21話 次は社交界だ
「さすがに昨日の今日は難しいかな?」
「とてもじゃありませんが、父が来るとは思えません」
「オリアーナの気持ちわかるよ。ま、ゆっくりやっていこう」
とりあえず今日のメディコとのアポイントまでには起きてもらえばいいだろう。そう思い、今日は諦めてそろそろ走りだそうとしたところで家の扉が動いた。
そこから真っ青な顔をした父親が出て来たではないか。この人、案外根性あるな。これはなかなか驚いた。
後で旦那様と心配してついて来るメイド長さんと執事長さんを制し、酔っ払いが私の前に立った。
「おはようございます」
「ああ、お早う」
「よくこれましたね」
「……問題ない、が、この服は? 何をするんだ?」
「今から走ります。そしてその服はそういった時用の服として作ってもらいました」
走るという言葉に素っ頓狂な声を上げて父親は驚いた。
無理もない。この世界には箒に跨がって飛ぶぐらいしかスポーツがないから。
てか皆どこで筋力とか持久力とか鍛えるのだろう。魔法を極めればそういうのが勝手についてくるのだろうか。
「ではついて来て下さい」
「え? お、オリアーナ?!」
颯爽と走り出せば、慌てて父親がついて来る。
が、豪華な庭を通り越して門を出たところで止まるしかなかった。
息を早々にあげて、ふらつきながら追いかけてくる中年男性……格好悪いぞ、父。頑張りは素晴らしいのだけど、やはり無理があったか。
「では走るのは止めて歩きましょう」
「え、歩く?!」
それも嫌そうだが、折角外に出られたのだ。ここを逃すわけにもいかない。持ってきていた水をわけて、そのままいつものコースをゆっくりと歩き始めた。
森林を抜け平原に出る。お隣りさんに遠めから挨拶をするが、今日もいまいち反応がない。お隣さんへ会釈の後、馬車通りを横目に帰りのルートへ入る。
「帰りましょう」
「あ、ああ……」
今から戻ったらメディコが来る時間と同じぐらいにはなるか。というよりも距離はもう少し短いほうがよかったな。この父親、よほどの運動不足と酒浸りが激しい。いきなりハードル高くすると続かないから、やるなら敷地内の庭の中からがいいかもしれない。
疲れを見せながらゆっくり歩く父親を連れて戻ったら、ちょうど玄関に見知らぬ男性が来ていたのが見えた。私達に気づくと穏やかに笑いかけてくる。
「お久しぶりです。ガラッシア公爵、お嬢様も」
「お久しぶりです」
「メディコのクラーレです」
オリアーナに目配せすれば応えてくれる。
これが専属医か。白衣でなくスーツに近い服装、あ、白衣も今度作ってもらおう。スクラブより白衣からだ、ああでもスクラブもそれはそれでいい。
「チアキ?」
おっと、顔に出てしまっていたらしい。急いで引き締める。
父親と話す医者に目を戻せば、年齢は医者にしては若い。三十代後半から四十代といったとこだろう。
うん、誰も私を見てなくて良かった。挨拶も適宜、その場を去って自室へ戻る。
「メディコは前からここの専属なんだよね?」
「私が五歳ぐらいに今の専属になったと記憶しています。それまで先代が引き連れて共に来ていたとは思いますが」
若いうちから研修、しかも医者家系。
このメディコから薬を買いつけて流通しているのだから、この若い医者は診療と薬品開発を同時でやっていることになる。なかなかのやり手だ。
「母と姉の時も諦めず治療をしてくれました。先代が早くに亡くなっていたので、あの時は本当に大変だったと」
「そっか」
メディコを別室へ案内してもらってる間に自室で着替えながら事情を聴いていく。医者になってすぐに植物状態の患者の治療はハードル高そう。
お客様用応接間に入れば、すでに専属医は父親とカウンセリングを開始していた。
いったん話を止めようとするのを続けるよう伝え、二人のやり取りを見守る。
していることは私の知る個人の認知療法を同じようで良かった。内容が私にもすんなり入るし、これからの断酒へ向けた計画も順調に組んでいけている。
「……?」
しかし何故だろう。
根本のきっかけになった十年前の事故について父親が話題に出しても、そこについて追究をあまりしてこない。
認知を深めるのはまだ先と言う事か、それとも酒害の認知を今は優先すべきだからか。
正直、伴侶の喪失によって多少の鬱傾向はあったと判断出来るし、そこに対してのアプローチをしてもいいと考えてはいたけど。
これは医師によって判断が変わるだろうから、後々確認していこう。
そして私もその事故について詳しくきかないと。周りの発言とオリアーナの軽い説明で、起きた事故で母は亡くなり姉は眠り続けているぐらいしか私も察していない。
「では、長期はこちら、短期ではこちらで見ていきましょう」
「ありがとうございます」
「オリアーナお嬢様が協力して下さるとの事なので大変助かります」
先程のウォーキングについては採用された。後々ジョギングに変更していくのが長期プランでの鍵だ。
酒浸り過ぎて胃腸を痛めているのもあるので食事も改善することになったし、専属医とも今後頻繁に往診する流れになった。
「それにしても……お嬢様は独自に学んだのですか? 今すぐメディコになれる程お詳しい」
「え、ええ、そのような形、です」
医学に詳しいことを感心された。
全部体験したことをそのままいかしてるだけです、なんて言えはしない。アル中から解放された友人に感謝だ。断酒が成功した友人は明るく今も生きている事だろう。
「お二人を社交界で見なくなってから随分経っていましたし、こうして訪問もしていなかったのでずっと心配だったのですよ」
「そうでしたか」
最後に次に会えるのを楽しみにしていると言って専属医は帰って行った。
そういえば私が初めて学園に突撃した日も、どこぞの令嬢が社交界から見限られたとかなんとか言っていたような記憶がある。
この世界では社交界に顔を出すのは一定の貴族には日常と言っていいはずだ。ゲーム内ですら社交界イベントが起きるのだから。
「オリアーナ」
「はい」
父の事で少しだけ話が進み、驚きつつもほんの僅か安心したような肩の荷が下りたような雰囲気を見せる彼女に話を振ってみる。
「社交界に出てないの?」
「はい」
その平坦さに父親に対する時の温度と同じものを感じて悟る。社交界にも何か問題があると。
まあ見限られたと言われたり、避けていく学生たちを見ていれば分かりきった話なのだけど。
ここまで来たんだ、のっかってやろうじゃないか。
「そしたら次は父親の事に並行して社交界だね」
「え?」
「話詳しく」
「え?」
驚いたオリアーナの顔ときたら。
そんなに意外な事を言ったつもりはない。




