24話 地獄の特訓後、社交界へ突入
そこから二ヶ月だ、二ヶ月。
エステルは思っていた以上に鬼教官だった。意外と厳しい。
可愛い声でやり直しを何度言い渡されたことか。漫画なら一ページで終わるし、アニメなんて数秒の字幕で終わるようなシーンに二ヶ月もかかるとは……正直何度か挫折しそうになった。
レベル上げの為にひたすら森で敵を薙ぎ倒し続ける作業なゲームの方が断然楽だ。実体験は生々しい事この上なくファンタジーは一切ない。
リアルに涙が滲んだよ。出来れば嬉しさと感動で涙流したかった。
「チアキ、大丈夫?」
「……はは、まだやれるよ」
それでも私はやると決めていた。
最低限ラインでいいから学ぶべきことを学んで社交界に行きたかった。そこに行けばオリアーナが体験した事が分かる。それを理解した上でオリアーナがこれから社交界に顔を出しやすくすることを考えて、人脈作りと件の人物二人を確認する事だ。
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「順調ですね」
「ありがとうございます」
幸い、この二ヶ月のおかげで父親のプランも随分いい調子でランニングできている。減酒で苛立って声を荒げていた時もあったけど、暴力はなしだ。私の声かけで何故か肩を鳴らし大人しくなることが多かったのは多少気掛かりではあったけど。
まあ本当に手が付けられない時の最終的な決め台詞は「また本棚に埋まりたいか」だったけど、使わずに済んだのは行幸だ。今は一緒に領地内をジョギング出来るまでに至ったし、ヨガの瞑想がいいのか徐々に眠れるようになっているようだった。食事改善も功を奏し、顔色もだいぶよくなっている。
二ヶ月も経てば、本格的なランニングウェアも出来たし、ヨガウェアも用意してもらった。
あまりに多く作ってもらってたからか、何の用途でかを問われたので、詳しく業者とやり取りする程。あちらからしたら未知の服だったようで、早くに言っておけばよかったと今思う。
最近になってやっとメイド長さんと執事長さんが参加してくれるようになったから、衣装は余らなくて済んでいるし本当よかった。
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「ふむ、チアキは魔力が元々大きいようだな」
「デコピンぐらいの軽い気持ちでやらないと爆発するね」
「でこぴん?」
そして魔法もだいぶ調整できるようになった。とはいっても、あくまで初歩だから、出席している講義ではノーコンを晒す事はゼロにはなっていない。それでも上手になったんじゃないかと自負している。
ディエゴは兎も角、エドアルドの視線はだいぶよくなった。
少なくとも普段授業以外で会う時と同じくらい笑顔で見てくれるようになったと思う。
エドアルドはきっとおかしな事する度にオリアーナじゃないって思ってるんだろうな。ノーコン撲滅までもう少しだから待っててエドアルド。
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「どう?」
「……許します」
「やった!」
そんなこんなでやっとエステルに合格をもらったのはつい先日。丁度目標としていたとある社交界の二日前だった。
やっほー言いながら喜んで、急いで準備して当日を迎えた。
父親からもアンナさんやメイド長さん執事長さんからえらく心配されたけど、そこはもう落ち着いてもらって家を出た。
父親はまだアル中が完治してないから当然のことながらドクターストップ。行くと豪語していたけど却下だ。
家からの馬車は真っ直ぐ会場に向かうのではなく、まずはエステルのお家に訪問だった。なんてことはない、エステルと一緒に行くだけの話なのだけど。
「ほおー! エステルすごい! 美人が倍で美人!」
「ふふ、ありがとう」
「衣装もいいねえ! ファッション系アニメも真っ青だよ!」
「そうかしら?」
まあその配色がトットのカラーという時点で、もうオタク歓喜以外の何物でもない。
そんな社交界イベントがゲーム本編でもあった。推しカラーで社交界行くとか王道すぎて画面に向かってお礼言ってたぐらいに。
そしてこのゲームの世界での社交界は、私の世界の社交界とはだいぶ意味合いが違う。
未婚女性が結婚相手を探すためのものでもなく、夫婦同伴を主としたものでもなく、王族への謁見をしにいくものでもない。
ただ集まるだけのホームパーティに近いものだ。
もちろん恋人同士や夫婦で来るのも問題ないし、恋人探しに来るのももちろん問題ない。人脈を広げる為にというのももちろん問題ない。
「まさか体験できるとはねえ」
「チアキの国には社交界がないのよね」
「海外ならあるはずだよ」
「そうなの」
エステルと同じ馬車で行く素晴らしさを体験している。贅沢だ。エステルがどうしても一緒に行きたいと言ってきた……曰く心配だと。
二ヶ月の付け焼刃ではエステルも心配だろう。これでも演技派のつもりで生きてたけど、そう本物をすぐ習得出来るわけでもない。会場合流まで待てないとかエステル本当心配症で可愛いな。
「おや、着いた?」
「そうね」
颯爽と馬車から出て目の前の豪奢な建物に驚いた。やっぱり架空の世界はいいわあ。
「では私は会場近くの敷地内にいます」
「わかった。何かあったら会場入って来ちゃっていいよ」
「はい」
オリアーナが庭へ向かって去っていく。
何もないと思うけど、彼女も彼女で不安だったらしく、入れないのを分かっていて一緒に来てくれた。
事情を多少なりとも私が理解していても、それでも私を気遣ってくれているなんて。こっちも可愛いすぎる。
可愛いに挟まれて私は今猛烈に幸せだ。推しがリアルにいる世界、しかもサンドされている幸せな気持ちを噛みしめて、このエネルギー存分に使おうじゃないか。
「さあ社交界だ!」
「チアキ、私の傍からなるたけ離れないでね」




