113話 人の頭の中覗かないでください
「随分平和な中身をしているね」
「ちょ、人の頭の中覗かないでくださいよ」
「後ろの小童ぐらい驚いてよいものを」
後ろにはディエゴが控えている。
そんな驚いた様子はなかったけど、おばあちゃんの言う通り、心の中ではだいぶ驚いているのだろう。可愛いものだ。
「認識ねえ」
「随分甘く、軽く見ているようだね」
「いまひとつインパクトに欠けません?」
「お前の求めるものはないに等しいよ。そもそも認識への理解が低い」
「勉強し直しまーす」
後ろのお姑さんに、名を呼ばれ窘められる。語尾のばしは相変わらずダメらしい。
認識の話っていったら、哲学な話から始まるのに、そこから勉強し直しって結構きついものがあると思うけど。この世界、検索エンジンないし。気軽に知れると思うなよ。
それを分かっているのか、目の前のおばあちゃんは溜息を吐いた。自分をボーダーラインにして、レベルを引き上げられるのは勘弁してほしい。
「私達が古から続く魔法使いの祖である事は知っているね」
「はい」
「一族が虐げられた歴史から、我々がこの山から出るのを禁じていた。出て行く者には制裁を与えるとも決まっていた」
「その制裁が呪いですか?」
「お前たちはそう言っているね」
だからオリアーナの祖母にあたる当時の若い娘にも制裁を与えたと。
それは二世代に渡って死を齎すものとして下され、その子供にも死の呪いは引継いだ。時限式の魔法。一定年齢に至った時に死ぬ魔法。
「私達の世代は?」
「そこまで血が薄くなれば用はない」
「用はないというのは?」
「王族に知られ、一族虐殺の危機がなくなるという意味だよ。力が弱い」
門外不出のような囲われた生き方を余儀なくされていたのは、強い力の持ち主である事を知られないようにする為だと言う。建国史を読まないとわからないけど、この山間部にいる時点で凄惨な出来事は散々あったのだろう。
それに、ここまで見えていては、予知と言うくくりでは些か知りすぎている。この世界の常識となっているラインを超えた力を有してるということだ。異質さは時として差別を招く。それが魔法使いの祖の歴史。
「文明によって滅ぶよう仕向けたが、お前の母親は随分抵抗したね」
「文明? それが馬車事故で死ぬってことですか?」
「お前がそう思うなら、その通りだよ」
そもそもどうして時限式にしようと思ったのか。
ここから出てはいけないルールを設けているなら、出ようとしたら時点で死の魔法をかければいいだけなのに。
「より強力な戒めが必要だったのさ」
「相変わらず私の脳内覗いてますね」
「すぐ死を迎える事は、ここから出ようと思わないようにさせる事が出来る。が、それよりも出てから凄惨な死を迎えれば、この地を離れる事に対して、より恐怖が増す」
「そういうものですかね?」
「一族の者しか分からぬ話さ」
「けど、そういうことしてる間に一族離散しちゃってたら意味ないと思うんですけど?」
山奥へ行くのも、死を覚悟した上で王都へ下るのも早すぎた。なら祖母に対して、もっと手早く見せしめできたのではないだろうか。それを敢えてしないまま、時間差で呪いを吹っかけていたのは何故。
自嘲気味に魔法使いの祖は笑っていた。私の言う通りだと言って。
「いい加減、私も疲れたのだろうかね」
「はあ……」
「無駄に長く生きるものじゃない」
それ以上は語ってくれない。当人たちにしか分からない事情もあるだろうけど、教えてくれるところとそうでないところがあるのもわかってはいたけれど。
「お前の母親は未来を変えた」
「叔父の呪いを解消したことですか?」
「ああ、力はないのに、そこだけ何故か成し得た。その時点で私は諦めたんだよ」
「呪いのことですか?」
「それもあるが、一族にというのが正しいだろうね」
現状維持をしたかったけれど、それが成し得ない。一族が離散していくのを受け入れるしかなかったと、諦め肩を落として語る老婆に覇気はない。
けど、オリアーナの母親とて目の前の人物と同じく、覇気をなくし自身の死を受け入れていた。
「叔父の代わりに何度もオリアーナが死んだんですよ」
「お前も随分抵抗した甲斐があって今があるじゃないか。妹が死ぬ事がなかった、それでよいのだろう」
「けど、叔父の呪いを解消した時点でオリアーナにそれがいくのも納得がいきません」
「呪いは絶対だ。それでは不満か」
「ええ、フラグ的にはおかしいじゃないですか」
呪いがうつったわけでもないのに。魔法が時限式だから、反発も時限式なのだとしても、何故オリアーナだったのか。そして今日この日を迎えるルートだけ、オルネッラが犠牲になる事で死の呪いが認められたのは何故か。
「そんなもの、自分で決めればいい」
「決める? また認識の話に戻ります?」
「ふん、本当の予定外はやはりお前だったようだね」
「一人納得しないでくださいよ」
「もうこの国を脅かすと言われている一族は潰えた。呪いの履行もない。それで満足だろう?」
「あ、うん、そこじゃないんですよ」
呪いがない、一族が国を潰すわけでもない。これが分かれば、ディエゴのとこのおばあちゃんは納得するかもしれないが、精々そのぐらいだ。
オルネッラが異世界転移をしたことが、私が乙女ゲームをプレイしていたことだったことと繋がるなら、それも認めていいとは思っている。




