37話 商談の妨害 壁ドンなのに全然ときめかない
「な、んだ?」
「貴方方から暴力を振るい、私は抵抗したが、その恐怖から魔力が暴走し、結果貴方方が倒れた、ということですね」
「ふざけるな」
リーダー格に片手を顔の側に強い力で置かれた。
なんてことだ。
「日が暮れるまで大人しくしてろ」
「……壁ドンなのに全然ときめかない」
「は?」
一昔前に一世を風靡した壁ドン。
なぜときめかないか、理由は明白だ。
イケメンじゃないから。恋愛要素もないからだ。
「壁ドンはさておき……正当防衛です」
「おい、お嬢さんに眠ってもらえ」
面子の内、魔法が使える者がいたらしい。
離れていくときめかないリーダー格に代わって光の粉が落ちてくる。まともにかぶってしまった。
「チアキ!」
「!」
うわあこれすごく安眠できるやつだ。
すごい心地いい。
なんだかあったかいし、ああシエスタしたい猛烈に昼寝したい。
「けど」
眠るわけにはいかない。起きる、何が何でも。
「マトモにくらってなんで起きてる?!」
「気合いですね」
「チアキ!」
魔法の解除系はまだトット達から習ってないんだから、そこは気合いで跳ね退けるしかないよ。
そう、妄想力で乗り切るしかない。今は仕事だ。明日納期の徹夜残業だ、やれる。
「さて、先ほど私はなんて言ってたでしょう?」
「は?」
数行前なんだから記憶しておけ。
「私は抵抗したが、その恐怖から魔力が暴走し以下略」
「チアキ、ここでは」
「なにを、」
「きゃーたすけてー」
笑いながら棒読みしてる私に、引きながらかまえようとするので、そんな間もなく吹っ飛んでもらった。
まずは魔法をかけてきた人間からだ。光の粉どころか光の塊になって、光の速さで飛んでいったけど。
「なにを」
「同じものをお返ししただけですね。あ、魔力暴走してるから数日起きないやつかも」
掴みかかってこようとする他数名をお得意の垂直跳びでかわして、跳躍に乗じた落下の勢いで一人の肩あたりを力強く踏み付けた。学園で週一で垂直跳び確認してる成果がでたな。
当然の事ながら、足蹴にされた男性は衝撃の強さに昏倒する。
肩外れてないだろうかと確認してみれば、うん大丈夫。さすがに脱臼はやりすぎだし、やり返すにしても力加減が難しいので、垂直飛びはかわすだけに使おう。
「おかしいだろ、こいつ」
「きゃー! 暴漢だわー!」
掴みかかってこようとするのを、ひょいひょい避けてると息切れし始める男。基礎体力がないぞ。
やはりこの世界には健康が足りない。ぱっと見、筋肉ありそうなのに、この様じゃ見掛け倒しだ。
運動はもっとした方がいいぞ。
「おや、全滅ですか。草生えるわー」
「嬢ちゃん何者だよ……」
「公爵令嬢です」
魔法がくれば魔法を返し、暴力でくれば暴力でお返しだ。
それを繰り返ししていれば、全員倒れて動かなくなって、唯一残っていたリーダー格はドン引き。こんなものでドン引きしてどうするの。
「やれやれ」
「な、」
相手の手を取り、勢いままに壁に打ち付ける。
軽くだから痛みもなく壁を背にする男を挟むように手を添えた。
「一つ覚えておきなさい」
「!」
「壁ドンは暴力の為にあるものじゃない。ときめきと癒しの為にあるものなんですよ」
「チアキ……」
呆れたオリアーナの声が聞こえたような気がしたけど気のせいだ。
壁ドンの在り方については譲れない。壁ドンはリアルでもいけるということを、この世界のどこかで証明してほしい。二次元だけの特権じゃないと。あ、今度トットとエステルでやってもらおうかな。いや、今はそれどころじゃないか。
「さて、前置きはこのへんにして」
「……」
「依頼主はどちら様で?」
「へへ……」
ドン引きしながらも、空笑いをする男に違和感を抱く。
「やめだ。好きにしろ」
「……」
やけに素直なところを見ると、まだ何か布石がある?
私と父親を商談に向かわせたくない誰かが仕掛けてくるなら、引き離して動けなくしたいわけだから。
「父が」
「俺達じゃないぜ。他の奴らがもう仕掛けてんだろ」
「仕方ないか……お兄さん名前教えてくれません?」
私の質問に、訝しむと同時に驚いている。
舌打ちを一つして、睨み付けながら答えが返って来た。
「はいそうですかって言うかよ」
「まあそうなんですけど」
「目的は」
「貴方方を雇いたい」
「寝返ろってか」
「そういう意味じゃないです。ガラッシア家の事業の中で仕事しませんかって話です」
「はあ?」
「今日は先を急ぐので、そんなこと言ってたな程度でいいです。では」
また会うとき応えをよろしくお願いしますと伝え、足早にその場を去った。
去り際、男から依頼主の名を聞いて、予想通りすぎて顔がオリアーナらしくなく緩んだ。たぶん時代劇の悪代官ばりのいい笑顔になってると思う。
「やっぱりか」
お礼を言いつつ走り出す。
「チアキ、どういうことですか」
「ああ、雇うてとこ?」
「はい」
「きちんとした給金にきちんとした仕事があれば、路地裏に人を連れ込むなんてことしなくなるかなと」
「暴漢ですよ?」
「今はね。本来なら犯罪だから、罪を償う事を考えた方がいいかと思うんだけど、そこは私が成敗したし未遂という点も考慮して釈放された身と判断しよう。そしたら次は社会復帰になるから、まずは就労支援からって感じだし、それに私はあくまで提案しただけ。そこからどうするかはあちら次第」
「はあ」
通りに出る。
私がかかった時間と父が商人達に対応してる時間を考えれば、それほど離れてはいないはずだ。人は多いが、間を縫って進めば割とすぐに追いつくはず。
「オリアーナ」
「はい、先に行きます」
言いたいことをわかってくれてる。さすが頭のいい、美人で私の推し。
商店通りを抜ければ、王都の中央に来たからか、大きな十字路に出てきた。絵になるな、絵葉書ほしい。
「チアキ!」
呼ばれ顔を向ければ父が見えた。
その間にオリアーナがいる。
よかった、まだ何もされてないな。
父親は商人なのか、見知らぬ人物と話している。
「あれは?」
「ガラッシア家を知る商人の中には、あのような者はおりません」
「当たりだね」
足止めをしなければいけない何かがある。
もう追いつけると思った時、悲鳴と轟音があがった。
馬車馬が暴れている。
勢いのまま突っ込んでいく先は当然。
「古典的すぎ!」




