六章
城戸がソープ嬢の美沙をデートに誘うのが定番となっていたが、今日は逆に誘われた。
メニューをこなし、美沙の手を煩わせ身なりを整えている時だった。
「城戸さん・・・夜 ヒマ?」
「毎日がヒマだよ」
繁華街に呑みに出かけなければ、何もすることはなく、敷きっぱなしの布団でゴロゴロして、稼ぎの算段をするだけだ。
借りているウイークマンションも部屋を知らせているので、ソープの仕事が終わり次第部屋まで迎えに来てくれるそうだ。
ピンポーン
約束の時間に彼女は現れた。
「駐車場あるかしら?」
外に出てみれば、黒い普通車のワンボックスカーが路上に停められてある。
部屋に迎え入れても、何もすることはない。
「美沙ちゃんがよかったらこのまま行こうよ」
助手席に乗り込み車はとりあえずスタート。
「美沙ちゃん、どっかで晩飯を喰おうよ」
繁華街の夜の街はそれなりの知識があるがレストラン系統は全くの無知だ。
「どこでもいいかしら?」
ついた先は県庁のそばにある食堂街。
どこの都市でもそうだが、県庁の隣は県警の本部があり、その建物が目に入った瞬間、つい身構えてしまう。
食堂街の地下に潜り込み、豪華にイタリア料理をいただく。
どうせ稼いだお金でも元をたどれば他人様の現金。
腹がいっぱいになり店外に出れば夜のとばりが下りている。
「城戸さん、どこでもいいかしら?」
「飲み屋は知っていても名所は全くだからねぇ・・・」
彼女の案内で夜のドライブ。
地理が全く分からないままに連れていかれたところは、数組のカップルが抱き合い熱い口づけを交わしている、ムードある夜の公園。
長いベンチに腰を下ろしている小心者の城戸は、恐る恐る彼女の肩に腕を回し周りのカップルの真似をする。
小高い丘の上にある公園。
下を見ればゴルフの打ちっぱなしと、その横にはまぶしいほどに照らされているラブホが眼下に見える。
彼女曰く、ゴルフの練習場とラブホの距離はかなりのものらしい。
十分に夜景を楽しみ、唇も重ねたし次に向かったところは鹿児島でも有名なホテルがある城山。
ここでも夜景は見事なものだ。
ホテルの前は駐車場。
そこに一時駐車して座席を倒せばすることは一つ。ここでもキッス。
今日は何回目の口づけだろう。
おそらく一生分の口づけをしたような気がする。
しかし、事件が起きたのは次の日だった。
何気なくズボンのポケットをまさぐれば、入れていたはずの手帳が見つからない。
少し慌て部屋中においてあるものを片っぱなしに探しても見つからない。
「む~・・・・・・」
可能性があるのは彼女の車の中。
シートを倒したときに、ポケットから手帳が落ちたのかも?
その失くした手帳には他人様の住所と電話番号が記されている。
そのほかに・・・他人にはわからないように稼ぎのことも綿密に書かれている。
「困ったなぁ~」
もし、怖い桜田門の輩に見られれば、手がすぐに後ろに回りかねない。
パンパカパ~ン
携帯電話のファンファーレがなった。
ボタンをプッチと押して通話はじめ。
「城戸さん、車の中に手帳が落ちてたよ」
連絡はうれしいが、今日はソープを訪ねる予定がなくてもお礼として、美沙ちゃんを訪ねなくてはならない。
アパートまで持ってきて
とは、言いづらい。
どうやら手帳に気づいたのは彼女のご主人みたいだ。
それでも彼女が咎められることはなく、言いかえればそれほどまでに夫婦の仲は破綻しているのだろう。
それからしばらくして、彼女を夜の街に引っ張り出すことが多くなった。
もちろん美沙ちゃん同伴で、るりちゃんが勤めているスナックに出かけた後のことだった。
「ふーさん、美沙さんのことだけど・・・」
「なーに?・・・」
ふーさんとは城戸の通称だ。
るりちゃんは、お金目当てに近づいているのではと心配してくれた。
が、心配してくれるのはうれしいのだが、その魂胆は互いにあることなので何も言えなかった。
要は城戸もソープ嬢なればいくらかの小金は持っているだろうと思い、彼女に近づいていたのだった。
ただ、現実はそうは甘くもなく美沙ちゃんはそれなりの苦労をしているみたいだ。
それから数日後のことだった。
城戸と美沙にも破綻の時がやってきた。
例によって、デートを楽しんでいる時だった。
「城戸さん、私を福岡に連れて行ってくれない?」
駆け落ちを持ち掛けてきたのだ。
しかも、4人の子供も一緒にという。
かわいそうなのは、城戸ではなく美沙だ。
城戸のことを完全に小金持ちのオジサンと思い込んでいる。
「考えてみるよ・・」
その場では返答をせずに・・・別のことを思案していた。
そろそろ潮時で、一旦は福岡へ戻るか・・・
あくまでも城戸の本命は、るりであって美沙ではない。
美沙は金目当てに近づいたお遊びだったのだ。
つづく