26話 ねぇ今どんな気持ち?
散々の言葉の嫌がらせの末、落ちてきたのは言葉ではなかった。
「……」
「あら、失礼」
転ぶことなく膝をついたところに、頭上から冷たいものが降りかかる。
酒だ。
白のワイン、好みの辛口じゃないか。なんてもったいないことをしてのける。
「テーブルのグラスを誤って倒してしまいましたわ。失礼を」
「……」
「ガラッシア公爵令嬢はお酒を浴びるのが相変わらずお好きなようで」
なるほど、これが初めてではないということか。
魔法で乾かすのは簡単だが現場は多くの人々に見られる。こうした不和を現場で見られ、それに付随してオリアーナに不利な噂だけが歩いて行くのでは、彼女の孤立は必至だっただろう。
彼女も彼女で言い訳をしなさそうだし、あのクールな様では誤解も招きやすい。
「チアキ!」
視線の外れていたエステルはそこで気づいて私にかけより、膝を下りしゃがんで私に手を添える。
それに驚くのは周囲だ。
「グァリジョーネ候爵令嬢が、そのような事をする必要はございません!」
その通りだと周囲も騒ぎ立てる。
エステルは立場など関係なく、目の前で友人が倒れ濡れているなら助けるでしょうと静かに訴えた。
それにさらに反論する令嬢たち。言い返そうと口を開こうとしてるエステルを手で制した。
「大丈夫」
「チアキ?」
ゆっくり立ち上がる。
白ワインを滴らせながら真っ直ぐ前を見据えれば、笑うエスタジ嬢。
「どうした?」
「オリアーナ?!」
騒ぎを聞き付け、トットとエドアルドが駆けつけた。
ちょうどいい。
「トット、エステルを」
「え、チアキ?」
エステルが立ち上がったところに、彼女の肩を軽く押してトットに預ける。
前を見据えてたのを近くの傾いたグラスを手に取る。私に浴びせられた白ワインは一口残っていた。ああなんてもったいない。
「どうかして?」
笑いながら言うエスタジ譲を横目にグラスを眺めて私も笑う。その様子に違和感を感じたのだろう、エスタジ譲が片眉を顰めた。
「最近はだいぶ良くなりましたが、私、魔法の調整が苦手でして」
「はい?」
見据える。
グラスを見えるようにエスタジ譲の目線より少し下に持っていって、エステルとトットが悟った。
「チアキ、」
「待て、もう遅い」
「―」
パンという音と共にグラスが割れ、一口残る白ワインは一気に会場内を飲みこんだ。
「……」
悲鳴をあげる暇なんて与えてやらない。
増殖の魔法をあえて力の制限なしで放ってやった。
「!!」
白ワインの中、目の前で右往左往する令嬢たちは見物だ。
その中でトットはエステルを抱きしめたまま、魔法で白ワインから身を守っていた。見ればエドアルド、二階バルコニーのディエゴも同じように魔法で白ワインから逃れている。
大変優秀で……私のノーコンは早く大きく膨れ上がるから、なかなか対処大変なのに凄いな。
「―」
白ワインの中、再度唱えて膨れ上がった酒をおさめた。
収縮してグラスも元通りになり、一口だけ残るワインを調整してあるべき分量に増やす。勢いよく膨れ上がった白ワインを飲み込んでむせていたエスタジ嬢を見下ろせば、驚いた様子で言葉を零した。
「っ、な、なんて野蛮な……」
「野蛮ねえ」
膝をついたエスタジ嬢の前に同じく膝をついて、片手で顎を掴んで視線を上げさせる。
「オリアーナは何度ワインを浴びたのかな?」
「ひっ!」
「ねぇどんな感じ?」
野蛮と。
毎度嫌みを言い続け、嫌がらせを続けてた令嬢達の方が余程野蛮だと思うけど。
「オリアーナと同じ目にあってどんな感じ?」
「……それ、は」
「チアキ」
「おっと」
手を離すとがくりと肩をおとすエスタジ嬢。
その片手を手に取れば、びくりと震えてきたが、無視したままその手にワイングラスを持たせた。
「もったいないので量を戻しましたよ」
「……こ、れは、」
「今度は零さないよう、お気をつけて」
ゆっくり立ち上がれば、周囲はいたく静かだった。
ほとんどの人が濡れたまま、こちらの様子を伺っている。魔法で乾かすこともしないか。
「―」
仕様がないので乾かす魔法を会場にかける。これだけコントロール出来るようになってよかったわ。これもトットとエステルのおかげだ、ありがたい。
「一旦席を外そう」
「ええ……チアキ」
「はい」
二人に呼ばれ、一旦その場を去った。
別室に行き、庭に通じる大きな窓を開ければ、そこからオリアーナが入ってくる。
「オリアーナ、見てた?」
「はい」
エステルも小さく息をつく。
「……驚いたわ、チアキ」
「憂う姿も可愛いねエステル」
「もう、チアキったら」
「それにしても中々だった。腕を上げたな」
「サルヴァトーレ!」
「ありがとう、特訓の成果だねえ」
やられっぱなしのままでいられるか。
クールキャラはさようならしてたけど、あのまま嫌がらせを受け入れていれば以前と同じ。
そこをあえて乾かす魔法を使わずに堂々と立ち続けるのもありだったけど、それはボツだ、私の気持ちがおさまらない。
オリアーナが社交界に来なくなるぐらい何度もしていたのだろう。オリアーナが悲しむことをする輩は許さん。
「チアキ、その」
「何? あ、先に謝っとく、クールキャラ演じられなくてごめんね」
「いえ、そうではなく、」
「うん?」
「少し、すっきりしました」
まさかのデレが再び。
しばらくオリアーナと見つめ合い、無言の中、心配そうにエステルが呼ぶ。
そこにきて吹き出してしまった。
「はは、そっか! それはよかったよ!」
「チアキ?」
いけない、エステルとトットにはオリアーナの声が届かないんだった。
「ごめんごめん」
「いえ、オリアーナ嬢と笑い合えるなら、大丈夫ということでしょう?」
聡いエステル、好き。
席を外して話す必要もないぐらい、全部わかってそう。ヒロインスキルが目の前で見られるのはお得だな。さっきのトットがエステル抱いて守ってたのも非常にいい画だった、眼福。
「まだ時間あるよね?」
「ええ」
「ま、ここで引くという選択肢もないし、戻ってもう一人の目的の人にでも会ってみますかね」
「オリアーナ嬢の叔父上か」
「そうそう」
オリアーナが社交界でどんな立ち位置かは先程の令嬢たちの件でよくわかった。
後は叔父の顔を覚えて帰宅、これでいいだろう。さて、今の今でどんな反応を見せてくれるか楽しみだ。




