階級みたいなものは?』
アリーセスは答えた。
『あるみたいです。一番上に魔王、その次に各魔王軍を統率している魔王十二将。また魔人の中でも、上位・中位・下位魔人と分かれているようです』
『なるほど』
それだけ階層が分かれているとなると敵の数は多いということも瞭然である。
ただ、さっきの説明でアリーセスは「あるみたい」「いるよう」と断定を避けている。
断定しなかったのは、魔の霧のせいで、アリーセス自身が把握しきれていないからであろう。
おそらく、今までの勇者達から得た情報なのだろう。
『ただ……』
アリーセスは続けた。
『具体的な分析は出来ませんが、魔の霧の範囲で、勢力の規模はお伝えすることが出来ます』
そうか……
『もしかして、数や強さと魔の霧の範囲は、比例しているってこと?』
僕は思いついたことをすぐにアリーセスに尋ねた。
『確実な数値化は出来ませんが、おおよその規模は分かります』
……これは、アドバンテージになるな……
場合によっては、敵わない相手には近寄らないという選択肢も取れる。
『たとえばさっきの魔獣を三として、魔の霧の規模を数値化って出来る?』
『はい、おおよその数値であれば……』
『じゃあ、今後は、数値で教えてもらえる?』
『承知しました』
一つの懸念が消え、森をぬける足取りが少し軽くなったように感じた。
『後、この魔獣はどうしたらいいのかな?』
『動物の姿に戻れるようにと念じてもらえますか?』
『念じればいいの?』
『はい』
……動物の姿に戻れますように……
『承りました』
アリーセスが、そう答えると、魔獣の体が光り始め、魔獣の全身を覆っていた黒い靄が薄れていく。
徐々に、体も小さくなり、元のイノシシの姿へと戻っていった。
『魔獣から戻すことも出来るんだ?』
『無条件に戻すことは出来ないのですが、ウルクの祈り、今回は念じてもらったことを条件に、私の力を発動させて、戻すことが出来ました』
……アリーセスの力で、直接、元に戻すことは出来ないということか……
これも例の法則に則っているのだろう。
これがアリーセスが勇者を必要としている理由なのかもな……
どうやら、勇者を媒介として、アリーセスは様々な能力を行使することが出来るようだ。
……攻撃的な力は使えないとはいえ、創造主の力を使えるというのは、もしかして、かなり大きな力なんじゃ……
勇者として決意する以前に、勇者としての能力は既に与えられている。
……何か、どんどん外堀を埋められていっているような気がするのは気のせいだろうか?
『……狙って外堀を埋めていってるわけではないのですが、ウルクに勇者になって欲しいのは事実ですし、そう思われても仕方がないですね……』
『あ、ごめん……』
……心の声が聞こえるのを忘れていた……
僕は思わず苦笑した。
まあ何にしても、ちょっと失敗はあったけど、大した怪我もなく勝てたので、初めての魔獣との戦闘としては成功だったんじゃないかな。
僕は自分の経験値が、少し上がったような気がしていた。
「……ウルクには初戦でいきなり酷い目に合わせてしまいました……。……魔の霧の大きさは分かっても数までは分からないのが難点ですね……。浄化するのもウルクがいないと出来ないし、私って一人だと本当に無力……。それはそれとして、初めての魔獣との戦闘の勝利、おめでとうございます!」
次回、「魔法の袋」
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