38話 商談の妨害 買収問題の後の始まりのゴング
「古典的すぎ!」
その時の私は陸上短距離のオリンピック記録をだせたと思う。
残りの距離を一気に詰めて、父親に飛び掛かった。父親は声にならない呻き声をあげていたけど無視だ。
なんとか馬を避け切り、道の端へ。道へダイブする形で避けることになったけど、父親をなるたけかばう形で着地する。重力の影響が緩和されてる私の方が怪我の確率も少ない。多少は汚れたけど、それは後でどうにでもなる。
「お、オリアーナか」
「怪我はないです?」
「ああ、なんともないが」
「よかった」
苛立つ声が近くで上がったので見れば、オリアーナが裾を掴んで離さない相手からの声だ。先程まで父親と話してた人物か。
「オリアーナは無事なのか?」
「私も怪我はしてませんよ。お父様、あちらの方は?」
「あ、ああ、最近王都で商を始めた方らしくてな。私のような王都で事業をしている人物から話を聞いて回ってるらしい」
「へえ」
馬車の侍従は早々に逃走し、暴れる馬を周囲が大人しくさせている。あの様子からするにさらなる暴走はなさそうだ。
父親に一言声をかけ、件の人物に迫る。逃げ遅れた男は私に気づき、小さく悲鳴をあげた。
「私と父を引き離すか、商談に行かせないだけが目的では?」
「いや、話を引き延ばせと、言われただけで、」
「命を狙えと言われたんですか?」
「それはない!」
「案配に気をつけなさい」
「チアキ、問題はそこではありません」
どうせ奴の差し金だろうと名をだせば、あっさり肯定した。過失であれ殺人未遂に加担した現行犯、私を見てびびるあたり専門ではないな。馬車で突っ込んできた相手と、この商人は別だ。
「貴方、本当に商人?」
「ああそれは本当だ!」
「……分かりました」
「チアキ?」
駆け出しの商人を使うというのは、彼にとって理にかなっている。
これからの商売の優遇を受けられるよう計る話でも持っていけば、駆け出しの商人は安心を求めて飛びつくだろう。
その最初の見返りが話しかけるだけ。簡単すぎる。馬車を引いていた人物か、馬が暴れるよう仕掛けた人物を特定して捕まえないことにはだ。
「オリアーナ」
「お父様」
「怪我がないなら、あとは王都の部隊に任せよう」
おお、警察みたいなのがいつの間にか現れていた。
父は既に部隊の人と話を終えていて、私ともども事情聴取は不必要だということになったよう。軽く挨拶されるついでに、トットの名前を出して事故の詳細について後日限りある範囲で教えてもらえるようお願いした。さすがトットというのか、二つ返事でオッケーだ。
「分かりました、行きます」
「チアキ、この者は?」
オリアーナの隣に腰を抜かして座り込んでいる商人を見て、このままでもいいかなとは思ったけど念の為、声をかける事にした。
「同じ商、どこかでお会いすることもありましょう」
「え?」
「お互い健全に仕事に励みましょう。次に会う時を楽しみにしていますよ。それでは失礼致します」
商談の時間には余裕があるが、道中これ以上邪魔が入ったら対応に時間がかかる。
それにこの商人は私に直接何かをしたわけではない。もし制裁をというのなら、父親がするべきだろう。その父が何もせず(気づいてもいないだろう)、商談に向かうのなら、私はそれに付き添うだけ。
釘を刺す程度の事はしたし、次会う時に同じ事を繰り返すのなら、それなりの対応すればいいだろう。
「行きましょう」
「ああ」
十字路からすぐに目的地に到着した。
製造元と卸し先は近く、ほぼ隣り合わせ。服飾にしろ薬にしろ、国外にも流通しているので、港側に拠点が置かれていた。今回は両者代表共に揃った状態で四者面談の形だ。
「お久しぶりです、旦那様。お嬢様も」
「旦那様、お会い出来て本当に良かった!」
「ああ、久しぶりだな。息災だったか?」
「は、はい」
先ほどの商店通りの者達と明らかに態度が違う。
なんだろう、この違和感。久しぶりで会えて嬉しい感がない。何をそんなに気まずいのか。
「私が会っていた頃も、このような態度ではなかったはずです」
オリアーナがそう言うなら何かあるか。
まあここまでの妨害を考えるなら、こちらにも手が伸びてて当たり前とも言える。
当たり障りなく商談が進む。
久しぶりに父親が出てきたのもあるから、今までの契約状況の確認と関税や物価指数からの定期契約金の交渉ぐらいが関の山だ。
「どうした? 体調でも優れないか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「え、ええ、私達は大丈夫です」
父親すら気づく程度。
鎌をかけるのは嫌だけど仕方ない。
「他の商人から買収の話がありました?」
「え」
「オリアーナ、急にどうした」
「ガラッシア家との契約を破棄し、別の商人と契約しないかという話がありませんでしたか? もしくはガラッシア家の評判が落ちるよう商品を売り込むとか」
顔色悪くすれば応えを言ってるようなものだ。
「お嬢様、まさか」
「し、知っているのですか?」
この世界、簡単に話してくれる素直な人ばかり。
当然その話に驚くのは父だ。
「どういうことだ?」
「い、いえ、旦那様……私達は断りました! でも!」
「また流通ルートを封鎖する等と言ってきたのでは?」
「!」
「他には……原材料をそちらに流さないとか」
「は、はい。お嬢様の仰る通りです」
さすがの父親も難しい顔をしている。
本来、流通関係の契約は、この世界の法律で買収が禁じられている。もし他者と契約変えする場合は王家の承認が必要になり、非常に煩雑な工程が待ち構えている。それは契約者の死亡や相続が関わっていたとしても変わりはない。あっさり無視して、よくやろうとするものだ。
「お父様、そちらについては問題ありません」
「オリアーナ」
「私がどうにか致しましょう。本日は通常通り商談を進めて下さい。貴方方も安心して下さい」
「は、はあ」
「お嬢様…」
不思議そうにこちらを見ているが、今日の件に関してよくよく調べた上で助けを請おう。裏をとっておかないとな。
若干の緊張感は残るものの、両者との関係はつつがなく進んだ。大金を積まれることよりも、長年の付き合いである父親との信頼関係の方が上だったと言う事か。それにしても、やることがあからさますぎる。
「私達はずっとガラッシア家と共にやってきましたので、これからも旦那様と共にと思ってやっております」
「ありがとう、その件は問題ない。すぐに解決しよう」
「旦那様!」
「ありがとうございます!」
なんとか契約業者を宥め、安心させて外へでる。
「しかし本当に大丈夫なのか、オリアーナ」
「ええ。少しお時間頂く事にはなりそうですが」
「構わない。私も気になるからな。出来る事は私もしよう」
「ありがとうございます」
少し休むかと言う父親に頷こうとした時に声をかけられた。視線をのばせば見知った人物。
「久しぶりだな!」
「ああ! こちらに来ていたのか!」
父親から見れば妻の弟にあたる。
そう、私から見たら叔父。
コラッジョ・アッタッカメント辺境伯が、いつぞやと同じく自分からやって来てくれた。
「チアキ、顔が」
「おっと」
淑女らしくなく緩んだ顔を引き締めて叔父と対面する。




