138話 私の大事なわんこに何をしてるわけ
「これが自由!」
「チアキったら失礼よ」
「分かってるって。しかしツンデレ成分は補充したいしな」
「それでチアキ、これでいいのか?」
「んと、トットの右腕がもう少しエステルより。そうそう。いいね!」
お姑がいない今、私はエステルトットに壁ドンをしてもらい、それを眺めて癒されている。こんなことしてたら王太子殿下になんてことをと言われかねない。当人たちは乗り気だからいいじゃないと思う。
「壁ドンはやはり横から見るに限る。エステル、頬を染めて」
「こうかしら?」
「げへへへへ」
てかできるの。自由自在に頬を染められるエステルすごすぎじゃない?
神よ、きちんと私に壁ドン用意してくれてありがとうございます。
「げへへへへ、へ、へええー……」
「チアキ、疲れてないか?」
「……毎日知らない男性から突撃くらってればね」
ディエゴが一緒に走らなくなって、というか私の隣に立たなくなってから、二週間ぐらいが経ったかな。ディエゴは学園を休む日もあったりで、まともに会って話をしていない。あれだけの突撃をしてきたディエゴなのだから、可愛いお嬢さんに夢中になったなら、とことん突撃してるのだろう。想像にかたい。おいしいな。
「テゾーロ、おいで」
側にいる飼い犬に声をかけると、きちんと言葉をわかってて、しっぽふりながらやってくる。もふもふに癒されるとしよう。
「ふっかふかですねえ」
私は自由になった。
けどその分見知らぬ男性にやたら声をかけられる。告白に呼び出されるのも増えた。件の社交界のことがあって一時的なムーブメントが起きてるにしろ、さすがに断り続けるのはエネルギーがいる。
「もっとまったり癒しを堪能したい」
「やはりソラーレ侯爵令息がいる方が良いな」
「ディエゴいると自由が」
「しかし見知らぬ男性からの呼び出しは減るのではないのか?」
「なんで?」
「え?」
「え?」
トットが瞠目して言葉を失った。え、いつでも実直で頭の回転早いトットがこうなるって、私そんなひどいこと言ったの?
エステルが首を振ってチアキはわかっていないわとトットに言っている。私なにか言ったの、普通の会話のつもりだったよ。
「ディエゴは今素敵な女性がいるんだよ。青春中なんだから、ここにはもう来ないと思うよ」
「オリアーナから聴いたわ」
「話が早い」
見たところ年下の明るく可愛い、まさにお嬢さんという感じの子。爵位もあるのだろう、姿勢や仕草に品が感じられた。
なにより普段女性と積極的に関わる方でない彼が心を開いている様子まで見せた。ここが大事。
「イベントあったら影から見て癒しを貰いたいな」
「覗き見は良くないわ」
「えー、ディエゴみたいなこと言わないでよ」
するりとテゾーロが離れていく。オリアーナのとこにでも行ったのかな。
「そもそも学園の子じゃないから、ここに来ないかな。前の時、もっと早くに見つけてればよかったよ」
「チアキ……」
「なに、エステル」
あきれた様子で私を見ている。なんだ、お姑がエステルに移譲したとかじゃないよね。エステルは私にガチ甘で常になんでも許してくれるって信じてる。
「チアキ、そろそろ時間じゃないのか」
「あ、そうか。行ってくる」
今日も今日とて呼び出しを受けている。名前も顔も知らないどこぞの伯爵令息さんだったか。郵便で届いた釣書の中の一人だとオリアーナは言っていたな。お断りしたのにめげずによく来るなと思いつつ、オリアーナの記憶力に感心感嘆だよ、よく覚えてるよ。やっぱ天才なんじゃん、その設定熱いわ。
「面倒だなあ」
足取り重く向かう先は、かつてディエゴに逆ドンをやらかした思い出の場所だ。
角を曲がろうとしたところで、聞き慣れた声に力が入る。
「テゾーロ?」
飼い犬の声は明らかな威嚇だった。滅多に鳴かないから数えるほど吠えただけでも珍しい。自然と足早になった。
「この」
曲がりきったところで見たのは、魔法で攻撃をされて間一髪避けた私の飼い犬の姿だった。威嚇とは違う怖がる時特有の声をあげる。すうっと身体の温度が変わるのがわかった。
「今何した」
思っていた以上に低い声が出た。その言葉に魔法を放った男性が驚いたようにこちらを向いた。
「ガラッシア公爵令嬢、来てくれた、」
「今何をしたかきいてるんだけど」
「え?」
テゾーロを庇う形で見知らぬ男性と向き合う。テゾーロは私を見てきゅうきゅう言ってる。おのれ、このわんこは名前通りオリアーナにも私にも宝なんだからな。
「テゾーロに何したの」
「え、あ、君の犬か」
「応えてくれる?」
「いや……」
途端言葉を濁す。気まずさ見えるその表情、そんな顔するならそもそも最初からちょっかいださなければいいのに。
「この子はきちんと躾してるから、威嚇することは滅多にない。相手から何かされない限りはね」
「いや、その」
「私は君がテゾーロに向けて魔法を放ったのを見たけど、その前も何かした? てか、したんだよね」
ぐぐっと言葉を詰まらせ、次に奴は決定的に私がキレる言葉を紡いだ。
「ちょっと目について、軽く風を当てただけで」
「……へえ」
私の顔を見て冷や汗を流し、顔色を悪くする。だったら最初からやるなと、大事なので二回目を心の中で呟いた。




