19話 ジョギング
「お嬢様、お求めの物が出来上がったと」
「ありがとうございます!」
翌朝、さすが服飾専門でやってるだけあって理想通りの物がきた。注文品を見てにやにやしてると、オリアーナが不思議そうにこちらを見上げている。
「チアキ、それは?」
「ふふふ、この世界にはないだろうからねえ」
サイズもちょうどいいし、材質もいい。
一日家に引きこもってゲームしたりアニメ全話通す時はこれを着るけど今回は用途が違う。学生時代を思い出すな。
「ふむ、登校まで時間あるし。オリアーナ付き合ってくれる?」
「はい?」
頼んだ物を身に纏い出発する。
頼んだのはランニング用に頼んだジャージだ。
オリアーナはその姿を見て神妙な面持ちになっていたけど仕方ない。そのうち見慣れるだろう。これでも身体のラインがでない露出ないという点で作ってもらったし、想像通り出来上がっている。
あのドレスの数々を考えると、こういう服装は令嬢は着ないし望まれないかもしれないが、自分の領地内なら、いいところでお隣さんぐらいしか目につかない。
「オリアーナがこれに見慣れたら、本格的なランニング用ウェアも頼もうかな」
「チアキの世界では走る時に、そのような服を着るのですか?」
「そうだね、他にも種類あるけど」
昨日の今日なので朝の帳簿確認はなしになっていたから丁度いい。
アンナさんに少し外に出ることを伝えてジョギングをしてみる。ひとまず学園とは反対方向、往復三十分ぐらいで軽くにしてみるか。
「オリアーナ、速い?」
「問題ありません」
わんこだからか、オリアーナ自身の体力かわからないけど、速さに問題はないらしい。
一緒に付き合ってくれてよかった。彼女にも運動というものを体験してもらえる方がいい。森林浴に軽度の運動は組み合わせがいいし、なんていったって運動すればよく眠れる。回復魔法がかかるぐらいの効き目を得られるんだから。実際の回復魔法の効能と比べてみてもいいかもしれない。
「おお」
走り続けて森林を抜けると平原が続く。
風も通るし景色も良くて気持ちがいい。
ふむ、それにしても領地がこれだけ広いならこの土地何かに利用できないかだろうか。もしかしたら自然保護法みたいなものに則って、このままを維持しなきゃいけないかもしれないから、そこはよく調べておこう。
「あ、おはようございます」
「……」
案外早くに遠くに見えたお隣さんの家付近に辿り着いた。
距離はそこそこあるから聞こえてなかったのかもしれないけど、こちらを見ているから挨拶の言葉と一緒に会釈も加えとく。丁度別の道も見えたし、このへんを折り返しにして帰るとしよう。
「お隣さんってどんな人?」
「……私はあまり関わった事がありませんので、詳しくは」
分かる事は男爵家、父親より少し年上だけど子供はいない。
使用人の数もオリアーナのとこよりは少なめで、最近はあの家のご主人が足を悪くしたとかしないとか。
うん、結構な情報量だよ。この世界、私がいた世界よりプライバシー保護されてない気がしてきた。
オリアーナと話をしつつ横目に見れば、馬車が家の方向に進んで行くのが見えた。景色が変わると走るモチベーションも続くからいいな。帰りはこの道を重宝しよう。
「お嬢様」
「ただいま戻りました」
「湯浴みはいかがしますか?」
汗をかきながら戻った私を見て、瞬時に判断してくれるアンナさん有能すぎる。自室の隣で軽く入る事を希望すれば、なんともう用意してあった。私が社長ならアンナさんを秘書にする、絶対。
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「オリアーナ!」
「エドアルド」
これ、といきなりプレゼントをもらう。それを貰えば、隣で「いつももらっている茶葉です」と補足が入った。
「ありがとうございます」
「うん!」
今日も可愛いねと言いたいところだけど、そこはこらえて丁重にプレゼントを受け取る。
どうやらエドアルドのところは紅茶とワインで農場兼工場を持っているようだ。いいな、ワインも欲しいです。
「ワイン……」
「オリアーナ、お酒好きだった?」
「!」
ぐぐっと声が漏れる。
そうだ、飲めるとはいえ夕食に用意されているとはいえ、オリアーナが好きでお酒を嗜むかどうかをまったく考慮してなかった。家で当たり前のように飲んでしまっていたではないか。
「チアキ、私はお酒は好きですよ。チアキ程じゃありませんが」
「そっか、普通程度に好きなの!」
「そうなんだ?」
おっとうっかりオリアーナに語りかけてた。エドアルドが勘違いしてくれてよかった。
「それなら、今度持ってくるね」
「ありがとうございます!」
喜んでお待ちしてます、ワイン。
それにしてもこの献身ぶり、オリアーナのこと好きすぎでしょう。むしろ幼馴染ってそういうものなの?
幼馴染がいなかった私にはサブカル知識でしか分からない。リアルな幼馴染とは何かを誰か教えてほしい。
「紅茶、早速今日飲みます」
「本当! 嬉しいな!」
君が嬉しいと私も嬉しいです。
もうきゃっきゃしたい、この子と。よしよししたい。この前うっかりよしよしした時、髪の毛触り心地よかったし、なんだかいい匂いもしたし、本当よしよししたい。
「オリアーナ」
「あ、エステル。トット」
「オリアーナ、僕行くね」
「え、そう? ですか?」
「うん、また明日!」
エステルとトットがやって来て、彼は気を遣ってくれたのか颯爽と去っていった。
癒しよ、また会おう。
出来れば頭よしよししても大丈夫なぐらいキャラ変したことを許容してほしいところだけど。
「チアキ? どうかして?」
「あ、ううん」
そして二人を見て思い出す。
オリアーナが持っていた魂の入れ替えに関する本だ。それを見て二人は神妙な顔をする。
「やはり」
「どうかした?」
「王室図書館の持出禁止の書籍と同じだ」
「え?!」
「けれどこれは複製ね。原本ではないわ」
さりげなく凄い事態だよ?
あっさり話してるけど、ようは発禁本コピーが世に出回ってるてことだ。それよりも二人とも偽物と本物わかるの?
ヒーローとヒロインの立場というかスキルがすごすぎて困る。
「オリアーナ嬢はこれをどこで?」
「姉の部屋にありました。気づいたのは十年前です」
となると持ち主はオルネッラ?
何のために?
まさかオリアーナみたく自殺志願者だったとかじゃないよね。
さすがに母親と一緒に心中するわけもないだろうし。
「オルネッラがこの本持つ理由ある?」
「私の知る限りではありません」
曰く、悩んでる様子はなかったと。
事業の手伝いを始めていたけどそれも問題なく、家族間に問題もなく、学園でも問題なく。むしろオリアーナから見たオルネッラは他者に好かれる明るい女性だったようだ。
そしてオリアーナの言葉に悩むトットとエステル。
「この原本の閲覧履歴を探ってみよう」
「おう、ありがとう」
「なに、俺が気になるだけだ」
「イケメェン!」
「私はそちらの魔法に詳しい人をあたってみるわ」
「エステル、癒し!」
変わらないわねとエステル、トットに笑われる。
私は存外今の生活を楽しんでいるからな。一日のほとんどがオタク的な要因しかない世界は私にとって幸せでしかない。




