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25 カルロ・エクゼスの訪問


 年度を待たずに退学したカルロは、帰郷した翌日に大公殿下のところに挨拶に伺い、ユリフォスの実家であるアンテルノ家にも足を運んでくれた。


 エクゼス家は大公家の縁戚ではあるが、旧家ではない。

 前大公家の流れを引く旧家、フォン・アンテルノ家に敬意を示したものと思われた。


 カルロはアンテルノ家で歓迎され、すぐに応接の間に通された。

 応接の間は樫の一枚板でできた重厚なテーブルが中央に置かれ、広々とした二つのソファーといくつかの肘掛け椅子がテーブルを囲む形で配されている。

 ソファー席にロベルトとカルロが座り、肘掛椅子にヴィヴィアとリリアセレナがそれぞれ腰を掛けた。


 ユリフォスよりも一学年下のカルロは、明るい髪色でくっきりとした二重瞼を持つ二十一歳の青年だ。

 まだ社交デビューしていないリリアセレナにも折り目正しく接してくれ、まるで貴婦人に対してするように、その手を取って軽く甲に口づけた。


「ユリフォス殿の最愛にお目にかかれて光栄です。リリアセレナ夫人の事はユリフォス殿からよく伺っております」


 開口一番そんな風に挨拶され、もうすぐ十二歳になるリリアセレナはすっかりいい気分になった。


 顔も覚えていない夫であるけれども、文を通じて心を通わせていき、今やユリフォスはリリアセレナにとってなくてはならない大切な存在となっている。

 その夫が友に自分の事を話していると知り、嬉しくならない訳がなかった。


「わたくしもカルロ様にお会いできて本当に嬉しいです。

 向こうではよくマティス会なる集まりをされるのだとか。

 酒を酌み交わしながら数術について語り合っていると、ユリフォス様が楽しそうに手紙に書いておられました」


「マティス会?」

 ヴィヴィアが小さく首を傾げ、唇を綻ばせた。

「随分楽しそうな響きね。今の修学院に、マティス出身者は何人いるのかしら」


 尋ねられたカルロがにこやかに口を開いた。

「ユリフォス殿と私を含めて五人でした。私の一つ下の学年に二名、その下に一名おります」


「それより下の学年のマティス生はいないのね」


「はい。アルルノルド殿下も今年で学院を離れますし、マティスから留学を望む者はしばらくいなくなるのではないでしょうか」


「留学生とアルルノルド殿下は何か関係があるのですか?」


 不思議そうにリリアセレナが尋ねると、

「貴族は人脈を欲しがるからね」とロベルトが穏やかに笑んだ。


「他国の王族と親しく交われる機会はなかなかない。

 アルルノルド殿下が修学院に進まれると知って、修学院の志願倍率は跳ね上がったと聞いているよ」


 そういう裏事情があったのね……とリリアセレナは小さな吐息をついた。

 純粋な学問好きだけが修学院を志すのかと思っていたが、どうもそうではなかったらしい。


「私も本来であれば、修学院への留学など許してもらえていませんでした」

 カルロが微笑みながら言葉を足した。


「数術は単なる教養で、いわば貴族の道楽です。

 幸運にもアルルノルド殿下が修学院に進学されたお陰で、人脈を繋ぐという大義名分で留学が叶いました。

 私の学年にも、殿下との縁欲しさに入学した者も一定数いたようですが、修学院は生半可な気持ちで通えるところではありません。

 数術に興味がなかった者は結局授業についていけなくなり、進級できずに退学を選びました」


 その後修学院での話を色々聞かせていただいたが、数術学部は特に、無類の数術好きが集まっているようだ。


 特に学部内にあるという小掲示板は、彼らにとってなくてはならない腕試しの場になっており、そこに名を残せる事は全数術部学生の夢だとカルロは楽しそうに語った。


 よくよく聞くとその掲示板は、会合の告知や学生同士の連絡手段として設けられたものであったらしい。

 だがある時、優秀な学生が難解な設問を面白半分に張り付けた事で、この掲示板の活用方法が一気に変わってしまったのだという。


 凡そこの学部に在籍するような者は、難しい設問を見れば胸が躍るというちょっと特殊な嗜好の人間ばかりだ。

 挑戦されれば解きたくなるし、自分も難解な設問を披露して、見も知らぬ相手をうならせてみたくなる。

 という事で、数術馬鹿達はこぞって小掲示板に思い思いの設問を貼り付けるようになった。


「間違えた答えを記せば恥をかきますし、出題する方にとってもそれは同様です。

 余り易しい問題を書けばその程度の知識かと思われますし、反対に設問として成り立たないものをうっかり披露してしまえば、『回答不能』と書き込まれて頭を抱えるようになるのです」


「カルロ様はその掲示板に出題なさいましたの?」


 興味深そうに尋ねたヴィヴィアに、

「四年生の夏にようやく掲示板デビューしました」

 晴れやかな顔でカルロは答えた。


「三年生までは、はっきり言って歯が立ちませんでした。

 出題された問題が解けないというだけならまだしも、書き込まれた答案を見ても、意味が理解できないのです。

 同級の奴らと――、失礼、同級の者達と散々討論し、結局は理解できずにそのままという事も多くありました」


「ユリフォス様は三年生の基礎課程を終えた時に、アルルノルド殿下と連名で謎解きに挑んだのですって」

 リリアセレナが楽しそうに口を挟んだ。


「出題までは無理でも、同学年生が作った比較的優しい設問なら何とか解けるのではないかと小掲示板をしらみつぶしに歩き回って、ようやく見つけた設問をアルルノルド殿下と知恵を合わせて解いたと聞いていますわ」


 殿下と膝を突き合わせて議論し合い、ようやく回答を見つけた後は、取る物も取り敢えず掲示板に向かったとユリフォスが手紙に書いていた。

 四年生らにあの設問を見つけられたら、その場でさらっと回答を書き込まれ、掲示板デビューは水の泡となってしまうからだ。


 リリアセレナの言葉に、

「ユリフォスは向こうで楽しくやっているようだな」

 とロベルトが目を細める。


「楽しすぎて、妻の存在を三年間も忘れるくらいですから」

 しらっとした口調でリリアセレナが言うと、それを聞いたカルロは大いに焦ったようだ。


「ユリフォス殿は深く反省されていましたから、もうその事は言わないでやって下さい」

 余りに必死になってそう言ってくるので、アンテルノ家の三人は思わず笑いを噛み殺す羽目になった。


 その後、食事の準備ができたと家令のデュランが呼びに来て、一同は食事の間へと移った。

 ゆっくりと食事を楽しんだ後、カルロとロベルトは遊戯室に場所を移動して、酒を酌み交わしながら二人でボードゲームを楽しんだようである。



後二話で終わります。これまでお付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。それと本日、「アンシェーゼ皇家物語4 禁じられた恋の果てに」が発売されます。どうぞよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
前話で終わりかと思っていましたので、まだ続くと知り嬉しく思っています。 4巻読了しましたが、かなり大胆に挿話や改稿がされていて新鮮に思いで楽しませていただきました。 リリアセレナの恋のお話も素敵でした…
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