94話 (恐怖の)追いかけっこ
「ありがとう。そうだ、俺も」
「タイム」
「え?」
ディエゴが何かをする前に遮る。言う事は全部言っておかないとね。
「というわけで、私とディエゴのイベントは済んだ」
「え?」
「なので、私に一人の時間を下さい。今、ナウで」
「は?!」
そしてお菓子を貰えた喜びようから、瞬時にして私の言いたいことを悟るディエゴ。やや眉根を寄せて、呆れ気味に瞳を閉じた。
「俺はチアキと一緒にいたい」
「えー……」
「話す事もあるし、渡すものもある」
「後でお願いします」
「嫌だ」
そっか、交渉決裂か。
譲らないぞと息巻くディエゴを見て、私も覚悟を決めた。これは話し合いでは平行線になる。
今の私には時間が惜しい。
「残念だよ、ディエゴ」
「どういうこと、」
あらかじめて踏ん張っていた足元はスカートで見えまい。だから私の走り出しにディエゴは一瞬気づけなかった。
「!」
脱兎の如くは今まさに私の動きそのもの。
近くでいちゃいちゃしてる風景は見たいけど、まずはこっちのこじらせツンデレを撒いてからだ。ただでさえ背が高いから、覗きしてたらディエゴのせいでバレる。
円滑にイベント脳内保管でシャッターきるには、まず環境を勝ち取る所からだ。
「チアキ!」
当然追いかけてくるのは織り込み済みだ。なにせ、次回予告したのだから。まあぱっと見た所は恐怖はないかもしれないけど、速さだけは恐怖レベルだ。重力緩和のスーパーマンな私についてくるっていうのは見た目相当ホラーではないの。
「昨日言っていたのは、これか!」
記憶力いいな、本当。追いかけっこをしたくてしてるわけじゃないことを理解してほしいけども。
名前を呼ばれる。当然無視する私をなんとか気を向かせるためか、走りながら本日のイベントについて話を振ってきた。
「お二人がこの学園で想いを伝え合って結ばれた事にあやかって、告白をすると叶うという話が」
「なにそれ詳しく」
減速はもちろんしないけど、話は気になる。
「終業の鐘が鳴り終えるまでに、想いを伝えると結ばれるという話があってだな」
「なにその出始めの学園ものギャルゲーみたいな設定」
「え? ぎゃる?」
すごく懐かしい気持ちにさせられる。ゲーム機がそもそも違うやつだよ、それ。ノベルゲームではなくてシュミレーションゲームのタイプで、一世を風靡した画期的な作品ですよ。
「だから話を」
「お断りだ!」
だったら益々あのカップル二組覗きに行かなきゃだめだ。
私の期待通り、古き良き風習を王道に回収する可能性が高い。すなわち今私がやるべきことは、彼を撒いて中庭に戻る事。この世界には見逃し配信がない。脳内保管するしかないんだから。
「私は! 覗く為に! 一人に! なりたいです!」
「覗きは駄目だろう!」
真っ当な回答が背後から聞こえる。距離は詰められていないけど離れてもいない。
となると、ここはフェイントを駆使しつつ、生徒を盾にしてみよう。
「失礼」
構内に入れば、ちらほらと生徒が残っている。この隙間を縫いつつ、生徒の影で出来る死角を狙って方向をこまめに変えていく。出会い頭の衝突はスーパーマンな私にはなんてことなく避けられる。壁を三角飛びしたり、身のこなしで避けたり、なんでもありだ。道中、教授に走り回る事を注意され、品性がどうこう言われたけど、そんなことを気にしてる場合ではない。なにせ、時間との勝負だ。早く撒かない事には、いちゃいちゃをこの目で拝む事が出来ない。
「よし」
視界からディエゴが見えなくなったところで、適当な空き教室へ入り、その窓から飛び降りる。今の私が魔法なしで五階程度からなら怪我なしで降りる事が出来るのは実証済みだ。軽やかな着地の後、中庭を目指すべく方向を変え駆けた。
「おっふ」
ここでも校舎角で出会い頭ぶつかりそうになるのを、するりと避けようと身体を捻る。
と、そこにきて二の腕を掴まれ、また身を翻してすっぽりおさまった。
おさまるだと。
「よし!」
「?!」
「やはりここか!」
「……Oh」
何故、こっちからディエゴが出てくる。
息を切らせてまでよく頑張りましたね、どうして分かった。私のこの華麗なフェイント、中庭までのルートも完璧だったはずなのに。
「君が覗きに行くと豪語してたから……見失った地点から中庭まで通る道を絞って選んだ」
「頭いいね」
「ああ」
「じゃあ離してくれる?」
「嫌だ」
がっつりホールドされてる手前、抜け出る事が難しい。
そのままの状態で彼の息が多少整うまで待たないといけないのも苦行だ。彼は自分が相当いい匂いすることわかっているのか? というかイケメンの特性にそういうのあるの?
前の世界でも香水つけてるイケメンはいたけど、世界が違うからか嗅いだことないフレグランス……ううむ、女子力高いな。折角だ、たんまり嗅いでおこう。わあすごくいい匂いするう。
「チアキ」
「お、チャンス」
「待て」
少し力が緩んだ所を、ここぞとばかりに逃れようと動くと、動きを阻むように校舎壁に抑え込まれる。私をホールドしていた彼の両手が壁に添えられ、私は丁度その両腕の間にすっぽりおさまった。
「ま、まさか」
「逃げるなよ……」
「壁ドゥン!」




