160話 けじめ
無表情だった容貌がみるみる歪んで私を睨みつける。そのひりつく感情は恨みとか殺意とか後ろ暗いものだけしか見えない。
「お前が目覚めなければ、こんなことには」
「人のせいにしないでくださいよ」
オルネッラは死なずに眠りについた。それを呪いの履行として見なせず、叔父の思考を偏らせオリアーナを孤立させた上、死に追いやろうとしたのではと推測できる。眠るオルネッラが完全に死ぬという道筋でもよかったのだろうが、この人が選んだのは当初死ぬ予定だったオリアーナ。ここでオルネッラを選んでいたら、私はここにいなかっただろうから、それはそれで運命的。あ、ちょっと熱いな、その展開。不謹慎にもそう思う。
「やはりお前が死ぬべきだった。妹にしたのは間違いだった」
オルネッラが私として起きてしまい、オリアーナも死ぬことがなかった事実が監視者にはより頂けなかった。呪いは絶対なのだから。
「お前達の母親は、すぐに二人分の死を受け入れたのに」
やっぱり母親は誑かされてるのが有力か。
母親が抵抗したら、見える未来も変わっていたのだろうかとふと思う。今はそんなこと考えてもってやつかな。
「ずっとうまくいっていたのに」
人の命が簡単に奪われていくことをうまくいくというのはどうなのか。けど、この人にとって離反した一族の死こそが仕事上うまくいくことで常識でもあるわけだから、そこは今否定しても無意味だろう。
「オルネッラが気づかせてくれたんですよ」
「え?」
オルネッラがオリアーナの代わりに馬車に乗らなかったら気付かなかっただろう。
オルネッラが事故にあったからこそ、呪いの実現に違和感を感じられた。だって、その日急に呪いの反発の対象がオリアーナからオルネッラに変わるなんておかしい。
死の対象を簡単に変えられる何かがあったとみるしかなかった。おばあちゃんにいくら千里眼があろうと、対象をわざわざ変えるなんてするとも思えないし、それにあの頃は一族離散の最中で、それどころじゃなかったはず。となると、当時一番近くにいて決定権がありそうなのはこの人しかいない。
最初からこの人だと決まっていた。こうして表舞台に出てきてくれたから、とらえることができた。一歩違えれば会うこともかなわない。
「おばあちゃんはもう諦めていましたよ?」
「……」
「なんでそこまで呪いにこだわるんです?」
「…………それしか、ないから」
本当はとっくに任から解かれていた。それでもやめずに呪いの遂行にこだわったのは、それしかなかったからだと。
おばあちゃんが亡くなっても、祖一族が離散し衰退しようとも、かけた呪いは実現し終えなければならない。それがこの人が長年積み重ねて得た価値観。
「貴方から呪いをとったら何があります?」
「……何もない」
「ご親族はあの山間で木こりしてますよ?」
「戻れるわけがない」
人の命を奪った者に権利はないと。そこの自覚はあるのか。
それにしたって、この人が現役引退するとなったら、あの娘さん筆頭の少ないであろう親族の内の誰かが継承することになるわけだから、互いに関わりありそうなのに。
なかなかどうしてこじらせているなあ。祖一族と木こりの一族は、こじらせ解消するとこからやらないと駄目だったんじゃない。
「そうですか。なら、この後はこの国の法律に則って償ってください」
「え?」
何故だと問われる。何故、今ここで殺さないのかと。私は復讐を果たしに追いかけたわけではないことを伝えた。私は答え合わせがしたかっただけで、母親の仇討ちに来たのではない。
「うーん、貴方の立ち位置って俗に言う歴史の犠牲者ってやつなんですよね。そういう話はごまんとありますけど、そこを踏まえたうえで判断するなら、裁くのは私ではなく歴史を背負った国かなと思うんです」
「……手に負えないと?」
「いいえ」
祖一族を多く殺めていたといっても、そこを私がどうこうする権利はない。叔父を扇動した事に対してボコボコにすることもできるし、私に対してしでかした未遂案件についても返す事は出来る。
でも正直、この人の積み重ねたものを法で裁くということは一番のボコボコだ。示談はない。叔父だって父の計らいでほぼ無罪で済んだから示談みたいなものだ。先日捕らえらた騎士とお姫様(仮)だって、長い拘束もなく、重い刑に処されたわけではない。
それでもこの人が納得しないなら、別の方法を提案しようか。
「というか私にとって示談で済まない法の裁きは最上級のボコボコなんですけどね……うーん……そしたら」
「……」
「正式に法に則り裁かれ刑期を終えたら、ガラッシア家に来てください」
「え?」
「正式に雇用します」
「え?」
「ご親族の元に戻り平穏に生きることを奪った上に、生かさず殺さず馬車馬のように働かせます」
いい仕打ちでしょ? と笑うと、力無く崩れ落ちた。
労働は時として地獄にもなる、なんてね。
けど、その考えは伝わってなかった。俯き気味に薄く笑っているだけ。そこには私に対する呆れが見て取れた。
「馬鹿な娘だ」
「そうですかね?」
遠く、複数の足音が聞こえてきた。程なくして警備隊が駆けつけ、力なく崩れた人物を連れて行き、十年に渡る件の事故についてやっとけじめがつけられた。




