63話 お隣さん家のドア破壊と素人診察
今まで充分待ったわ。
ここまでされて黙ってるとか無理でしょ。いつ扉あけるかって? 今しかない。
「―」
足を強化して扉を蹴った。文字通り蹴破った。
「チアキ!」
「ふー、やれやれ」
扉は壊れることなくそのままの形で吹っ飛んでいた。部屋のはじに吹っ飛んだ扉、その扉が動いてるあたりその下に夫人がいるのか。
「お邪魔しまーす」
「チアキ、待って」
中へ進むと扉を退かして起き上がろうとする夫人が見える。その扉を踏み付けると夫人のくぐもった声が聞こえた。
「私と話をしてくれます?」
「な、あ」
「チアキ、さすがにやりすぎよ!」
エステルの焦った声が聞こえる。憂うエステルも可愛いけど、やっぱりにこにこ笑顔の方が好きだなあ。でもごめん、今回は憂いのまま、まだ続きそうだよ。
「やりすぎねえ」
「チアキ」
「―」
私の発した魔法はお取り寄せ的なやつだ。
一定期間、一定条件、一定範囲のものを元の場所に戻す魔法。少しの間の後、外で軽く驚く声が聞こえた。扉を足蹴にしたままエステルを見やった。
「昨日から今日にかけて回収しきれなかったゴミだよ」
「こ、これは」
「あ、ゴミって言ってもわからないか。こちらの夫人がガラッシア家領地内に投棄した不要物の数々」
踏み付けていた足を外すとのろのろと夫人が出てきた。腰を抜かしているのか立ち上がれない。
「何度も穏便に伺っていたのに、やらかしてくれましたね」
「ひっ」
「投棄した不要物は御自分で処理してください」
「……」
「返事は?」
「は、はいっ!」
さて、話し合う前に目的としていたことをこなしてみよう。
「後、お渡しするものがありまして」
「は?」
「当家で考案、商品化したジャージという衣服です。ジョギングやストレッチという新しい運動の際に使う形で製作しました」
「え……」
「ご夫婦分ありますので、どうぞ」
戸惑い、手すら出てこない夫人。
やれやれ、自分がやったことに対してやられなれてない人が多すぎる。やったことは責任持って自分が追体験する形になる可能性を考えてほしい。そうすると自分の行動に責任持てるし覚悟も出来る。
「どうした? 大きな音がしたが」
と、上から声がかかり、ゆっくりとおりてくる。お隣りのご主人だ。
「失礼、お邪魔してます」
「ガラッシア家のお嬢さんか」
「はい」
杖をついてゆっくりおりてくる様を見ただけで判断するに、足はきちんと動いている。完全に足がかたまってるわけではないようで、やや内側をかばうような重心の持ち方をしている。
今はともかく、前までその部分に何かあったか。階下に降りれば、次に咳込んだ。
「失礼、ずっとこんな感じでな」
「ずっと?」
「なに十年ほど肺が悪くてな」
「肺……」
吹っ飛んだ扉、腰を抜かした妻を見て男爵はある程度理解したらしい。妻がすまないことをしたと頭を下げてきた。
「主人としてお客であるガラッシア公爵令嬢を迎えることも出来ず、不要物までそちらに」
「ご存知だったんですか?」
「ああ、二階の窓から見ていたよ。何回か諭してみたのだが力不足だった」
「貴方が頭を下げる必要はありません!」
突然へたりこんでいた夫人が立ち上がり叫んだ。男爵がまともに私に謝罪してるのが気に食わないらしい。
「貴方は悪くないのです!」
「そうですね、やらかしたのは夫人ですもんね」
「貴方はいつもそう人を見下して!」
ほぼ初対面なのに、いつ見下したのか。話してもいないぞ、顔を合わせてもいないぞ。そうこうしてるところに度々男爵が咳込む。足も悪いし座ってもらうことにした。
「いや、すまない」
「いえ……男爵、少しきいても?」
「え、ああ」
「咳込むのはどういう時ですか?」
「え?」
戸惑う男爵と不審な顔のままの夫人を尻目にがんがんきいてみる。私の予想ではこの咳込み方はおそらく。
「例えば、季節の変わり目とか」
「ああ、そういえばひどくなるな」
「深夜から明け方にかけてもひどくなりませんか?」
「その通りだ」
「動物飼ってました?」
「ああ猫と犬を……今は亡くなってしまったが」
「発作が出始めた時、事業で大変だったこととかは?」
「ああ、その頃は特に忙しくて、寝る間もなく連日事業を……」
見てもいないし知りもしないのに、なんで知っているという顔をされる。いやもう目立つ項目クリアしてるよ、男爵。
「アレルギー性喘息の可能性が高いですね」
「え?」
「人に移る咳ではなく、一定の条件で反応する咳です。本人にしか症状がでません」
「しかしメディコには治す術がないと」
「完治までは長いかもしれませんが、治らないものじゃありませんよ」
そんなの嘘だと夫人に喚かれる。メディコでない素人に言われても仕方ないか。でもなー、せめて悪化しないようにする術はいくらでもある。
「では次、足についてですが」
「ちょっと、図々しいにも程が」
「やめなさい」
旦那に言われ、ぐぐっと声をくぐもらせる夫人。男爵は気になるのか続きをと促してる。
「痛みで歩けないだけですか?」
「そうだ、最近は少し落ち着いてはいるが、一時期歩けないほどの激痛があった」
「その時足の指の付け根は腫れました?」
「ああ、赤く腫れて……ありとあらゆる部分が痛くて、風が吹いても痛いぐらいだった」
もうそれ痛風ですやん。風が吹いても痛いは真実だった。尿散値はこの世界では計れないから、あくまできいた限りの判断だけど。
「初めてその痛みが出る前、関節に違和感感じませんでした?」
「ああ、違和感はあったな」
「その頃食べすぎ飲みすぎありませんでした?」
「その通りだ。咳が悪化したことで気持ちが追いつかず食べすぎていたな」
夫人までもが何故わかるといった顔をしている。
典型的な症状だから分かりやすかったけど、こちらに関してはリウマチとか脳梗塞とか結石とか色々可能性があるから医者にお願いしたいところ。それにしても喘息に加えて痛風にかかるとか大変だな。
「最近いいんですよね?」
「歩けるぐらいには」
「ここ最近、野菜や卵、チーズあたりをよく食べてませんか? 飲み物に牛乳とか」
「ああ、野菜を主にすると割と痛みがよくなる気がして」
独自で正解にたどり着いてる。優秀だし、よく自分を観察してるな。
「喘息と痛風ですか」




