32話 本当にバカ……
「……それにしても、あの時はビックリしたなぁ……」
温泉に向かいながら、私はウルクと出逢った時の事を思い出していた。
「男性の来客は明日到着予定みたいだから、今日は男湯でゆっくりと入らせてもらおうっと」
念のため、水着に着替えて露天風呂に入った。
「……気持ちいい……」
思わず言葉を漏す。
最近は、たくさんの傭兵達が集まって来ていて、ゆっくりと温泉に入れる日がなかった。
ガラガラ!
「!?」
しばらく時間を忘れて温泉に入っていると、急に引き戸が開いた。
え?
今日は誰も入ってこない日のはずなのに……
恥ずかしさで、思わず口上まで温泉に浸かった。
「あ、すみません、お邪魔します」
やっぱり男性の声だ。
明日来る予定だった人達は、確かジークスとウルクという名前の人だったはず。
ジークスとは顔見知りで声を覚えているから、この声の主はウルクと予想される。
「どうぞ、お構いなく」
……何言ってるの? 私……
少しパニック気味になっている。
「ありがとうございます。では、遠慮なく。………って、ええ!?」
ウルクがビックリしている。
……それはそうだよね……、男湯と思って入って来たら、女性が入っていたんだから……
「……すみません、ここ男湯だと思ったのですが……」
「間違っていませんよ」
声を振り絞って言葉を出したが、それだけしか言えなかった。
「「………………」」
なんとも気まずい無言の時間が続く。
「やっぱり、僕出ますね」
場の空気に耐えられなくなったのか、ウルクがお湯から出ようとする。
ダメ、このままでは私のせいでウルクが全裸を見られてしまうことに……
「大丈夫ですよ。一応、水着を着ていますので」
私はとっさにそう言うと、立ち上がって水着姿を見せた。
………何してるんだろう、私………
恥ずかしさで、顔が真っ赤になる。
「今日は女性しか小浴場を使わないと聞いていましたので、使わせてもらっていたのですが、変に気を遣わせてしまい申し訳ありませんでした……」
このままでは、せっかく移動の疲れをとるために温泉に来たのに、ウルクはすぐに温泉から出ないといけなくなってしまう。
温泉から出るのは私の方だ……
「私の名前はサーフィア。明日からよろしくね。ウルク」
そう言って、私は早々に露天風呂から出て行った。
チラッと後ろを振り返ると、ウルクが呆気に取られている。
ガラガラ!
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
引き戸を閉めると同時にしゃがみ込み、私は顔を手で覆った。
温泉でほてっているのもあると思うが、恥ずかしさで身体中が熱を帯びている。
「……でも、優しそうな人でよかった……」
そう独り言を呟き、私はほっと胸を撫で下ろした。
当時のことを思い出しながら苦笑する。
……あの時は、こんなにウルクのことを好きになるなんて思わなかったなぁ……
「お、サーフィア、これから温泉?」
「?!?!」
ちょうど、ウルクのことを考えていたからか、突然、声をかけられて身体が跳ね上がってしまった。
「ゴメン、驚かせるつもりはなかったんだけど……」
ウルクが申し訳なさそうに言った。
「いえ、ちょっと考え事をしていたものですから……」
「考え事? 何か悩みがあるなら相談に乗ろうか?」
……ウルクのことが好きで悩んでます………、なんて言えないよね……
……むしろ、言ってしまったら、どんな反応をするんだろう?
少しは私に興味を持ってくれるのかなぁ……
「あ、相談に乗るだなんて偉そうだよね。言いにくいことなら、無理に言わなくてもいいよ」
私が考え込んでいたら、ウルクがそう言った。
何だろう、好きになってしまったからだろうか?
一つ一つの優しさが身に染みる。
「偉そうだなんて思いませんよ。今回、相談することはありませんが、また相談に乗ってもらえると嬉しいです」
「そう? 悩んでいることがないに越したことはないけど、相談したいことがあったら何でも気軽に言っていいからね」
ウルクが笑顔でそう言ってくれた。
……何故かウルクがカッコよく見えてしまう……
「でも、偉そうだとは思いませんが、私を助けるために闇の精霊使いにまでなってしまうなんて、ウルクは本当にバカですね」
私は照れ隠しにそう言った。
「うっ、あの時は必死だったんだよ。それに記憶を失って、この世界のこと半年しか知らないからさ、バカなのは自覚してる」
「え? ウルク、記憶を失ってるの?」
……それで、闇の精霊使いについても偏見がなかったのか……
そう言われると、色々と辻褄があう。
……でも……
ウルクは記憶を失っていなくても、偏見の目で見なかったと思う。
私はそんな風に感じていた。
「………記憶を失って大変ですね………」
「そうなんだよ! 本当に大変で、それなのにみんな共感してくれなくて……、って、こんなことサーフィアに言っても仕方がないよね……」
ウルクがしみじみと言っている。
……記憶を失っているだけでも大変なのに、私なんかのために闇の精霊使いにまでなってしまって……
ウルクは本当にバカだ……
でも……
そんなバカな人だから、私はウルクのことが好きになったんだと思う。
だから、
「私、ウルクの記憶を取り戻す手伝いをしたいです!」
と、思わず言っていた。
「え? あ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ、僕のためにサーフィアの人生を浪費させるわけにはいかないよ……」
「浪費ではありません! 私がそうしたいんです!」
思わず大声を出してしまった。
だって、私は心からそう思っているから……
「……そうか……、そこまで言ってくれてるのに遠慮するのは、逆にサーフィアを傷つけることになるよね……。それなら、お願いしてもいいかな?」
「はい!」
私は満面の笑顔で返事をした。
「じゃあ、これからもよろしくね、サーフィア」
そう言って、ウルクが右手を差し出す。
「こちらこそ、よろし……」
私も握手をしようとしたが、途中で手を止めた。
「ん?」
ウルクが不思議そうに私を見ている。
「……やっぱり、一つだけ、相談したいことがあります……」
「そうなの? 僕に出来ることなら何でも相談に乗るよ」
本当に言うのか、少し躊躇するが、
「ウルクのことを、ウルって呼びたいです」
と意を決して言った。
みんなウルクって呼んでいるから、出来れば私だけの特別な呼び方をしたい。
そう思っていた。
「……ウル……、そうだね、いいんじゃないかな。そう呼ぶのはサーフィアだけだから、なんか特別な感じがするね」
ウルが笑いながらそう言った。
………特別………
そう言ってくれただけで、嬉しさが込み上げてくる。
顔が真っ赤になっていくのを感じた。
相談してよかった……
……ありがとう、ウル……
色々な想いを込めて、私は感謝の言葉を胸中で呟いた。
「初めてウルクと逢った時、実は物凄く恥ずかしかったんだよねw ……サーフィアまで、ウルクのこと好きになってしまってるけど、これからどうするの? ウルク……」
次回、「エミーラ王女」
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