158話 姫抱っこで追いかけっこ
格好つけさせてくれとまで言われてしまうと何も言えなかった。そういう台詞をこんな間近で言わないでよ。いい匂いに心地好い温かさに耳元を通る聞き慣れた声。今の今はだめ。
「君はそう何度も……そんなに馬車にひかれたいのか」
「それが祖一族の呪いだからね」
「馬車の方に呪いがかかってるんじゃないか? まるで生きてるように君の元へ向かってくるな」
「……ん?」
私に向かってくるのは当然呪いの為だと思っていたけど、実は違うんじゃないかという答えが出てくる。生きてるように、つまるとこ意志を持って私にやってくる。呪いが?
ディエゴの言う言葉に、そしてあの馬車を見てピンときてしまった。私は当たり前だと受け入れてしまっていたけど、傍から見ればおかしいこと。ああそうか、きっとこれが最後だ。今やらなきゃいけないことができた。
「馬車は」
私の言葉の途中で盛大な音がした。突っ込んできた馬車が交差点を曲がり切れずに街灯に突っ込んで大破していた。
「危険だ、離れよう」
「待って」
警備隊に任せればいいと、私を抱えたまま離れようとするディエゴの服を掴んで止めた。訝しむように眉根を寄せて私を見つめるディエゴは私が何かをしたいと悟ったようだった。
「どうしたい」
「追うの」
「え?」
よくよく目を凝らせば、あがる煙や粉塵の中から不自然に離れていく人物を捉えた。
やっぱりいた。
「ディエゴ、あれ、あの人」
ディエゴはすぐに私の指し示す人物をとらえた。
「追いかける」
「え、ちょっと」
私を抱えたまま走り出した。おろしてくれていいのに。一緒に走るにしようよ、もう。
「このまま走ることないでしょ!」
「離したら君を見失いそうだから駄目だ」
姫抱っこして全速力で走るってどうしたら出来るのというツッコミは後だ。
さすがの不安定さに仕方なくディエゴの首に腕を回してしっかり掴まった。ちょっとここからシリアス入りそうなのに、こんなことに動揺してる場合じゃないぞ、私。
「離すなよ」
「うぐう」
うわあ近いのきつい。
ディエゴが抱く腕に力を入れるものだから、より密着した。恥ずかしさに変な汗でそうな私に対して、彼は少し嬉しそうだった。大事なシーンだから不謹慎だと訴えたいけど、自分の今の内心を考えるとディエゴには何も言えなかった。
「ディエゴ、あっち」
「素早いな……」
目的の人物は人混みの中を綺麗に縫っていく。逃走に慣れているな。けど、逃走するということは後ろめたい何かがあるということ。私の考えの通りなら、今ここで捕らえないとだめ。
「え、ディエゴ?」
急に道を外れる。だいぶ人も減ってきて、きちんと目に入る圏内になったから、追いかけやすくなったのに。
「大丈夫だ、信じてくれ」
「う、うん?」
なにその世界的アニメのヒーローみたいな台詞と匂わせ方。
声に出してツッコむことも出来ず、そのまま走り続け、程なくして狭い路地の行き交う裏通りに入ってきた。
「よし、予想通りだ」
「え?」
角を曲がると行き止まりで、しかも追ってた人物が立ち往生していた。
「すご」
「よかった」
ディエゴは相手の行き着く場所に予想を立てた上で先回りしたのか。この様子だと何かアクションを起こして意図的に道を誘導していた可能性もある。ちょっとディエゴもスーパーマンなんじゃないの? そこまで出来る?
「チアキ」
「ん、ありがと」
ここにきて丁寧に私をおろしてくれた。そういえば人一人抱えてよく走ってられたな。いくらジョギングを毎日して基礎体力作ってたとしても、少し息切れする程度で終わるの?
「ま、そこはおいとこ」
「……」
追いかけていた相手はディエゴと違って大きく肩を上下させていた。こちらは私のよく見る体力ないタイプ。この世界に来た頃よく見た光景だ。
「どうも」
「……」
私が一歩踏み出すと、相手は魔法を放つ所作に入るが、すぐにそれを阻まれる。ディエゴだ。
「ディエゴ?」
「一時的に魔法を使えなくした」
あれ、それいつぞや私がやったやつ?
アシストがタイミング良すぎるのだけど。このまま刑事推理ものの相方とか出来るよ、それか仕事的な意味で秘書にしたい。
「逃走防止に追跡もかけているから、万が一離れても問題ない」
「ありがとう」
用意周到だな。
ふとオリアーナが浮かんだ。見えていた故に、ディエゴに何かしら言っていたのかも。いくらディエゴが出来る子で察することができて先回りもできたとしても、こんなスムーズにいくにはあまりにも先見の明すぎる。
「なら安心して、じっくりいくとしますか」
「……」
「やっとお会いできましたね、帽子とってくれません?」
「……」
観念したと、いうことだろうか。
ゆっくりした動作で目深に被っていた帽子を取り払う。
「チアキ、これは」
「……」
ディエゴから驚きの声が漏れるのは仕方なかったと思う。彼は私と一緒にいたから目の前の人物の容貌についてはよく知っている。
「十年ぶりですね、オルネッラがお世話になりました」
私の嫌味にはまったく反応しない。私自身がオルネッラで、変質してここに戻ってきたことも、おそらく知っているはずなのに。
いやそもそも話をするつもりもないのだろうか。
「チアキ」
「簡単だよ、ディエゴ。消去法でいったら、この人しかいないから」
「……」
「ね、御者さん」
十年も経てば新人じゃないだろうけど。
私の言葉に目の前の人物の帽子を握る手に力が入った。




