42話 オルネッラが眠りから覚めるには
「治癒魔法にお詳しいとききまして」
「……教員職に就く前の話です。知識の新しさとは程遠いでしょう」
「まあそう謙遜なさらず。ちょっとききたいんです」
「何を」
「脳にダメージを負った時に有効な治癒魔法ってありますか?」
高いところからの落下で意識不明、植物状態。
今は目覚めた時の精神との乖離を防ぐ為に肉体の老化を止める魔法と、全身を活性化し自身の回復力を上げる魔法の二つ。事故当時はあらゆる手を尽くしただろうけど、今の症状を考えると脳にアプローチしてもいい気がする。
「オルネッラ嬢の事ですか」
「そうです」
話が早い。
この世界の人達って察する力と頭の良さはずば抜けてると思う。
「今の貴方には何を言っても無駄でしょうね」
「?」
「いいえ、先日の事です」
「ああ」
何を気にしているのだろう。
「いずれ真実へ辿り着くのでしょう」
「どういうことですか?」
「貴方の言う"押しつけ"をしていたのは、貴方にも非があると考えていたからです」
「オリアーナが何かをしたんですか?」
「いいえ、貴方は最たる原因ではないでしょう」
最たる?
一番の原因になっているのは他にもあるってこと? けどオリアーナが少なからず関わっているという言い方だ。
「私は学園で大きな問題になる事を良くないと判断し、一人が責任を負えばいいと今まで考えていました」
大きな問題……醜聞とか?
学園側に被害が被るとしたら、特段学園側に非がなくても責任を問われたり、その醜聞に乗じて入学者数が減るといった事も考えられる。そして他に誰か被害を被る人物がいる可能性もある。最たる原因がどこかにあるのなら。
「推測の域でしか話せない事は話しません」
「はい、それでいいですよ」
「ですが、はっきりと言える事があります」
「何ですか?」
「ガラッシア公爵家専属メディコのクラーレは私の同期ですが、あれは治癒に失敗するような者ではありません」
同期……え、何それ妄想していいってこと? 付き合ってるとか考えてもいいの? 失敗する人物じゃないって、えらい好感度と信頼度じゃない? いや、これを教授に話したら怒られそうだな。
「すでに亡くなっていれば話は別ですが、生きている者なら彼は救う事が出来る。それ程の実力を持っている人物です」
「……それはクラーレを疑っているという事ですか?」
「いいえ。ただ何かを隠していると」
「推測ではなく?」
「ええ確信しています」
クラーレの事よく知ってますって感じ出されると、煩悩の方に話がいくのでやめてほしい。
けど、オルネッラの状態は治せるものだったはずということになる。医療ミスか、故意か過失か。
「そしてもう一つ、脳へのダメージを緩和する治癒魔法は私は詳しくありません」
「そうでしたか」
「ですが、クラーレなら知っている可能性があります」
「それって」
知っててわざとやってないってこと? それはタチが悪いぞ。
「けれど彼は誠実な男です。故意に治癒魔法をかけないということはしないはず」
「そうですか」
「貴方はいずれ知り得ます」
「そうですかね?」
「ええ、出来得る限り立ち止まって考えるように」
「はは、暴走しないよう頑張ります」
クラーレが要。
事故が起きた事には何か他の事も絡んでる。
にしても、オルネッラを起こすだけで、どうして課題が増えるのか。困ったものだ。
「ありがとうございます」
「……貴方は不思議ですね」
「え?」
「ここ最近、本当に変わった」
ぎくっとする。
中身違うんですよねー。でも教授は中身が違う事には気づいていない。ただ人が変わったようだ程度。本当運がいいな、私。
「私も貴方が大人しく受け入れるのをいい事にうまくおさめようとしていました。それは間違っていると、今は思っています」
「そうですか」
このデレ、実にいいじゃない。
方向性は違えど、教授もクール系。大人のクーデレって憂いもあって艶割増し。いや、いいですね。美人な大人が伏し目がちに自身の間違いを悔やむとか美しすぎて眩しい。
「私も鋭意努力しますが、貴方もガラッシア家として品位だけは気を付けるよう」
「あはは、それは本当に仰る通りで」
貴重なデレを残して教授は去っていった。教授なりに考えたってことだろう。
さて、回答が得られなかったから仕方ない。
大人しく帰宅して、定期巡回でくるクラーレに直接聞いてみるとするか。と、振り返れば、面白い組み合わせでオリアーナと一緒にやって来た癒しキャラ。
「エドアルド」
「……オリアーナ」
今日も可愛い子ちゃんは可愛いですね。
けど、どこか顔色が良くない。風邪?
「エドアルド、体調悪いです?」
「オリアーナは強いね」
「はい?」
会話できないぐらい悪くなってるの? 噛みあってないよ?
と、すぐにエドアルドは首を横にふり、文字通りふるふるした。素晴らしい、擬音が聞こえてくる。
「ごめん、ちょっとその、いつも手伝ったり助けてあげる事が出来てたから……今はなんでも一人で出来ちゃうんだなって」
「一人でなんでもは出来ないよ?」
「え?」
「周りに助けてもらってるから出来てるんだよ。もちろんエドアルドにも助けてもらってる」
オリアーナの話では、今までエドアルドだけが変わらず彼女に好意的に接していた唯一の人物だ。だからそれで随分助けられているのだと思う。
今の内にオリアーナの代弁しても問題はないだろう、たぶん。ちらりとオリアーナを見ても反応はなかった。否定しないから問題ないという事だろう。
「……そう」
「?」
どうも可愛さの中に元気のなさがあるな。風邪でないなら、落ち込んでいる?
「どうかしました?」
「ううん、いいんだ」
困ったように笑って去っていくエドアルド。ああ眉八の字笑顔は可愛いなあ。
でも少し心配だ。中身が違う事がばれていないとは思うけど、ここまで態度が違うと心配になる。
「オリアーナ、エドアルドと一緒にいたの?」
「はい、彼はテゾーロも知っているので」
「体調悪いのかな?」
「……私からは何も」
「そう」
明日また声をかけてみよう。
クールに。
あ、今もクールじゃなかったな。いつも気づくのが遅いとは。クールへの道のりは本当に遠く難しい。




