一章
自分が作った借金で首が回らなくなると、家族・会社を捨てての現実逃避。失踪、つまり家出したのだった。サラリーマン金融から借りていたお金の大半は多分に漏れず遊興費だった。
パチンコと、若い女性との飲食でサラ金からの借金は膨れ上がっていった。
総額では4百万にもなっていた。利息を加えれば、当然ながらそれ以上の借金に膨れ上がっていただろうことは簡単に予測される。
現実逃避に走った男は、長財布の中に入れていた数十万円の所持金がなくなれば、どこかで入水自殺でもと思い所有している乗用車で目指した先が鹿児島だったのだ。
自殺をどこまで真剣に考えていたのかは疑問に残る男の行動だった。
中学生だったころ、修学旅行で訪れたのが鹿児島だった。それ以来なので、鹿児島市内の駐車場なんて知る由もない。
頭に浮かんだのは、JRの駅前ならば駐車場があるのではないかと思い、着いたところがJR西鹿児島駅だった。
車をJR鹿児島西駅(現・鹿児島中央駅)に付設されている駐車場に預けると、その足で路面電車に飛び乗り天文館と呼ばれている繁華街へと足を向けたのだった。
でたらめな男だけに、遊ぶところだけの感は鋭くあたる。
繁華街に着けば宿を求め宿泊先を決めたのが、朝になればドアの隙間から新聞の朝刊が差し込まれる、ぜいたくなシティホテルに一泊を求めたのだった。
シングルでも広めの部屋を取った男はベッドに寝そべり、枕元に置いてある鹿児島案内図に目を通した。
「ヨシ。今日はここに行こう」
初日は慣れぬ土地での繁華街はわかりずらい。探索を兼ね案内図に載っていたスナックは間口二間ほどのビルにあった。
扉を開ければ「いらっしゃい」と、明るい女性の声が聞こえた。
店内を探るような視線で足を踏み入れれば、右手には五人ほどが座れるカウンターがあった。細身の男性が一人カウンター内にいたけどバーテンの匂いはしない。
先客たちは小さなテーブルが置いてあるオープンボックス席に腰を下ろしている。ボックス席に慣れない男はカウンターのスツールに腰を下ろそうとした。
「お客さん。どうぞこちらへ」
腰をおり近づいてきた女性に案内されたのがボックス席だった。
鹿児島では、スナックの看板を出してはいてもカウンターはポーズだけでボックス席が主流らしい。
しかし、この店のボックス席と言っても、フロアには小さなガラステーブルに一人用のソファがセットされているだけだった。クラブのボックス席とは異なりソファの背もたれはない。
奥にあるボックス席に座るにはためらいがあった。
初めての店では奥にまで足は運びづらいし、聞かれて困るような話もなければ、ましてや初対面の女性を口説くような心臓をも持ち合わせていない。
相手をしてくれる小太りの女性から名刺を頂戴すればそこには、店名の下にママと書いてあった。
スケベ心丸出しでフロアを見渡せば若い女性が数人接客に務めていた。
素性を尋ねられ旅行客だと言えば、宿泊しているホテル名を聞かれた。隠さなけれならない理由もなく正直に答えた。
借金を作るわりには気の小さな男は、飲食代が気になり早々とスナックを切り上げホテルへ帰った。
二日目になれば、昨夜とは違うお店をと思い観光案内を見るも、興味を抱かせるような店はなかった。そこで思い出したのが昨夜の会話だった。
「連絡を受ければお迎えに上がりましたのに・・・・・・」
ならばホテルのフロントで飲食店を紹介してもらい、尚且つ連絡をつけてもらえればと、自分に合わせ都合よく考えた。
早速、ホテルのカウンターに向かった。
ロビーには夜の職業と思われる女性が数人、椅子に座っていた。顧客を待っているのであれば男もその一員になるはずだ。
「安くて飲めるお店をご存じないですか?」
訪ねるときだけは低姿勢だ。
「少し、お待ちいただければお店のモノが迎えに参りますけど・・・・・・」
フロントマンから言われた男は二つ返事でお願いした。
「かしこまりました。ソファに座られて少しお待ちください・・・・・・」
先ほどまでロビーにいた女性が、顧客の顔を見るや否や満面の笑みを浮かべて腕を組み、ホテルの正面玄関から出ていった。
空いたソファに腰を下ろし、迎えの女性が来るのを見かけだけは静かに待った。心は期待に胸膨らませて。
二人の女性が入ってくるなりフロントのカウンター越しに話しをしている。
「ヤッター!」
男は小さくこぶしを握り締めた。年配だろうと思われる女性の横にいる女性は、小柄で男の好みだった。
従業員が手のひらを上に向け「あちらにお座りのお客様です」と、言っているように口が開かれているはずだ。
男の思惑通りだった。女性が振り帰り男と目が合えば、笑みを浮かべた頭を下げながら向かって来る。
「城戸様でしょうか?お迎えにあがりました・・・・・・のモノです」
「当店をご指名いただきありがとうございます」
続けられる挨拶など聞く余裕がない男は、気づかれぬよう迎えに来てくれた若い女性の姿を、つま先から頭のテッペンまで舐めるように見ていた。
つづく