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24 その後の日々


 ジェルドはその翌日にガランティアへと旅立ち、リリアセレナはユリフォスへの手紙をお願いした。


 リリアセレナは今まで干拓がどのようなものなのか詳しく知ろうとしなかったが、ユリフォスの身近に仕えているジェルドと話をして、干拓についてもっと詳しく知りたいと思うようになっていた。


 そもそも堤防を作ったとして、堤防の内側に残る水をどうやって汲み出すのだろうとずっと疑問に思っていたが、別に人の手でどうこうする必要はないらしい。

 海には潮が満ちて海面が高くなる満潮と、潮が引いて海面が低くなる干潮があるので、堤防に水門を作り、海面が低くなった時に水門を開ければ、海水が自然に海の方に抜けていくとの事だった。


「じゃあ、土地から水が抜けたらすぐに人が住めるのですか?」

 そうロベルトに問うと、「いや、水が抜けてから勝負になるだろうね」と返された。


 ロベルト曰く、元々海であった土地であれば、土にかなり塩分が残っており、塩抜きをしないと作物が育たないのだという。


「それ以前に、真水の確保が必要になる。井戸を掘っても塩水しか出ないだろうから」


 そのためロベルトは川から新しく水路を引く事を考えているようだ。


「川の水って、汚くありませんか?」

 リリアセレナの問いに、ロベルトは小さく頷いた。


「そのままでは飲めないだろうね。

 細かいゴミや水草なども混じっているだろうから、水を濾す道具が必要になる。

 各家でそれを用意するのは大変だろうから、何軒か単位で大きなものを作るようになるだろう」


「水を濾すってどうやるのですか?」


「砂や棕櫚しゅろの木の皮を使うと聞いた事がある。

 後は炭だろうか。消臭や解毒の作用がある筈だから」


 生活用水が確保できたら、こんどは土地から塩を抜いていく作業が始まる。

 塩抜きにはいくつかの方法があり、それらを組み合わせて行うようになるが、どちらにせよ莫大な手間と時間を要する。金銭面での負担も馬鹿にならない。

 まさにアンテルノ家の命運をかけた大事業となるだろう。


「お父様、お疲れですか?」


 難しい顔をしているロベルトに、リリアセレナが心配そうに声を掛ける。ロベルトは我に返ったように顔を上げ、「いや」と小さく笑った。


「あの干潟を農地に変える事はアンテルノ家代々の悲願だった。

 当主としてこの事業に立ち会えるのは、私にとってこの上ない歓びだ」


 小さく頷いたリリアセレナに、ロベルトは穏やかな顔で言葉を続けた。


「それに我が家には頼もしい後継ぎがいる。

 ユリフォスの粘り強さとガランティアで得た膨大な知識は、今後もアンテルノ家を発展させてくれる事だろう」




 ロベルトがユリフォスを頼りにしている事は妻として非常に喜ばしかったが、実を言うとリリアセレナは、二人に対して秘かな不満を持っていた。


「最近、わたくしへの文よりも、お父様が受け取られる文の方が明らかに分厚いの」


 どうでもいい愚痴であるが、リリアセレナにとっては深刻だ。

 リリアセレナはユリフォスからの手紙をものすごく心待ちにしているのに、妻宛ての封書よりも父親宛ての封書の方が分厚いなんて、何か間違っている。


「エトワースの干拓についての打ち合わせでしょう? 資料だから分厚いのは当然ではなくて?」

 不平を零されたグラディアは呆れたようにリリアセレナを見た。


「わかっているけれど、寂しいんですもの」


「じゃあ、干拓について詳しく教えて下さいって書いてみたら?

 きっと嫌になるほど分厚い手紙が送られてくるわよ」


「お父様に送られてきた資料を見せてもらったけれど、何が何やらさっぱりわからなかったわ。

 読んでも楽しくなかったから、それは勘弁して欲しいというか……」


「……結局、何が言いたい訳?」


「ユリフォス様が恋しいって事」


「一人で恋しがってなさい。付き合っていられないわ」

 グラディアにそっぽを向かれ、リリアセレナは慌ててグラディアに抱きついた。


「ユリフォス様が留学に行かれて、四年目なんですもの。もう顔も覚えていないわ。

 ずっと置いてきぼりの妻なんだから、惚気るくらいしたっていいでしょ」


「全く、面倒くさい子ねえ」

 べったりくっついてきたリリアセレナの頭をグラディアはよしよしと撫でてやった。


「で、愛しのユリフォス様は向こうでどんな風に過ごしていらっしゃるの?

 何か新しい話題はないの?」


「そうねえ。数術学部の同級生達が論文作成に目の色を変えているというくらいかしら。

 よっぽど追い詰められているのか、アルルノルド殿下などは目の下にクマを作っていらっしゃるのですって」


「あー……、確か王族の方は、何とかいう賞を取らないといけないんだったわね」


「何とかじゃなくて、ガルダール賞よ。

 今まで修学院に在学した王家出身者で、この賞を手にされなかった方はいないらしいわ。

 というか、受賞するまで退学させてもらえなかったというのが正しいらしいけど」


「うわあ。じゃあ、賞を取るまでずっと学生でいなきゃいけないの?」


「ええ。五代前の王弟殿下は、賞をもらうまで五回留年したと聞いているわ。

 アルルノルド殿下は大丈夫でいらっしゃるのかしらねえ」



 二人はのほほんと話していたが、結果からするとアルルノルド殿下は見事この賞を取り損ねた。

 つまり問答無用で留年決定である。


 受賞者名が張り出された紙の前で、アルルノルド殿下はしばらく魂を飛ばしておられたようである。

 気付いたユリフォスが取り敢えず部屋に回収し、その日はやけ酒に付き合ったと手紙に書いてあった。


「修学院ってなんだか凄まじいところね。

 それとも王族だから余計に厳しく審査されるのかしら」


 部屋でユリフォスからの手紙を読みながら、リリアセレナはうーんと考え込む。


 アルルノルド殿下の成績はかなり良かったと聞いているのに、この結果はどうした事だろう。

 まさか、王族に対する忖度そんたくは一切行っていないという事実を大々的に知らせるために敢えて落としたとか……と一瞬考え、いくら何でも穿うがち過ぎねとリリアセレナはすぐに反省した。


 因みに、今年度の数術学部受賞者は全部で九名であったそうである。

 数術学部に在籍している平民三名は全員受賞を果たしたらしく、おそらくこの三人のうちの一人ないし二人が学位を取るのではないかとユリフォスは手紙に書いて来た。


 一方、やけ酒を煽ってふて寝したアルルノルドは、翌日から再び数術三昧の日々を送り始めた。

 王族は何が何でもガルダールを受賞しなければならないのだ。

 自分から好んで修学院の門を叩いた以上、賞を取るしか道は残されていない。


 一回目の落選でお尻に火がついたアルルノルドは、必死になって論文作成に取り掛かり、一年後に見事、念願のガルダール賞を獲得した。


 ユリフォスと同じマティス公国出身で、一学年下のカルロ・エクゼスはこの年度のガルダール賞を取り損ね、即座に自主退学を決めた。


 カルロの父のエクゼス卿はマティス大公の従兄弟に当たり、国務卿として政治の中枢にいる重鎮だ。

 カルロは念願であったガランティア王立修学院で四年間、好きな数術を学ばせてもらい、アルルノルド殿下を始めとする多くの人脈をガランティアで繋いで、するべき事はすべてやり終えた。


 清清すがすがしい顔で退学届けを学院に提出したそうである。

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