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2話 三月さんはこっそり背中に書いてくる

 そんなことがあって、俺たちは四月からの一か月、毎朝誰もいない教室の中、二人きりで会話を重ねた。


 もちろん花のことについてもなのだが、それ以外にお互いのことについてもよく話した。


 そこで分かったことがあるのだが、まず、三月さんはとても可愛い。


 いや、そんなのパッと見たらわかるじゃん。みたいなことを言われるのはわかってる。


 綺麗な黒髪を背中辺りまで伸ばし、身長はそこそこ高く、出るところも出ててスタイルはかなりいいし、恐れられているクールな雰囲気も相まって、今さら言わなくても美人なことには変わりない。


 そうじゃなくて、性格も込みで可愛いってことだ。


 何事に関しても一生懸命だし、キリッとしてるけど実は抜けてるところが多かったりといったギャップも感じさせてくれる。


 何より、笑った時に軽く見える八重歯がいい。非常にいい。


 って、これは外見か。


 まあ、とにかく色々含めて全部可愛いってことだ。


 他にも、悩みとかに関しても色々聞いた。


 自分の悪い目つきのせいでみんなを怖がらせてることとか、成績が実はよくなくて悩んでることとか、友達がいないこととか。


 それに対して対策を二人で考えているうちに、俺たちはたぶん友達になっていたんだと思う。


 クラス内で大っぴらに明かすとか、そういうことはしないけど、陰に隠れて二人で仲良くするような、そんな関係だ。


 そうして、一か月が経った現在。五月。


 俺と三月さんは、席替えによって、教室の端っこ部分の前の席とうしろの席同士になった。


 隣同士ってわけじゃないけど、近いことは近い。会話くらいなら全然できるような距離。


 そこで、授業中に俺たちは会話する。


 三月さんが俺の背中に指で文字を書いてくれて、それに対して俺が頷いたり、首を横に振ったりして、意思疎通を図るのだ。


 頷いたりするだけで伝わらないものは、俺がノートの切れ端などを使って言語化させる。


 それならそれで、三月さんもノートの切れ端を使って言いたいこと言ってくれればいいのに、と思ったが、彼女はなぜかそれを赤面しつつ拒否してきた。


よくわからないが、とにかくそうやって授業中に会話を成立させていた俺たち。


 で、とある日のこと。


その日も、いつも通り三月さんは俺の背中に文字を書いてくれていた。


『きょうのじゅぎょうのないよう、むずかしかったですね』


 全部ひらがな。理由はわかりやすく読み取るため。


 それに対し、俺はうんうん頷く。


『きのうのばんごはんはなんでしたか?』


 これにはノートの切れ端で『お袋特製ハンバーグ』と書く。美味かった。


『わたしもはんばーぐはつくるのとくいです』


『え、三月さんハンバーグ作れるの?』


『はい。つくれます』


『絶対それ美味しいやつじゃん。三月さんが作ってくれたもの、いつか食べてみたいな』


 切れ端を渡した後、わずかな間が生まれ、やがて俺の背中にこしゅこしゅと人差し指が擦りつけられた。


 恥ずかしがってるみたいだ。そんな反応をされたら俺もなんか恥ずかしくなってくる。


 付き合ってもないのにこんなことを言うのはちょっとデリカシーがなかったかもしれない。反省。


 ――が、


『わたしも、いつかせきやくんにたべてもらいたいです』


 マジか……。


 思いもよらず、いつか食べさせてもらえることになった。


 女の子の手料理……。しかも、三月さんの作ってくれたもの……。


 俺は一人、エプロン姿の三月さんを想像する。……うん、いい。


 そうしてこっそり会話し、授業も終わろうとしかけていたところでだ。


 いきなりひらがなではなく、読み取りづらい漢字で背中に文字が書かれ始めた。


「……?」


 その指先はいつもよりゆっくり俺の背中を這い、一文字書かれたところで止まる。


 まるでいつもと違って俺に理解させないような、そんな手つきだ。


 だが、どうにか頑張って読み取りに励む。


『……好……』


 そして、再び動き出した。


『……き……だから……』


 ――『好きだから』。


「……え?」


 思わずギョッとする。読み取り間違いか?


 そのタイミングで授業終了のチャイムが鳴った。


 俺はゆっくりと彼女の方へ振り返る。


 三月さんはいつもと変わらず、恥ずかしそうにはにかむだけだった。


 俺以外の誰にも見せない、月のようなほのかに明るい表情で。


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