もう〝 〟しかいない
目を開ければそこに君がいる
安堵し、心安らぐひとときを得る
僕は、眠ることが怖い
まぶたを閉じれば君がいなくなる
たった一つの誰もが行う行為が僕にとっては死に誘われる程に怖いもの
熱を帯びた君の体に触れていなければ僕は眠ることもできず、夜道を彷徨い歩くだろう
生きていく上で必要な睡眠と仕事
この二つの行為は僕にこの上ない苦痛を与える
生活に必要な資金を得るために
君との時間を充実させるために
君のいない世界に身を投じ、耐えがたい苦痛に耐えながら、労働する
至極当然の行為が僕にとっては地獄と同義だった
目を閉じ君が僕の視界から居なくなる
それだけで恐怖する僕が
君の側を離れ、遠い勤務地に赴き、長時間働く
ありえない
この耐えがたい苦痛の渦に飲み込まれなければ僕は君との時間を守ることができない
「おはよう」
そのたった一言が僕の世界を穏やかに彩る
君の声には僕を柔らかく包み込むようなに優しさに溢れている
「おはよう」
僕の世界もこの世界に生きる人も
全て視界の中で起きている事が全てだ
そこを抜け出して起きたことは
肉親だろうと恋人だろうと親友だろうと
どうしようもない絵空事
だからこそ、僕は僕の世界と君の世界が重なることを望んだ
一瞬でも離れてしまえばもう届かない
そう思えるほどに僕は君との別れに恐怖し焦燥し悲壮する
だから、君はずっとここにいてくれればいい
そう、願う
その願望に彼女は気づいている。
「ねえ、本当にこのままでいいのかな?」
「何か不安があるの?」
「私はあなたの苦しむ姿を見たくない」
「僕は君といる時間が幸せだ。苦しいなんて少しも思ってないよ」
「うん、私といる時はそうだよね。あなたの気持ちは私の心にちゃんと届いてる」
「なら、何が不安なの?」
「仕事先で貴方が苦しんでることだよ」
僕の心の中にある負の感情は隠しきれずに君に伝わっていた
「仕事は確かに楽しいことより辛いことが多い。けど、帰りを待つ君のためなら、なんて事ないよ」
嘘だ
本当は耐えがたい苦痛が心を引き裂いている
「それでもダメ」
「何がダメなの?」
「あなたの世界に私以外がいる
それが許せない
仕事をしている時、あなたは私以外のことを考えてる
その間、あなたの世界に私はいない
それがどうしようもなく私は許せない」
「そう……だね
確かにその通りだ」
僕の目に涙が滲む
彼女の心が僕の心を満たし潤していく
「変だよね?私」
「いや、君が正しい
僕も僕の世界に君以外がいることが許せない」
「ありがとう」
どこまでも強くなりゆく愛を育み過ごしてきた時間
それは同時に、かけがえのない思い出を積み重ねてきた時間でもある
君と出会ってから、これまで可能な限り君と居続けた
それでも、まだ足りない
確実に君と僕の世界は重なりつつある
でも、そこには異物がある
取り除かなければ、君と僕だけの世界は完成しない
なら、どうする?
現状のままでは、何年何十年過ごそうがこの異物はなくならない
「ねえ、私怖いよ
いつか私じゃない別の人があなたの世界を支配するかもしれない
そんなの絶対に嫌」
「僕もだ
僕の世界に君以外がいることを許せない」
これからどれだけ2人の世界が重なったとしても、
どれだけの時間を過ごそうとも
いつか訪れるであろう終わり
その終わりの時、愛が色褪せていることはあってはならない
なら、どうすればいい?
どうすれば逃れられる?
どうすれば抗える?
どうすれば、どうすればいい?
「このままじゃいけない」
「ドラマや小説によくある2人で死を選ぶ?」
「ありえない」
君とこれから築く時間を捨てる行為
ありえない
「なら、いつか終わりになるまでこのまま過ごす?」
「それもダメだ」
君以外が僕の世界にいることを僕はもう耐えられない
それでも生きる
それを前提に答えを出さなくては
なら、どうする?
「もういっそこの世界からみんな消えちゃえばいいのに」
「え?」
驚いた
僕も同時に同じ考えが頭に浮かんでいたから
「アダムとイブ
そしたら、もう私とあなたしかいない」
「そうだね
それなら君といることが僕の全て」
僕の世界は君が全てになる
「でも、無理だよね
この世界にいる人が消えるわけない」
「いや、ある」
君と話しているうちに僕は新たな答えを見つけた
「どうするの?」
「僕たちが消えればいい」
「そっか、私たちが消える側になればいい」
その日を境に僕は連絡も入れず、会社に行くことは無くなった
その日を境に僕と君が過ごしたこの部屋は鍵がかけられた空箱になった
「冷たくて気持ちいいね」
「うん、そのおかげで君の温もりを一層強く感じる」
波打ち際に肩を寄せ合って座る僕と君
つま先に触れる波が心地いい
「このボートどうする?」
「もう必要ない」
僕は目的を終えて不要となったボートに対しそう判断した
僕と君しかいないこの無人島から出る事はもうない
僕の腰が海につかるほどの場所までボートを引っ張り、沖に向かって押し放つ
ボートはゆっくりと水平線に向かって進んでいく
後ろを振り向き浜辺に帰ろうとした時、僕の元に君がきた
「危ないよ」
君は胸元まで浸からせている
波しぶきが顔にかかるほどに君にとってここは深い場所だ
「これでもうこの世界から出る方法はないね
なにがあろうと死ぬまで一緒にいる」
「そうだね
君と僕の世界ができたんだ」
僕は君を強く抱きしめた
君も僕を強く抱きしめた
2人の世界から全ての異物が消え失せた
この海が世界中につながっているように
僕の世界は君の世界と繋がり重なり合って一つになった
半身が海に浸る中、抱きしめ合う二人の熱は力強く熱を帯びていく
もう僕の世界には君しかいない
もう私の世界にはあなたしかいない
溶け合い混じり合い一つになっていく
もうこの世界には
〝僕と君〟
〝私とあなた〟
もう〝 〟しかいない
〝 〟の中は新しい何かになったということです
伝わらないと思いますが、すいません
ほんと国語苦手なんです