82話 君がオルネッラでなくても、俺は君が好きなんだ
「あれから考えたんだ」
「今いいとこなの、待ってて!」
「いや待たない」
「え」
肩を掴まれぐいっと彼の方を向けさせられた。真剣な顔してイケメン引き立つわあ、じゃなくてオリアーナとエドアルドのイベント、最後まで見させて。話はそれからでも大丈夫、時間はあるはずだもの。
「今言う」
「ちょっと待って」
本当あとちょっとだから。僅かに聞こえる台詞が、オリアーナなの? とかエドアルド震える声で言ってるじゃんか、クライマックスだよ。逃しちゃいけないシーンだよ。
涙なしには語れない、今までずっと好きだった人が別人のようになってしまって失恋したかと思いきや、その想い人はずっと傍にいて、ついにその気持ちに応える為に人の身体に戻って帰ってきたという、文面にするだけで号泣ルートの佳境に入ってる大事な所なんだよ。
「君」
頬に手添えられ彼の方を向けさせられる。やめて、あと少し、少しでいいから見させて聞かせて、あの二人の行く末を。
「君が好きだ」
「それは人違いだと」
「君がオルネッラでなくてもだ」
「……え?」
「君がオルネッラでなくても、俺は君が好きなんだ」
ここで話をややこしくしないで、っていや逆にシンプルになったのか? 中身をオルネッラでなくてもいい、見た目オリアーナは関係ない、私自身が好きだと。わお、シンプルで間違いないわ。
ディエゴ曰く、私が昨日目覚めたオルネッラを紹介して、オルネッラじゃなかったらどうするのかと言ったのを彼なりに考えたらしい。
で、それでも中身私への想いが確かだと。一日考えてたのか。
「真面目ですねえ」
「ああ、確かに俺はオルネッラが好きだった。けど、それはもう昇華したんだ。最初こそ君にオルネッラを重ねていたが、君への想いはオルネッラとは別だ」
「わかった。言いたいことはわかったから、ひとまず落ち着こう」
詰め寄る彼から離れようと芝生に座ったまま後ずさるとそのままついてきた。私の両脇に手を添えて芝生に彼の手が埋もれる。このままぐいぐいくると床ドンになるな、いやこの場合芝生ドン? いや二文字+ドンなら芝ドンか、どこかで聞いた気がする。最近の少女漫画だったっけかな、語感が柴犬ぽくて笑える。
「第一、私とディエゴじゃ歳が、」
と、そこで言葉が続かないかった。
昨日のオリアーナの言葉が、私の頭をよぎってしまった。恋愛に歳は関係ないのでは、と。
この世界、近代に近いとはいえ、所詮乙女ゲームの世界だ。爵位がどうとかあっても、そこまで恋愛や結婚に対して古い慣習といったものはあまりないのだろう。オリアーナの発言からもそれがわかる。
と、話がそれたけど、オリアーナとその話をした手前、年齢を言い訳にするのはいかがなものか。そして私の回答は昨日と同じ、わからないのまま。さてそれで面倒だという理由で断るのは誠実な対応だろうか。彼が真面目に考えて出した応えに対するものではない気がする。
「歳? 君が実際いくつであっても俺は気にしないが」
「うへえ」
「良かったですね、チアキ」
「?!」
その言葉の冷たさたるや……声のする方に顔をぎこちない動きで向ける。見たら詰むと思いつつ、この流れは見ないともう逃げられないという諦めでごっちゃになっていた。
見上げれば案の定。
「オリアーナ……」
「ええ、チアキ」
クール、とってもクール。
その中に呆れとか、何度も言ってるよね覗き以下略感を感じる。分かってるよ、分かってたけど止められないのがオタクの性というもの。本当は隣に座ってにやにやしながら見たかったんだから。
「え、ええと……見てたの?」
「はい」
「聴いてたの?」
「はい」
ディエゴが見上げ、訝しむように眉根を寄せる。次にはっと目元を僅かに開いた。そしてオリアーナの後ろでエドアルドが心配そうに、オリアーナと彼女を呼んだ、そうオリアーナと。
なんてことだ、見た目オルネッラが中身オリアーナでしたと知るイベントが終了している。見届けてないぞ。余すことなく最後まで見届ける気で茂みの隙間から見ていたのに。
「オリアーナ?」
「オルネッラの身体ですが、中にある魂はオリアーナです」
「オリアーナ、喋っちゃうの?」
「任せると言ったのはチアキではありませんか」
「あ、うん、そうだけど」
「そうか……やはりオリアーナだったか」
何をそんなすぐに納得してるの。物分かりよすぎじゃない?
あれだけ私が中身ばれないようにクールに振る舞っていたのに、なんでここにきてオリアーナが一言暴露するだけで納得するの。訝しんで信じないという選択肢はないのか。
すぐ納得は幼馴染で告白イベント(返事/本番)を迎えたエドアルドだけの特権だ。だからこそ感動もひとしおだというのに。
「君がいたから、隣に立つオルネッラに違和感を抱いたんだ」
「え?」
「オルネッラの顔つきがオリアーナそのもので、立ち振る舞いもオリアーナだった。端から見れば中身が逆だと思うだろうな」
比較対象がいるからわかる? え、ちょっと待ってよ、まだ周知の事実になるわけにはいかないのに。
するとオリアーナがフォローの言葉を投げかけてくれた。
「それに気づける者は限りがあるかと」
「ほ、本当?」
「ええ、恐らく近しい者しかわからないかと思います」
「よ、よかった、私の努力たるや……」
それはそうと、とオリアーナがディエゴを見下ろした。なんだか少し目つき厳しくない?




