96話 壁ギュの後、チョコを食べさせてあげよう
「ディエゴ、立ち会いを頼みたいんだけど」
「……」
真面目なお願いだと言う事を彼も理解したらしい。瞳を一度閉じて、ゆっくり瞼を上げてこちらを見据える。そして静かに頷いた。
「分かった」
「ありがとう」
この回答に辿り着いたなら、やってみるしかない。
複製本を取り出そう。立ち会いに呼ぶべき人物に声をかけよう。
「やれやれだな……」
「もう少し、かべどんを楽しむか?」
おお、気を遣ってくれているぞ。彼も思うところがあるのだろうけど。
照れてしまうのは仕様で仕方ないとこだけど、相変わらず可愛いとこですな。ご褒美だ。主に私の。
「壁ギュ」
「!」
あからさまにびくっと体を揺らして息を飲むあたり、予想だにしてなかったとみた。
甘いぞ、やれることは余すことなくやる、これ大事。
なにより、多少であれリスクをあることをこれからするんだ、少しばかり勇気をもらうことを許してほしい。
「しかしそのまま固まるとは」
「……」
社交界で抱きしめてきた勢いの良さはどこへいったの。
「お」
抱きしめたところに何かが入っているのを見つける。片側は私があげたお菓子で、もう片側は別箱。取り出せば上等なものだというのが分かる包装だった。
手にとったところで、ディエゴがそれに気づいて声を出した。
「それは、」
「ん?」
「君にと、用意したものだ」
「おお」
よく言えたね、頑張りました。
安定のツンデレ具合がいい感じで、でも言う事はぐいぐいするようになったね、本当。
「サイズ感からしてチョコかなにか?」
略語は通じなかったけど、間違いなく中身チョコだと。こっち発音違うから、気を付けないとな。
「ありがたく頂きます」
「もらってくれるのか?」
「私宛てでしょ?」
「そう、だが」
何故か戸惑うディエゴを無視して丁寧な包装を解いて中身を見てみた。小粒のチョコが綺麗な並んでいる。あれだけ走ってよく粉微塵にならなかったな。相当きちんと梱包されていたとみた。
「緑色……ピスタチオか何か」
「東方の国の茶葉だ」
「抹茶、だと」
「ああそうだ、確かそうきいた。君がそちらの出身だから」
市場に出回ってるの?
王都にはそんな和物はなかった。だから個人発注を頼む程だったのに。食品は気軽に手に入るの?いや食品も粗方確認はしてるけどなかった。急に流通が変わる話はきいていない。
いや、まて、その前に。
「私がそっちの国の人間だって知ってたの?」
「きいた」
「オリアーナか」
私の個人情報はだだ漏れのようです。
なんて、抹茶は好きなので結果オーライとしよう。追いかけっこという運動後だ、せっかくなのでその場で一粒放り込んだ。
「なんという上等な味か!」
「気に入ったか」
「うん」
「よかった」
これは間違いなくチョコ作りを極めた職人が作っていると見て間違いない。その道を極めし者が追求した結果のチョコに違いないぞ。
「ディエゴも食べる?」
「いや、俺はいい」
「食べたの?」
「いや食べてはいないが、そこの職人のものは従妹が好きで、よく食べていたから」
口コミ大事。成程、そしたらそこを辿れば流通どうなっているか分かるな。後で確認しておこう。新しい流通ルートに東側をいれるのは大いにありだ。東は比較的未開拓だから丁度いい。
「ふむ……じゃ、一個あげるよ」
「え」
「はい」
小粒一つ手にして目の前に持って行くと、ディエゴはまたしても戸惑った。流通ルートのヒントをくれたんだ。目の前の彼からもらったものだけど、その一つを還元してもいいだろう。私にはそれぐらいしか今渡せるものがない。
「早く口開けて。溶ける」
「いや、いい、俺は」
「ええい、溶けると言っている!」
「わかった!」
渋々口を開けたので放り込んだ。ほら、体温で少し溶けてるから指についた。舐めておこう。はしたないと言われるかと思ってすぐにディエゴを見やるも、彼は目を瞑ってもぐもぐしていた。視覚を敢えて遮断して香りと味を深く楽しむ食べ方をするとは割とディエゴも極めているな。
彼の事だ、こういった上等なものは普段から食べ慣れてるかもしれないけど、食べ物に敬意を払って食事をする事はとても大事、素晴らしい。
「美味しいでしょ?」
「…………ああ」
美味しいものはシェアするに限るね。
ここのメーカーチェックしておこう。そして今度個人的に発注しよう。
「さて仕様がない」
「ん?」
「ここまできたら覚悟を決めよう」
「どういうことだ?」
まさか、という小さい呟きが聞こえたけど、彼もまた分かっているのだろうか。そうすると説得しやすい。
「覗きを決行する」
「そっちか……」
「ディエゴには相当頑張って屈んでもらわないといけないけど、一緒に行くことを許すよ」
「覗きはやめておけと言ったはずだ」
「私は覗きたい」
意見の相違があった時、折衷案というのがある。今回は一人で覗きたい私と、私と一緒にいたいディエゴの間をとった結果が、覗きを二人でするというところに私の中で落ち着いた。それを提案しても彼としてはだめらしい。
「丁度いい着地点だと思うんだけど」
「駄目だ」
お姑が私の行動を制限してくる。覗ける自由を下さい。




