外伝 クラウディアと子犬
名家出身で才色兼備、向かうところ敵なしといった堂々たる美女、クラウディアの思いがけない一面を楽しんでいただけたらと思います。
「胴長短足の犬が欲しいわ」
アルマディーノ家の次期当主であるダニエレが、誕生日プレゼントに何が欲しいかと妻に尋ねたところ、妻クラウディアは迷わずにそう答えてきた。
「胴長短足……」
クラウディアが言いたい事は何となくわかった。けれど、物の言い方というものがあるだろうとダニエレは内心そう思った。
クラウディアは旧大公家の血筋を引く旧家の総領娘である。
勿論、ダニエレだって家柄の良さでは負けていないのだが、クラウディアの傍に並び立つと何となく威厳負けしてしまう。
妻ははきはきとものをいう性格だから、余計に圧倒されてしまうのかもしれない。
一つ年下のクラウディアとの結婚が決まった時、ダニエレは正直なところ余り嬉しくなかった。
ダニエレは華奢で愛らしく、優しい感じの女性が好みだったのに、クラウディアはその真逆であったからだ。
豊満な胸を持った目の覚めるような美人で、身長も平均よりは上だった。
ダニエレは男としては背が低い方で、ヒールを履いたクラウディアが横に並べば、指二本分ダニエレの方が低くなる。
たかが指二本だが、この差が気にならない男はいないだろう。
でもまあ、縁あって結婚したからには円満な家庭を築きたいとダニエレは思っていて、今のところ二人の仲は良好だ。
アルマディーノ家の嫁としてクラウディアは申し分なく、夜の相性もばっちりだ。歯に衣着せぬクラウディアの物言いに時々たじたじとなるが、それにもだいぶ慣れてきた。
という事で、結婚して初めての妻の誕生日を盛大に祝ってやりたいと思っていたわけだが、妻がプレゼントにと望んだのはまさかの子犬だった。
ダニエレはちょっと拍子抜けしたが、それが妻の願いなら叶えるに吝かではない。
親族に声をかけて、生後二か月の子犬を用意した。薄茶がかったベージュのダックスフントで、面長で黒目はまん丸く、長い耳が垂れている。
「まあ、可愛い!」
クラウディアは大層喜び、愛おしそうにその子犬を抱き上げた。
「この子の名はカールに致しますわ。カール、貴方は今日からわたくしの家族よ。ずっと一緒にいましょうね」
カールに先天的な病気があると気付いたのは、それから僅か数日後の事だった。
後ろ脚に力が入らないのか、時折ふらつくようになり、そしてある日、何の前触れもなく痙攣発作を起こした。
すぐに獣医が呼ばれ、脳に何か異常があるようだと診断された。
カールをアルマディーノ家に献上した貴族家は蒼白となった。
カールの兄弟犬を連れて謝罪に訪れ、病気のカールはこちらで処分するので、代わりにこの子をお納めくださいと平身低頭した。
クラウディアは首を縦に振らなかった。
「カールはわたくしの子犬よ。他の子など要らないわ」
後ろ足の麻痺はだんだんと進行していったが、クラウディアの愛情は褪せる事なくカールに注がれた。カールには専属の使用人がつけられ、歩行器も用意された。
カールは歩行器を使って好きなところを歩き回り、とても幸せそうだ。クラウディアの姿を見ると大喜びで駆けて行き、くぅんと甘えた鳴き声を上げる。
「クラウディアは優しい女性だね」
ある日ダニエレがしみじみとそう言うと、クラウディアは不本意そうに眉根を寄せた。
「飼い主ならば当たり前の事です。それにわたくし、つい先日夢を見ましたの」
「夢ってどんな?」
「ある日わたくしがカールの部屋に行きましたら、そこに見ず知らずの若者がおりましたのよ。わたくしが驚いていると、なんとその若者が、『お母様、僕だよ。カールだよ』と言うではありませんか」
「……」
何でいきなりこんな話になったと思いながら、ダニエレは黙って耳を傾けた。
「実はカールは遠い遠い国の王子様で、悪い魔法使いに犬の姿に変えられていたのです。心から愛してくれる飼い主に出会えたら、魔法が解ける事になっていたのですって」
ダニエレが思う以上に、妻はストーリーテラーであったらしい。
「ふうん。それで?」
「カールはわたくしに言いました。
『お母様、今まで育ててくれてありがとう。お礼にお母様の願いを何でも叶えるよ』
ですのでわたくしは言いました。
『では遠慮なく。避暑地のエグザに別荘を一軒、レッド・ベリルの装身具一式、それに上部がガラス張りで車軸まで金箔が張られた大型の馬車が欲しいわ』と」
「……」
「わたくしが優しいなどと片腹痛い。だんな様は大きく勘違いしていらっしゃいます」
つんと顎を上げたクラウディアを見ながら、素直じゃないなあとダニエレは心に呟いた。
何と言うか、妻はかなりの天邪鬼である。でもまあ、そんなところも愛らしい。
さて、そんなクラウディアにはロベルトという優秀な弟がいた。
ダニエレよりも背が高く、顔も整っていて、頭も切れる。
クラウディアはこの弟を陰では褒めていたが、いざ本人を前にすると言葉はかなり辛辣だ。言いたい放題口にするため、ロベルトもよくクラウディアに突っかかっていた。
「クラウディアは本当に可愛いなあ」
ある日、一族の集まりでダニエレがそうぽつりと零したところ、傍にいたロベルトが、こいつ正気か! という目でこちらを見てきた。
「何と申しますか、義兄上は変わった感性をお持ちですね」
……なかなかに失礼な義弟だった。
カールという犬を飼っている友人より、こういう物語を書いて欲しいというリクエストがあったので、短編にしてみました。




