39話 その小娘に知れる程度でやらかすなよ
「しばらく見ないと思ったら、思いの外元気そうだな!」
「ああ、皆のおかげで体調はこの通り良くなったよ」
歳も近いからか、だいぶ気さくに話している。ぱっと見たところ叔父が向ける感情に嫌なものはみえない。かといって、あからさまな営業モードでもない。
「おや、オリアーナ。衣服が汚れているな?」
「あら。私としたことが失礼を」
目ざとい。
先程粗方汚れは落としたというのに。幸い父親は汚れなかったから良かったけど、私はそれに加え路地裏で一暴れもしたからな。
「今は君が事業を支えるべき時だ。交渉先相手に身なりは気をつけた方がいい」
「コラッジョ違うんだ。オリアーナは先ほど私を助けてくれてな」
「どうしたんだ?」
馬車の事情を話すと大袈裟に驚いてみせる。
まあそうだろう、今は何も言うまい。
「我々はこの通りだ。心配はいらない」
「あの十字路はよく事故があるからな」
それはそうと、と叔父は今日の様子をきいてきた。
卸し先、製造元とは滞りなく話が進んだことを父が伝えると、なんとも読めない笑顔で返している。
そして軽い話も終わるところで、父が別で話かけられる。
商店通り付近を管轄する自治関係の長らしい。そちらへ父の目が向いた時、チャンスがきたので掴みにかかった。
「叔父様」
「ああ、先程は失礼したな。君達にそんな危険があったとは」
「ええ、程なくして全て解決するでしょうし、気にしておりません」
王都は優秀ですからと笑顔で添える。それを聞いて叔父の米神が僅かに動いた。
「父には心配させるかと思って話してはいないのですが、道中私も怪しげな人物に遭遇しまして。恐怖のあまり身を守るはずの魔法が暴走してしまいましたわ」
幸運にもそれのおかげで逃げ切りましたが、と添える。叔父の顔は動かない。
「それに卸し先も製造元も体調が優れないのか覇気がなく……私はそこも心配で」
「そうか。ガラッシア家の契約者はまだ若いが、体力や生活等憂慮する事もあるのではないかな」
「ええ、ガラッシア家としても困難な場面では協力を惜しまない所存です」
「いい心掛けだ」
「しかしかつての流通ルート封鎖の際も、互いに助け合い乗り越えられた者達ですので、心配はいらないと考えています」
さて父が話が終わる前に第一弾といこうか。
「そういえば、叔父様」
「ああ」
「辺境伯故に国境や海里の事情はお詳しいですよね?」
「まあ、それなりとしか言えんな」
叔父が訝しんでいる。もっと踏み込んでみよう。
「境に賊も多くて気を揉みそうかと思いまして」
王都でも管理しきれない賊も多いでしょうと添える。叔父の米神がまた揺らいだ。
「あの流通ルート封鎖の時、海賊が不当に占拠し高い関税をしきました。しかし高い関税を目的としていたにも関わらず、抵抗しない者まで攻撃の対象とし退け、海上を占拠していたと王都側が把握してる事がわかりました」
「それは、」
「ええおかしいでしょう。高い関税が目的なら、抵抗の有無を確認するはずです。それをせず全て駆逐するのは理にかなっていない」
一掃した後、占拠し新しいルールを作る可能性もあるが、労力を考えれば最初から振り分けてればいいだけ。わざわざ一掃するにはわけがあったのだろう。
「王都側が海賊を捕らえ、粘り強く聴取を行った結果、彼らはうまい話を聞いたわけではなく、海上を占拠するよう頼まれたそうです」
「頼まれたとは、」
「とある方から、あの海上を占拠するようにと。その暁には後々の海上での流通権を任せるとか」
「……」
「とある方はこの国の者です。本来なら国に対する反逆罪にすらなりかねない際どい事をしていますが、そうした暴挙も王都が把握是正し、おさめていくのは難しいようですね」
「何が言いたい」
不機嫌を呈した。やっぱり小物だなあ、清々しいくらい分かりやすい。
「海賊の件があった頃、叔父様の事業はそこまでよろしくなかったようですね」
「そうだな」
当時、叔父の主な流通品は国外の家具や屋内家庭用装飾品の輸入だった。
しかしその時期、異国の物を物珍しく買う意欲が国の民にはなかった。一次的な疫病が流行ったからだ。
トット側が把握している限り、数ヶ月に及んだ疫病は王室お抱え治癒魔法使い達や権威のあるメディコの研究によって終息した。
嗜好品の購買意欲が落ちる反面、健康や医療に関する購買意欲は上がる。すなわちガラッシア家の薬の売上は叔父と半比例して大幅に増収となったという。
「けど、直近で契約していた案件、期限を延ばせない挙げ句に多額の前払金もあったようで」
「それが海賊と何の関係がある」
自分で話振るとか馬鹿なの。まあ確かに回りくどいかな。
「その頃、ガラッシア家は薬の売買が好調でした」
「だから、それが」
「では叔父様がした事を申し上げます」
では回りくどさ、さようなら。
「海賊の手引をしてガラッシア家の流通ルートを断絶し、ガラッシア家を潰そうとました」
「何を」
「自身の業績不信をオリアーナに騙され資金を奪われたからと事実を差しかえました」
「それは、」
「噂を吹聴し、とどめにガラッシア家を社交界から孤立させようとした」
「……」
「全部、叔父様のされた事ですね?」
米神が忙しなく動いている。当たりだ、残念ながら。
「そ、んなもの、君の被害妄想だろう。責任転嫁も大概にしたまえ」
「先日、流刑に処され服役していた海賊が、一部服役免除で王都の収監に戻ってきました。もちろん、あの不当に海上を占拠しようとしていた海賊の事です」
「な、んだと」
トットに叔父の事を頼んだ際、彼は流刑地である監獄島に赴き、自ら海賊に事情を聴取しに行っていた。
さすがトットだ。おかげで海賊から有益な情報を知るところまでこぎつけた。そう、海上を占拠するよう指示し唆した、ある人物について。
「とある方の名を出したそうですよ」
「え」
「今ガラッシア公爵家として、その名の開示請求をしています」
「……」
「そして先程申し上げた事は全て、王都側が把握している情報を開示してもらったにすぎません」
「……」
「被害妄想ではなく事実ですね、残念ながら」
さっと青くなる叔父。
離島収監所に放り込めば、解決したと思っていたのか。
全くトットを舐めてもらっては困る。彼は有能なんだぞ。
「今日の事も王都から事件として進捗と内容を伺う予定です」
「……」
「ガラッシア家を潰しにかかるなら、私個人が貴方の相手をしましょう」
「……小娘が」
「ええ貴方からすれば小娘ですね……なら、」
「……」
「その小娘に知れる程度でやらかすなよ」
やるなら完璧にこなしてみせたらどうなの、小物め。
顔色を悪くしたまま意地を張る叔父。
苦々しい顔をしてさらに言い返そうとしたところで終了のゴングが鳴った。
「オリアーナ」




