116話 隣で眠るのはずるいらしい
けど私はこの時、彼の分まで食べた事を後悔した。
そう、私には食後も書籍を読んでは書き写し、疑問点を照合し解決していく大事な任務があったのに。
これがかつて仕事をしていた時なら、自分自身にセーブをかけていたはずだ。そういうとこは昔の私、自分の事をわきまえてたにも関わらず、今の私は美味しさにかこつけて完全に食べ過ぎていた。そう、つまり、食べ過ぎるという事は消化に時間とエネルギーが必要になるということであり。
「ねっむ……」
「図書館で眠ると注意を受けるぞ」
「分かってる」
「目を瞑るな、起きろ」
私駄目なんだよ、昼食べ過ぎると眠くなるタイプなんだよ。
昼寝、シエスタしたい。ほんの十五分でいいから。
文字が見えない、というか、視界がすでに霞んでいる。この図書館の環境も適度に心地いいから尚更きついというか。はい、アウト。
「だめ、むり」
「え?」
ディエゴに寄りかかる形で、体を預け、頭を寄せたら、突然の事に彼はびくりと肩を鳴らした。
「チアキ!」
「十五分でいいから寝させて……」
「だから駄目だと」
学園の講義ではうっかり寝た事はない。それもこれもオリアーナとしての体面やら外聞があったからだ。私自身がよしとしても、いつしかオリアーナが本来の身体に戻る時の為に、なるたけ品行方正に、そう、クールにと振る舞っていた。うまくいっていたかは別として。
そして今この場所は学園の生徒もいないし、見てるのは事情を深く知ってるディエゴだけだと思うと、かなり気が緩んでいる。
この緩さについて、彼はいい顔をしないだろうけど、この程度なら許してくれるんじゃないかという甘えもある。そこは認める。だから許して、寝させて。
「うまくばれないようやって」
「はあ?!」
こう、うまく隠してくれればいいから。と、そのまま目を瞑れば、ディエゴがますます切羽詰まった声を上げた。
ここ最近あれだけ私に抱き着いてきておいて、私が彼を枕代わりにする事に動揺するってなんなの。それとも注意されることがそんなに嫌なの。真面目だもんな、ディエゴ。
ああ、だめだ。今度こそ意識飛ぶ。
「いい加減にしてくれ……」
絞るような声が最後に聞こえた。
「……」
「……」
ディエゴのおばあちゃんもディエゴぐらい私への好感度高ければ簡単なイベントなのに。
あれでも待って、私どこでディエゴの好感度あげたっけ?
私はオルネッラの話題を出してツンデレを堪能してただけだ。彼が叔父の件の時のことを言うなら、特段あの時触れ合うイベントはなかった。あ、私が彼の手を蹴ったか。
「チアキ」
遠くでディエゴの呼ぶ声がする。まだ起こす事を諦めてないのか。
無駄だ。十五分と言えど、シエスタに入れば、私はそう起きない。二度寝と昼寝は私がここだという時間でしか起きないのは、あっちの世界では周知の事実だった。そこは鉄壁だったとも。
あ、こっちではそんな話、一度もしなかったな。
「くそ……ずるい」
また侯爵令息らしからぬ舌打ちが聞こえた。ディエゴってば私に口酸っぱく言ってる割にってやつ。私が言えたものじゃないから何も言わないけど。てか、ずるいっていうならディエゴもシエスタすればいいのに。
そうこうしている内に、さらに一つ眠りの深いところに来た。ここを通り過ぎれば、あとはもう目覚めるだけだ。
「……」
ディエゴの声はもう聞こえない。というか、あれは本当に彼が喋っていたのものだろうか。浅い眠りであれば、夢やら過去の記憶やらがまじっているに違いないから、本来は静かに眠る私とうまく私が寝ているのを誤魔化すディエゴの図が現実にあるはず。
するりと意識が上がる感覚で目が覚めるということが分かった。
「……」
「……起きた」
「……」
「ありがと、ディエゴ」
「……」
有言実行、十五分で起きた。
見上げたディエゴは案の定不機嫌だった。こちらを見てこないけど、相当な睨みを利かせて正面を見据えている。誰もいないけど。この気迫見たら、たぶん近寄らない。
あ、なるほど合点がいく、彼はばれないようにうまくやるために、そもそも人を寄せ付けなかったということ。
「ディエゴ、人避けはもういいよ?」
「……君は」
「ん?」
「いやいい。早く読まないと日暮れまでに終わらないぞ」
「ああ、そうだね。頑張る」
相変わらず分からない事はきちんと教えてくれるし、私の隣の席は死守するという可愛いところに変化はなかった。そしてシエスタのおかげで私の作業効率はぐんとあがったのは言うまでもない。やはりシエスタ制度は導入すべき。今度シエスタについて科学的根拠と実績を出して提唱してみよう。
「ディエゴはおばあちゃんに似てるよね」
「御祖母様に?」
「真面目で頑固でツンデレなところが」
「それは褒めているのか?」
「うん」
ディエゴは考える素振りをして、その後、それはチアキにとって良い事かときいてきた。
勿論とはっきり応える。それは癒しだ、尊さだ、私にとっての供給だ。悪い部分は微塵もない。
「なら、いい」
少し嬉しそうに目の色を変えた当たり、本当に可愛いなと思う。
さすがに図書館でうわああかわいいいとは叫べないので、そこはぐっと堪えた。誰か私を褒めてほしい。ツンデレのデレがこういう形ででるのもまた一興。さっきまで睨みを利かせてツンってたから、尚更効果割増しだよ。天然ものはこれだからけしからん。
「ほら、手が止まってるぞ」
「おっと失礼、頑張ります」
「適度にな」
「はーい」
伸ばすなと相変わらずのお姑ぶりを発揮しつつ、彼もすぐに手持ちの本を読みに入った。
私も真面目なディエゴを見習って読み込みと纏めに入るとしよう。
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「よし」
そうして決戦日がやってくる。
神よ。最大限努力するので、おばあちゃんのデレを見せてください。




