145話 チアキこそツンデレというものではないですか
「ふふんふんふふ……」
有名アニメと同じ音色で鼻歌を奏でていたら、側にいたオリアーナがじっと私を見てきた。
「オリアーナ?」
「楽しそうですね」
「うん?」
「やはり……」
と、そこから言葉が続かないオリアーナ。隣のエドアルドがにこにこしてオリアーナを見てるから問題ないやつかな。
「チアキ」
「エステル、トット」
いつもの中庭に集合してくる。あ、今日も壁ドンしてもらおうかな。いや、ここはお姫様抱っこに進もうか悩むな。あ、顎クイまだだったわ。
「チアキ、顔が」
「今はいいじゃんか」
公共の場だけ頑張るから許してとオリアーナに言うけど、あ、壁ドンをオリアーナとエドアルドにやってもらうのもありだな。オリアーナ断りそうだけど粘れば、そう粘れば叶う気がする。
楽しい妄想に一人うはうはしていると、エステルが周囲を見て小首を傾げていた。
「あ、ディエゴは従妹のお嬢さんの帰りを見送ってるところだよ」
「そうなの」
それなら、とエステルは私の側にやってくる。あ、眩しい。というか、そそっと私の側に来て座って来るとか可愛いすぎか。相変わらずいい匂いですねえ。
「エステル?」
「ねえ、チアキ」
オリアーナがさも当たり前のように紅茶をだしてくれる。この子出来すぎくんだよ、嫁にしたい。いやもう心の中では嫁なんだけど。
「チアキの幸せに、チアキ自身にお相手がいるというのは含まれているのかしら?」
「お相手? 恋人ほしいかってこと?」
「ええ」
エステル自ら恋バナ振ってきた。やだ、ちょっと我が家で川の字になって寝ながらやろうよ。いつでも私はウェルカムだよ。オリアーナも一緒なら本当に川の字だし。
「あまり考えたことなかったかな。向こうの世界でも友達に恵まれてたから(オタク的な意味で)、彼氏ほしいって感じじゃなかった。まあお付き合いはしたにはしたけど」
「それはお相手がいても良いということ?」
「どちらでもってとこかなあ、今は」
食いつきがいいな、エステル。いつの時代も世界でも恋バナは女性の好きな話か。オリアーナはたまにあったけど、エステルが恋バナって珍しいかも。貴重なので、脳内シャッターも余すことなくきらないとな。
「この世界、自由恋愛ありだよね?」
「ええ。勿論、爵位を気にする家もあれば、許婚や婚約といった制度もあるわ」
「トットとエステルもトゥルーエンドを経て婚約だったもんね」
「ええ」
王道でいいエンディングだった。エンドロール後には結婚式を出してくれて、往年の少女漫画顔負けの仕上がり。イケメンに美女はなにしても映えるし。
「けれど、チアキ」
「なに」
「貴方はガラッシア公爵家の令嬢として、しかるべき相手を見つける必要があるのよ?」
「なにそれ、貴族習慣?」
「ええ」
あるだろうとは思っていたけど、それを回避できる自由はないというの。
「家のことはオリアーナに任せて早々に隠居しようかと思ってたよ」
「それは困ります」
「大丈夫オリアーナ。ちゃんと引継はするよ!」
「そうではありません」
不服そうに眉根を寄せるオリアーナ可愛いな。
トットが事業を引き継いで引退するには早すぎるのではといってくる。まあ王という生涯現役の御役目を背負うトットには早期退職はない考えか。
「早期退職してもいいかな、なんて」
「この世界では早期退職はあまり見ることがありませんし、それにあまりに結婚の話を放っておくと勝手に相手を決められてしまう可能性もあります」
「え、勝手に?」
「今、チアキの周りには、王陛下やネウトラーレ侯爵夫人といった有力な後ろ盾がいます」
確かにこの事業拡大にあたり、有力な爵位持ちとはだいぶ仲良くなった。
「そちらから話がくる場合もあるでしょう。ガラッシア家より有力な家の方々からの紹介であれば、私達に拒む権利はほぼないようなものです」
人柄云々よりも、社会的な立場で断れないのか。けど、あの人たちはたぶん最初こそは私に選択権をくれるんだろうな。それはさておき。
「そうね、オリアーナの言う通りよ。そういう交遊関係から見合った男性を決められる可能性もあるわけ」
「そういえば、総司令が騎馬隊の若手はどうだろうかと話していた時があったな」
「うげ」
トットが恋バナに首突っ込んできた。いや、その言葉は非常に私に有益な情報なんだけど。
「さすがに結婚するにしたって、勝手に決められるのは嫌だな」
「そうね、チアキはそう言うと思っていたわ」
「あれ、でもチアキはディエゴとお付き合いしてるんじゃないの?」
「ぶふっ」
エドアルドがぶっこんできたぞ。なんで付き合ってると思ってるの、この子。可愛いから許すけど。
「エドアルド、ディエゴとは付き合ってないよ?」
「え、あれで?」
「でもチアキも彼が好きでしょう?」
「オリアーナ、昼間からぐいぐいくるね……違う、それは違うよ」
「そんなはずはありません。先日チアキは、」
「待った。違う、違うんだからね、オリアーナ」
それは言わせない。
好きになっちゃったんじゃないの、とは思った。でもそれは一時的なナチュラルハイによるテンションの齟齬だ。免役落ちたところに抱きしめられて、ぐいぐいきたから戸惑ったこれにつきる。冷静になった今の私ならわかる。先日は正常な判断が出来なかった、それだけだ。
気まずかったのは、ディエゴと別れた後にオリアーナに見えてしまった事。その時だけ見えていたら、勘違いするに決まってる。
「……チアキこそツンデレというものではないですか」
「え、オリアーナ、なんて?!」




