70話 自訴
「駄目でしたね。あの時といい、本当に駄目だ」
「貴方、どうしたいんですか?」
「え……」
だってそうだろう。
抵抗もせず、あっさり話したかを思えば、最後に忘却魔法をかけようとする。
矛盾している。
知られたくないのか、知っても問題ないのか。
「罪に問われるのが怖いんですか?」
「……はい」
「じゃあ、なんであんなあっさり話すんです」
「…………聴いてほしかった、のかもしれません」
「はあ」
「十年この罪を抱えて過ごすには、私の心が追いつかなかった。弱かったんですよ」
だから今この瞬間を使って話したと。
うーん、失恋した挙句、抱えてお疲れになって自暴自棄って……医者の不養生じゃないんだから。
「貴方の罪を裁いてほしいんですか?」
「……この際ここまできたのなら、お任せします」
「そうですか」
だけど残念、それを決めるのはオリアーナと父親だろう。
私は今やらかそうとしていた忘却魔法分ぐらいしか返すものがない。
「父に話します」
「はい」
「お帰り下さい」
「……」
ふらつきながらも歩き、顔色を悪くしてガラッシア家を出ていった。
さすがに心配なので、アンナさんを経由してメイド長へ、今日から様子を見るために定期的に使者を出すようお願いした。
来ないかもしれないけど、こちらの診察も兼ねて来てもらうのもありだ。
彼は全部話したにしても、まだいてもらわないと困る。
でも彼の心が疲弊しきってしまったらアウトだ、そこは回避しないと。
「にしてもな……」
解決策が何も見いだせていない。
理想としては、クラーレが施した何かしらの仕掛けを解くと、オルネッラが目覚めました、クラーレったらおいたがすぎるぞ、ぐらいなノリで終わってほしかったのに。
オリアーナが無言すぎて、もうどう声をかければいいのか。
「チアキ」
「何?」
「今日一緒に寝てもいいですか」
「お? お、おおおおお?!」
急にどうしたの?!
まさかの!?
ずっと断られ続けていた、川の字で寝るやつ!?
嬉しいです喜んで!!
てか、なんでここにきてデレ?!
いや全然いいけどね!
デレおいしいですし!
と、ぐいぐいに応えると、やっぱりオリアーナは少し引いていた。
なんだよ、自分から言ったじゃんか。
「とは言いつつも、見た目がわんこだからな」
「何を期待していたのですか」
川の字タイム。
わんこは可愛い、当然だ。
しかしオリアーナを目の前にして一緒に寝たかった。
美人を前にして寝るとか最高じゃないか、目の保養過ぎてたぶん寝られないけど。
「……恋バナしますか」
「いいえ」
「ですよね!」
今の今までを考えれば当然だ。
クラーレから聴いた話を全て信じろとは言わないけど、その中身を加味すれば、今後オルネッラを起こすのは困難を極める。
そんな深刻な状況で、修学旅行よろしく夜の恋バナタイムなんて出来るわけがなかったんだ。
いや決して泣いてなどいない……いないぞ……。
するとオリアーナが遠慮がちに言葉を続けた。
「……父が何と言うかわかりませんが、私はクラーレを許そうと思います」
「うん」
成程、この話をしたいのか。
それにしても聴いてすぐに許すと思えるその心の広さよ。自分の母親と姉の命だよ?
その喪失を、私がやりましたって犯人出てきて許せる?
そんなの漫画やアニメの世界だけだと思ってたよ。おっと、この世界、元は二次元だったわ。
「あと、私のせいだとも、思っていませんから」
「ん?」
「あれは起きてしまった事だと、そう、考えるようになってきました」
「……うん」
私が言った事をきちんと聞いて考え方と受け入れの特訓をしてたんだね。
なんて素直ないい子なんだろう。デレ強すぎて叫びたい。可愛すぎか。
「……チアキ?」
「あ、ごめん。オリアーナがそう言ってくれたら、安心して眠気がね」
「そうですか」
癒しで満たされて眠いとか私とても健康。
オリアーナはまだ何か言いたそうだから、そのへん聴いてからにしようかな。
「チアキ、寝て下さい」
「んー、オリアーナの話ききたいんだけどな」
「大した事ではありませんので」
「そう? そしたら、お言葉に甘えようかな」
「…………また話します」
「お、う」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「トット、エステル」
「その様子だと、もう話してしまったのね」
「うん、よくわかるね」
「チアキの事だもの」
エステル好き。
なにその愛がある故のスキル。
私のこと大好きなの、ちょっと待って抱きしめていい?
「チアキ」
「おふん」
オリアーナに呼ばれ我に返る。
「経緯を話しても良いのでは」
「いいの、オリアーナ」
「構いません」
オリアーナの了承を得て、クラーレの話したこと全てを伝えた。
容疑者候補として見ていた二人だけど、考える素振りを見せた後、違う可能性を模索しているよう。
ヒーローヒロインの特殊スキルで何でも分かっちゃうんじゃないのと思いつつも、最終的なトドメをさしたのはクラーレ、事故は他の要因というのを考えても、やっぱり材料不足だった。
事故の目撃者がいないことが問題だし、もれなく皆さんお亡くなりだから。
「もうクラーレがやったやってないは問題じゃないんだよ」
「どういうこと?」
「私の目的はオルネッラが目覚めるかどうかだったから。確かに真相がわかるのが望ましいんだけどね」
「現段階では厳しいな」
でも時間はかかっても分かると、彼彼女は確信している。さすがヒーローヒロイン、そのスキルも逸脱してるの最高ですよ。
そもそもクラーレが事故の犯人だとしたら、あまりにお粗末でリスキーなことをしている。
オリアーナの母親を自分のものにしたいと思っていたとして、死ぬ死なないギリギリのところを進む必要はない。
魔法なり薬なりで昏倒や仮死状態にすることは彼にとって容易だ。
安全で簡単な方を選択した方が、魂転移の魔法をやりやすいはず。
あの様子から判断するに、あの事故が起きた事で魔がさしたといったところだろう。
「しかし調べれば、また変わるかもしれない。続けようと思っている」
「トットは真面目ですねえ」
まだ調べてくれるの、ありがとう。
「チアキの方はどうするんだ?」
「クラーレの事は父親に一任したよ」
父親には母親の死の原因だけ伝えた。
オルネッラの件は伝えていない。
可能性がある以上は、まだだ。
そして父親は動揺をしたけれど、なんとか踏ん張った。
クラーレとその話をするのはまだ先になりそうだけど、メイド長さん執事長さんの力をお酒以外の代替で乗り越えてもらうしかない。
逆に時間を多少要する状態の為に、こっちはオルネッラをどうにか救う方法を模索する時間が出来たから逆に助かる。
「そもそもさ、いつもの別荘に行くのに、回り道すら使わないで山道入る理由が分からないんだよ」
「そこも調べている」
「おお、仕事早いね」
その時、かしゃんと音がして振り向いた。
顔が青褪めたエスタジ譲が震えていた。




