41話 父、頑張りの末、献花
「……」
「……」
墓へ近づくにつれ、父が明らかに言葉を失っていく。時期が早かったかな。けどまだ墓の前にも立っていないし、顔色は良いままだ。
そうこうしている内に馬車が止まる。
「着きましたね」
「そうか」
「おりられます?」
「ああ」
父は重い腰をあげて馬車をおりた。
海外にあるような集団墓地の中、一人一人のエリアが少し広くとってある墓にオリアーナの母の名前があった。
「お父様」
「ああ」
献花。
微かに震える指先を見て、まだまだ心理面での乗り越えは遠いことを悟る。
こちらは時間がかかるな。そして今日の夜は要注意だ。メイド長さんと執事長さんにもお願いをしておこう。
「……オリアーナ」
「はい」
墓地を見据えたまま、父はぽつりぽつりとつぶやく。
「まだ時間がかかりそうだ」
「はい」
「目を向けるのが怖い」
「自覚があるだけ良い傾向です」
「……そうか」
長居は無用と思い、すぐに馬車へ父親を戻した。
馬車の中で深く息を吸って吐いてもらう。深呼吸してヨガの瞑想を軽くこなしてもらえば、少し落ち着いたのか手の震えもなくなった。
「事故現場へ行きますか?」
「行こう」
オリアーナに目線を寄越せば、私は大丈夫ですと返って来る。声音と雰囲気だけでは限界があるけど、父親よりはマシか。
判断に悩む。無理に行くことで、またアルコールに手を伸ばされても、今までの努力が水の泡だ。私の考えを察してか、父親が身を乗り出す勢いで訴えてきた。
「オリアーナ、頼む。今日ここで行くのがいいと思うんだ」
「……先程指先が震えていましたね」
「……ああ」
「……」
「……」
父の目は力強かった。
本人にも自覚はある。同時に、今日ここを乗り越えれば成功体験として父親の中に残り、今後のケアにも良い方向で影響が出る。
それは逆もまたしかり。今回は墓参りの方が父親には辛いと踏んでいた。だから事故現場への献花は先程よりも症状は軽く済むのではないか。
よし。
「次に向かう先でまた震え等の症状が出たら強制的に戻ります」
「!」
「もちろんお父様のお気持ちが無理であればもちろん戻ります」
「ああ! ありがとう、オリアーナ!」
専属医のクラーレなら止めているところだろう。けど、父親の回復は想像以上、本人の行きたいという意志も尊重したい。
「あ」
道を通る中、お隣さんの家を横切る形になった。
今日も奥さんが外に出ている。父親が小窓から顔を出して挨拶をしていた。私の耳には返事が聞こえなかったけど、実際は会釈ぐらいあるのだろうか。父が顔を戻した後、私も覗いて見れば、隣人さんはまだこちらを見ていた。私は会釈程度で済ませて終わりだ。あの隣人さんと話す時が来るだろうか。いつも通り過ぎるだけでご近所付き合いがないしな。
「やはりご主人は芳しくなようだな」
「ああ、体調を……足を患っているのでしたっけ?」
「そう聞いている」
父親がお隣さんについて知る情報は以前オリアーナから聴いた内容と同じだった。
お隣さんの話をしてしばらく、長閑な風景から森の中へ入っていく。道も狭い。やっぱり王都以外の土地は整備が遅れているな。
「着きました」
「よし、オリアーナ行こう」
「はい」
墓参りの時より元気そうだ。
彼は現場にいなかったし、見てもいないから実感がわかないと言えばそれまでだ。屋敷で重傷だった妻と子を見て、そこで喪失を目の当たりにし経験している。頭でこの場所で事故が起きたと言う事が分かっててはいるが、というところだろう。
「ここですか」
「ああ、ここから馬車ごと落ちたそうだ」
こんな山の狭い道を通っていれば、落下の危険は当然伴うだろう。
何故ここを馬車で通ろうとした。
「何故、あの日だけ……いつもと違う道で行こうとしたのだろうな」
それだけが悔やまれると父が言う。いつもと違う道?
だっていつもの道は使えないってきいたもの。
「その時に限って雨もひどかった。そんなに重なるものなのか、本当に不思議なものだ」
「雨……」
雨が降っていた。
ただでさえ道が狭い中、さらに悪い条件が重なって。山の天気は変わりやすいとは言うけれど。何度か試して、やっと辿り着けそうな気がする。
がくんと大きく揺れて、そのままゆっくり傾いていくように見えた。
音が響く。
馬の鳴く声と、従者の悲鳴。
土が削れて落ちている。
私達も落ちている。
目の前で笑っている。
オリアーナの幸せを祈っている。
大きな衝撃。
頭が揺れる。
「チアキ?」
「!」
「どうかしました?」
「え、あ、いや。なんでもないよ」
「オリアーナ?」
「あ、お父様。失礼、独り言です」
今のはなんだろう。
妄想が過ぎて事故現場で事故はこうだったか想像してしまっていたのか。
ああ、転移したことによる特殊スキルとか? サイコメトリー的な?
そうなるとファンタジーの世界に突然SFな要素入ってきたことになるな。ごった煮も悪くない。他の事でサイコメトリー出来るか試してみよう。
「行こう」
「はい」
父は問題ないだろう。
今日の夜もよく様子を見てもらって、場合によってはすぐにクラーレを呼ぶことになるが、帰路での父親の表情を見る限り、割とすっきりしている。この父親の回復ぶり、本当にすごいな。
「それにしても」
サイコメトリー的な力で事実を見てたとして、あれが本当の映像ならオルネッラは落下による衝撃で脳にダメージが及んだことになる。通常の治癒魔法でどうにもできないのなら、他に有効な魔法はないのだろうか。
「……」
私はまだ魔法に詳しくない。
オルネッラにかける魔法ですら習得していないからだ。書物もそこそこ読んでいるが、教科書や参考書程度でオルネッラの脳に直接働きかける魔法がすぐ見つかる可能性も低そうだ。
「となれば」
「チアキ?」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
休日明け、私は急いである人物の元へ進んだ。
「教授」
「……ガラッシア公爵令嬢」
「以前、治癒魔法についての講義を受け持っていらっしゃいましたね」
「……」
「治癒魔法についてお詳しいそうで」
「……」
「教授?」
「あの件があってよく来れますね」
「はい?」
あの件?
随分顔をこわばらせてどうしたのか。
ん、いや、若干引いてる?
最近教授と話したには話したけど、あ、私が言い返したやつ。
「大概にしろと言った件ですか?」
「……分かってて来たというのですか」
「来ますよ。もう終わった話じゃないですか」
「……」
「そんな顔しないで下さいよ。純粋に質問しに来てるんですし」
呆れて溜息をつく教授のなんとも言えない表情。
この世界では教員職に反抗することは割とタブーなのだろうか。
「……何用ですか」
「ありがとうございます」




