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クールキャラなんて演じられない!  作者:
2章 神よ、感謝します。けど、ちょっと違う叶ったけどちょっと違うんです。
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110話 目の前の山に登る

「まさか、君と、山を、登る、なんて、」

「馬車通れないしね。てか息上がってるけど大丈夫? 山登りなんてしたことないでしょ」

「いや、問題ない」

「まああれだ、苦しいのは歩き始めの十五分ぐらいだから、もう慣れてくる頃だよ」

「ああ」


 あまり整備されてない山道を登っている。

 獣道ではないけど、人が行き来したような僅かに道に見える道をすすんでいるけど、これもそろそろなくなるだろう。

 そもそも登山するならソロでやりたい。あの自分と向き合いながらも、自分のペースとリズムで苦しみを感じつつも登りたい。でもさすがに整備されてもいない無法地帯の山を登れるほど、登山の経験はないからな。


「ディエゴのは予想の範囲内だけど」

「ああ、夫人か」

「私よりスーパーマンじゃん」


 さて面白い面子で登山をしている。

 私とディエゴ、案内役はなんとネウトラーレ侯爵夫人、そしてそのお付きの人々。

 登山なんて縁のない世界でネウトラーレ侯爵夫人勢は慣れた様子で軽々と進んでいってる。もちろん魔法は使っていない。ここ超人しかないないの?


 登り続けて数時間、汗もなくもちろん息切れもない夫人は、少女のようにきゃっきゃして生き生きと私達に話しかけてくる。


「こちらで休憩しましょうか?」

「はい」


 案内役を買って出てもらったとはいえ、ずっと先を歩いていた夫人の足取りは完全に自分の庭を歩くような軽さだった。しかも提案された休憩場所の素晴らしい事。開けた場所、日も当たり、見晴らしもいい。近くに渓流もあり良い場所だ。


「ガラッシア公爵令嬢、水場には近寄らないよう」

「なぜですか?」

「ここは管理の行き届いてない地。故に攻撃性の高い水性生物が棲息してる可能性が高いのです」

「へえ、ありがとうございます」


 従者さんも紳士でイケメン。息も上がらず平然としてる様は、なかなかシュールだけど。侯爵夫人とこの雇われ条件厳しそうだな。山を平気な顔で登れる人ってそういないよ。


「ディエゴが一番登山らしくていいね」

「そうか?」


 汗を軽く流しながら水分補給、これよこれ。もちろん平然と登るのも格好いいけど、運動後の汗と飲みっぷりのいい水分補給はセットだ。


「非常に順調だわ。予定通りよ」

「はーい、よかったでーす」

「チアキ、返事を伸ばすな」


 ネウトラーレ侯爵夫人は気にしてないからいいじゃないと言っても、ディエゴはいい顔をしない。お姑さんは相変わらずだな。今の夫人は完全に登山女子モードになってるから、たぶん社交界ルールの適用はない。むしろ同志として共に登山を極めるのが正解と見た。


「嬢ちゃん」

「おや戻ってきたんですね」


 まったりしていたら、叔父管轄の今や地方流通と建築のプロフェッショナルが戻ってきた。さすが元山賊、山は勝手知ったる庭みたいなものだろう、私達の倍は動いていて息があがっていない。挙げ句危険な場所は避けてくれるし、用心棒にもなるこのマルチな仕事ぶり。有能すぎ。


「この辺一体問題ないぜ」

「ありがとうございます」

「けどな、一応目的地見たが何もないぞ」

「かまいません。行くだけ行きます」

「へーへー、精々俺らをうまく使ってくれ」


 私達はネウトラーレ侯爵夫人の元、辺境地で宿泊を伴った事業研修を行っている。あくまで表向きの名目は。

 実際は母の故郷を訪れるためにネウトラーレ侯爵夫人が取次いてくれたにすぎない。叔父のとこを経由して行ったものだから、叔父は面白いぐらいのリアクションで驚いていた。

 馬鹿を言うな止めろと何度も言ってたけど無視して今登山をしている。叔父の怯えようを鑑みると呪いのことは叔父も知っていたということだろう。母が取り払っても未だ怯えるのは、私かオリアーナが死んでないからか。もっとも、この話を叔父としてる場合ではなかったので、呪いのことなら大丈夫ですよと軽く言って去った。


「事業はどうです?」

「お陰様で仕事が切れる事はねえな」

「なによりです」


 建築免許と王族印の通行証、そして実績が伴ってきたので、仕事の契約が上手くいきやすい様だ。急拡大してるなら初期投資した甲斐があったものよ。こちらが大元運営をしているので、運動施設に関しては充分にお金が入ってくる。それ以外の建築については、あちら任せあちら収入だけど、それもぼちぼち手を出し始めてるようだ。素晴らしい、お金稼ぐの大事。


「侯爵夫人」

「どうかして」

「貴方と母の関係について、教えてもらえます?」

「あら」


 なんでも分かった感で、用意まで周到で今回の登山に臨んでいる当たり、一枚噛んでいるのは分かる。けど、ここまでしてもらう程、夫人とは交流もないし恩義もない。他に理由があるのか、それ以前に呪われた血について何か知っているのではと思って聞いてみる。


「私の家はね、代々山間部の少数民族が山を下りてきた時、生活の支援をしているのよ」

「ん?」

「貴方の祖母、勿論母方の。その子がとある爵位のある者と一緒になりたいと山を下りてきた時に、手引きをしたのが私の一族」


 山間部には少数民族がいくつもひっそりと暮らしている。王陛下は当然それを知っているし、認めてはいるけれど、それだけだ。争いにならないだけで、ようは王都へ居住を移そうとした場合の支援はない。勿論、少数民族ともなれば、王都住民からすれば異国の民と同義、偏見やらもあり生活が成り立たない事も多々あったそうだ。

 それを少数民族ということを伏せて、さりげなく馴染み、当たり前に生活できるよう支援していたのがネウトラーレ侯爵家。同時、少数民族の中でも山間部居住地から出る事をかたく禁じている民族についても、安全にこちら側へ連れて出て行けるようにするのもネウトラーレ侯爵家が行っている事だと。


「そんなに生きづらいんですかね?」

「そうか。チアキは建国史について、まだ浅いんだったな」

「なんぞ?」

「少数民族の中でも、魔法使いの祖と言われる一族は一時、王都を危機に陥れたとされている」

「ちょ、」


 待って、それちょっと何。ファンタジー洋画の王道じゃない。

 そしてその一族が母方の血であると。なんてことだ、そういう設定どこでいかす? 今から私ものすごい魔法の力に目覚めちゃうんじゃない? 大地とか割れちゃうんじゃない?


「貴方は自分で確かめるのでしょう?」

「そうですね」

「なら先を急ぎましょう」


 けど道のりは存外遠い。

 そもそもこの国、隣国との間に連なる山々が異常にある。

 隣国へ領土拡大とか戦争とかそういう物騒な話の前に、山をどうにかしないと駄目なやつ。これだけ広大な山々があるなら、いくらかの少数民族はひっそり生きていけるだろう。

 そしてここにあの魔法使いの祖一族が追いやられたと。確かに深追いできないし、生き残りがいてもおかしくない。


「にしても、富士山レベルの備えしてきてよかったな」

「ふじさん?」

「気候も安定してるし、夜も冷えないとか、なかなか山常識覆してるよね」

「?」


 ひとまず黙って一杯のコーヒーを飲もうじゃないか。

 登山における無言の贅沢、たまらん。


「目の前の山に登りたまえ」

「すでに登っているが」


 ああもう情緒がない! ウイットに富んだ返しがほしいです、神様。

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