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21 アンテルノ家の事情を知る


 ジュベル卿とこのアンテルノ家の間に何があったのだろうか。

 アンデルシアが帰った後、リリアセレナは一人でこのもやもやとした気持ちを抱える事になった。


 すぐにでも親友のグラディアに聞きたかったが、生憎グラディアはここ半月ほど、公都外れにある父方の叔母の家に遊びに行っている。

 それから十日余りが過ぎて、ようやく事の顛末を聞く事ができた。


「あー……、ジュベル卿ね」


 リリアセレナからその名を聞いたグラディアは、何とも言えない顔で溜め息をついた。

 それから、人に聞かれてはまずいと思ったのか、わざわざ窓際まで行ってきっちりと窓を閉める。


 ここは二階にあるリリアセレナのプライベートルームで、グラディアが遊びに来た時は毎回ここに通される。

 寝室とは扉一つで繋がっていて、ついでに言えばユリフォスの部屋と隣り合わせになっていた。


「わたくしは会った事はないけれど、従兄妹達からは色々と噂で聞いているわ。

 ヴィヴィア伯母様は体が弱くてお子は望めないって皆が思ってたから、長男のジュベル卿はずっと自分がアンテルノ家を継ぐのだと思い込んでいたみたい。

 いずれ自分が当主になるのだからと、かなり傲慢に振る舞っていたそうよ」


 そうして聞かされたのは長子であるジュベル卿ヴェントと正嫡の娘エリーゼとの因縁で、この時リリアセレナは、長子のヴェントを差し置いて次男のユリフォスが何故アンテルノの名を継ぐようになったのか、その理由を初めて知る事となった。


「何て事……」


 実の妹の死を平気で待ち侘びていたというヴェントは、故国にいる母をリリアセレナに思い起こさせた。

 あの母はリリアセレナの死を望むというより、リリアセレナを虐め抜く事に喜びを覚えるタイプだったが、肉親の不幸を望んでいた点で二人はよく似通っている。

 

 更にヴェントが血筋の事でユリフォスを散々虐げていたと知り、リリアセレナは怒りを露わにした。


 道理でグラディアが言いにくそうにしていた訳だ。

 リリアセレナの母親も平民であり、それこそヴェントの言うところの『半端者』である。


「ジュベル卿だって、母君はそんな大した貴族の出ではなかったくせに。

 平民の血を引く半端者で悪かったわね!」


 ぷんぷんと威勢よく怒っていたリリアセレナだが、次の瞬間、ある事を思い出して表情を強張らせた。


「どうしよう。この前ユリフォス様のお手紙の中に、ジュベル卿の名を出してしまったわ」


「何を書いたの?」


「大した事は書かなかったと思う。叔母様からジュベル卿の名前を聞いたけど、お父様やお母様の前では口にしないよう言われたという事くらいかしら」


「まあ事実だし、そのくらいは構わないと思うけど」


「で、言われた意味が分からなかったから、今度グラディアに聞いてみますって書いておいた」


「そこでどうしてわたくしの名を出すのかしらね……」

 グラディアが小さくぼやき、リリアセレナはごめんなさいと言うように軽く肩を竦めた。


「取り敢えず謎は解けたけれど、これからはユリフォス様に言われない限り、ジュベル卿については触れない事にするわ」


「……それがいいでしょうね」


 それからしばらく二人で無言でいたが、ややあってグラディアが再び口を開いた。 


「さっきの続きになるのだけれど、いざジュベル卿をアンテルノ家の継嗣候補から外そうとしても、なかなか大変だったみたいよ」


「大変ってどういう事? 当主であるお父様の一存で決まるのでなくて?」


「クス大公家の血筋を引く旧家の継嗣問題ですもの。

 それぞれの派閥の利害も絡んでくるから、色々な方が口を挟んできたらしいわ。

 ジュベル卿は人に取り入るのが上手で、知己であった高位貴族らに盛んに鼻薬を嗅がせていたみたい。

 裕福なイル卿が義父として控えていたから、いくらでもお金が使えたんだと思う」


 ユリフォス様は血筋の面でジュベル卿に劣っている。

 しかも騎士学校卒業後は辺境のクアトルノに在団したと聞くから、貴族としての人脈はほとんど作れていなかった筈だ。

 どちらが旧家の跡取りにふさわしいかなんて、誰の目から見ても明らかだったのだろう。


 ユリフォスを擁護したくても言い返せないリリアセレナは思わず黙り込んでしまったが、そんなリリアセレナにグラディアはいたずらっぽい目を向けた。


「そこに颯爽さっそうと登場したのが、大国アンシェーゼの第二皇女様って訳」


「え。わたくし?」

 リリアセレナはびっくりして思わず自分を指さした。


「そう。ユリフォス様にとってはこれ以上ない後ろ盾よね。

 何と言っても、義理の父親が大国アンシェーゼの皇帝になるのですもの。

 皇帝の娘婿を差し置いて、ジュベル卿がアンテルノ家を継ぐなんてあり得ないし、つまりこの婚姻によってユリフォス様は旧家の継嗣としての立場を盤石なものにしたって訳」


 リリアセレナはしばらくぽかんとしていたが、だんだんと嬉しさが込み上げてきた。


「あら。リリアったら、何をそんなににまにましているの?」


「だって、わたくしの存在がユリフォス様の役に立っていたんだと思ったら嬉しくて……」


 リリアセレナがそう言うと、グラディアは呆れたような笑みを零した。


「わたくしはユリフォス様にお会いした事はないのだけれど、リリアの顔を見る限り、大層素敵なお方のようね。

 顔がすっかり恋する乙女だわ」


「やだ。からかわないで」


 リリアセレナは照れくさくなって、ぱたぱたと手で顔を仰いで赤くなった頬を冷まそうとした。




 そのユリフォスからは数日後に便りが届いた。


『ジュベル卿についてこの文では触れないが、私達兄弟の確執をいつかリリアにも聞いてもらいたい。君には隠し事をしたくないし、常に誠実でありたい』と手紙には綴られていて、その文面を読んだリリアセレナは嬉しさにしばらく悶えていた。


 リリアセレナはまだ子どもだけれど、ユリフォスはきちんとリリアセレナを妻として扱ってくれている。

 それが何よりも嬉しかった。


「最近はユリフォスからの手紙をわたくし達に見せてくれないのね」


 最近は習慣となっている庭園の散策をしながらそう言ってきたヴィヴィアに、

「あれは恋文ラブレターですから」とリリアセレナはすまして答える。


「リリアだけの大切な大切な宝物なのです」


「それもそうね」とヴィヴィアは笑い、それからふと、思い出したように呟いた。


「恋文……、そう言えばわたくしはロベルトに恋文を渡した事がないわ」


「お母様はお父様と一緒に暮らしていらっしゃいますもの」


 ロベルトが領地視察で館を空ける日はあるが、それ以外はいつも二人で仲睦まじく寄り添っている。

 今更、文のやり取りなどする必要はないだろう。


「それはそうなのだけれど、一回も恋文を書いた事がないなんて少し寂しいわ」

 ちょっぴり残念そうなヴィヴィアを見て、リリアセレナはある提案をしてみた。


「ならばお父様に恋文を書いてみたらいかがですか? わたくしがお渡ししますけれど」


「一緒に暮らしているのに?」

 首を傾げるヴィヴィアに、


「明後日はお父様がエトワースの領地視察に行かれる日でしょう?

 わたくしも初めて連れて行ってもらえるようになっていますから、向こうでお父様にきちんとお渡ししますわ」


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