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妻からの便り


 事の発端は、農学部編入を果たした十日後、ジェルドから渡された一通の手紙だった。


 渡された時、また父からの手紙だろうとユリフォスは思った。

 父からは三、四か月に一回、短い便りが届いている。

 内容はいつも同じで、元気かどうかをまず尋ね、こちらも変わりがないと続き、最後に何か足りないものはないかと聞いてくるのだ。


 封書はいつもよりもかさがあり、何か変わりでもあったのかなとユリフォスは首を傾げた。

 そして何気なく便箋を開けば、目に飛び込んできたのは見覚えのない幼い字だった。


『ユリフォスさま、覚えてますか。妻のリリアセレナです』


「え、え、え……?」


 ユリフォスは驚愕し、がたんと椅子から立ち上がった。

 その拍子につるっと踵が滑り、ガシャンガチャガチャと派手な音を立てて後ろにすっ転ぶ。


「ユリフォスさま? 大丈夫ですか?」


 外からジェルドが声を掛けて来るのに、尻餅をついたままユリフォスは「ダイジョーブ」と声を上げた。

 驚きすぎてひっくり返っただけだ。


「ちょっと待て。リリアセレナって……? えええええええ?」


 ユリフォスは何度か大きく深呼吸して気持ちを整え、椅子に深く座り直して再び便箋に目を落とした。

 一体何が書かれているのか、心臓がもうバクバクする。

 幼い妻にとって自分がいかに最悪な夫であるか、ユリフォスはわかりすぎるほどわかっていたからだ。


『突然のお手紙で、驚いていらっしゃると思います。

 実は昨日、リリアは久しぶりにユリフォスさまと結婚しているのを思い出しました』

 

 あっ久しぶりだったんだ……とユリフォスは思った。


『お父さまとお母さまはとっても仲が良くて、私もお父さまみたいな人と結婚したいなあとお母さまに言ったところ、リリアにはもう旦那様がいると思うけど、とお母さまに笑われたからです。


 そう言えばそうだったと思い出しましたが、ユリフォスさまの事を忘れていても仕方がないと思います。

 リリアは一度もユリフォスさまからお手紙を頂いた事がありません。

 お誕生日にリリアにプレゼントを下さった事もありませんよね』


 これはもしかして責められているのだろうかとユリフォスは思った。

 じわっと嫌な汗が背中に滲んでくる。


『もしかしてユリフォスさまは浮気とやらをなさっているのでしょうか。


 妻や恋人と別れて暮らす男の人は、浮気に走る事が多いとグラディアが教えてくれました。何でも男の甲斐性というらしいです。

 甲斐性という言葉を本で調べたところ、根性があり、働きがあって頼もしい気性と書かれていました。

 誉め言葉なのに、それがどうして浮気と結びつくのかリリアにはわかりません』


 浮気はしてないし、ついでに甲斐性はない。学生の身分なので収入がないからである。

 それにグラディアって、一体誰だ?


『結婚しているのを思い出してから、お母さまにユリフォスさまの事をいろいろ聞きました。

 とても学問が好きで、王立修学院への進学を自ら希望されたとか。数術の基本過程を終え、今は農学を勉強なさっているのだと言われました。


 お顔も思い出せませんとお母さまに言ったら、お父さまと同じきれいな金髪で、瞳の色もお父さまと同じでとてもやさしい薄茶色の瞳をしているのよと言われ、そこから何故かお父さまの惚気のろけが始まりました。

 延々と続くので、リリアは最後にはあくびが出ました。


 お父さまに愛されているお母さまのように、リリアも旦那さまに大切にされたいのとお母さまに言うと、じゃあお手紙を書いたらどう?と言われました。ユリフォスは優しい子だから、きっとお返事をくれる筈よって。

 リリアは期待していいでしょうか。


 最後になりましたが、私の事はリリアと呼んで下さいね。お母さまとお揃いの名前みたいでとても気に入っています。

          リリアより』



 手紙を握ったまま、しばらく石のように固まっていたユリフォスだが、やがてはっと我を取り戻すと、慌てて机の引き出しを漁り始めた。

 幼い妻に返事を書くためである。

 今まで放っておいた事をとにかく謝って、それから三年分の誕生プレゼントも近いうちに送るようにしよう。


 ユリフォスは真剣な顔でペンを動かし始めた。



 ユリフォスの手紙に対する返事が来たのは、それから半月後の事だった。


『ユリフォスさま、お手紙をありがとうございました。

 お手紙が届いた時、すごく嬉しくて、お父さまやお母さまやアルラやニア、それにまかないのレデスや庭師のクタン、馬丁のコゼ、たくさんの人に触れ回って自慢しました。

 それからワクワクしながらお便りを開けました。


 去年と一昨年、誕生日プレゼントを送ってあげなかったとお詫びが書かれていましたが、リリアは全く気にしていないのでお気遣いなく。

 リリアもユリフォスさまのお誕生日に何も贈らなかったのですから、おあいこですね。

 今度、プレゼントを贈るからと書かれてあったのでとても楽しみです。

  

 浮気はしていないという事で安心致しました。

 最近流行の小説では、真実の愛に目覚めた男の人が浮気をして婚約者を蔑ろにするというお話が多いのです。私の場合は妻ですけれど。


 でも、浮気をした男の人は大体廃嫡されて落ちぶれるようになっているのですよ。後は、浮気相手より婚約者の方が優れた女性であると後になって気付き、浮気相手を捨てて婚約者に謝るというパターンもあります。


 これは勧善懲悪かんぜんちょうあくという物語の類型の一つだとグラディアが教えてくれました。グラディアは大層物知りです。そうは思われませんか?

 

 ところでグラディアは誰かとの問いがありましたが、お父さまのお姉さまであるリテーヌ伯母さまのご夫君の妹君の子どもです。一番仲の良い友達です。


 クラウディア伯母さまやリテーヌ伯母さまには、とてもかわいがっていただいています。リリアが来てから、お母さまが元気になったから嬉しいのですって。


 以前は部屋に閉じこもる事が多かったお母さまですが、最近は毎日のようにリリアと庭園内を散歩しています。

 庭師のクタンが珍しい花をいっぱい植えてくれていて、二人でそれを見たり、特に気に入ったお花はクタンに頼んで摘んでもらい、お父様のお部屋に飾ったりしています。

 

 ユリフォスさまはどんな毎日を送っていらっしゃいますか?また教えて下さい。お便りが届くのを心から楽しみにしています。

         リリアより』




『ユリフォスさま。今回は、お手紙と一緒にきれいなネックレスも入っていました。


 とても素敵なネックレスで本当に嬉しかったです。私の瞳と同じ碧玉石が使われていて、お父さまもお母さまもリリアにすごく似合うと褒めてくれました。


 ネックレスのお返しというほどでもないのですが、前回お便りをいただいた時からユリフォスさまに何か差し上げたくて、ユリフォスさまのためにハンカチに刺繍をする事にしました。

 お母さまと一緒に考えたデザインです。気に入って下されば良いのですけど』


 ユリフォスは慌てて同封されていたもう一つの包みを開けた。

 そこには白いハンカチが入っていて、隅に下手くそな刺繍がしてあった。


「おおおおおおおおおおお」


 ユリフォスは感動した。刺繍自体は拙いが、ユリフォスにとっては生まれて初めての女性からの手作りの贈り物である。

 幼い妻が自分のために一生懸命刺繍してくれたと思うだけで、胸がじーんとしてくる。


 明日にでもアルルノルドの部屋を直撃して、思う存分自慢してやろうとユリフォスは決意した。


『上手にはできませんでしたが、愛情はいっぱい詰まっています。

 これからももっとうまく刺繍ができるように、頑張りたいと思います。


 リリアは今、国語や公国の歴史や家庭管理を習ったり、マナーやダンスや乗馬を習ったり、毎日がとても忙しいです。

 実はリリアはお勉強があまり好きではありません。でもユリフォスさまのために一生懸命頑張りたいと思います。リリアの教養が足りていないと、ユリフォスさまに恥をかかせてしまうのですって。


 ユリフォスさまは数術が得意だとお聞きしました。

 お家にも数術の本がありますが、リリアにはちんぷんかんぷんです。男の方たちは何故こんな難しい数術を学ばなければならないのか、お父さまに聞いてみました。


 そしたら、論理にかなった思考を学び(ちょっと難し過ぎてリリアには理解できません)、物事を客観的に判断する能力を身に着けるためだと言われました。ユリフォスさまはすごいのですね。尊敬致します。


 ユリフォスさまにふさわしくなるよう、リリアもこれからお勉強です。家庭教師のマラナ夫人がいらっしゃったので、今日はこの辺りで終わりにします。

        リリアより』


 ユリフォスはぼりぼりと頬を掻いた。数術の基本理念はそうかもしれないが、ユリフォスが数術をするのはそれが単に楽しいからである。

 どっちかといえば道楽の部類に入り、何となく申し訳ない気分になるユリフォスだった。


 

 それからは手紙のやり取りも日常になり、いつの間にかユリフォスは妻からの手紙が届くのが心待ちになってきた。

 幼い妻はところどころ思考が突飛なところもあるが、それもまた面白い。



『トラモント卿、ユリフォス・ジュード・アンテルノさま。


 今回は正式名称で呼んでみました。

 今、リリアはシオン家の叔母さまにアンテルノ家の歴史について学んでいます。

 トラモント卿はアンテルノ家が持つ爵位の一つで、ユリフォスさまが正式な跡継ぎとして発表された日にお父さまからいただいたのですよね。


 セクルト公国では旧家と呼ばれる古い家系は複数の貴族位を持っており、成人した嫡男にこのうちの一つを与えるのが慣例なのだとか。

 嫡男が当主になった時、その貴族位が再び本家に吸収されるようになっていると聞きました。


 ただし、ジュベル卿の場合はそうではありませんでした。ジュベルの名前がアンテルノ家に吸収される事はないし、この名前をお父さまやお母さまの前で言わないようにと注意されました。

 理由はわかりません。教えて下さらなかったからです。

 今は王宮では姿を見かける事もない家なのだからと話を打ち切られてしまったので、今度こっそりグラディアに聞こうと思います』 

 


 ジュベル卿か……。久しぶりに聞く名に、ユリフォスは小さな吐息をついた。

 ヴェントが成人した時、父はヴェントにジュベルの名を渡してやった。旧家は貴族位を手放す事を嫌がるから、それは異例とも言える決断だった。


 父は父なりにヴェントを大切に思っていたのだろうとユリフォスは思う。

 ヴェントがエリーゼの死を望みさえしなければ、今頃アンテルノ家の名は順当にヴェントが継いでいた筈で、そうならなかった事にユリフォスは今でも深い安堵を覚えている。


 アンテルノ家が欲しかったのではない。ヴェントに踏み躙られる事のない、普通の人生が送りたかった。


 散々にぶつけられた言葉の悪意は、今もかさぶたのようにユリフォスの心に残っている。

 なるべく引きずるまいと思ってはいるが、あの痛みはおそらく一生忘れる事はできないだろう。


 物思いを振り払うように、ユリフォスは小さく首を振った。

 すべては過去の事だ。

 せっかくリリアセレナが一生懸命、手紙を書いてくれたのに、嫌な気分を持ち込むなんてどうかしてる。


『そう言えば、リリアは今度エトワースに連れて行ってもらえる事になりました。

 ユリフォスさまが育った土地を見たいと言ったら、お父さまが連れて行ってあげようと約束して下さったのです。

 お父さまと一緒のお泊り、考えただけでワクワクします。

 エトワースから帰ったら、またお便りいたしますね。

         リリアより』




『ユリフォスさま。エトワースに連れて行っていただけたのは、とても楽しい経験でした。


 領地視察で回られるお父様にご一緒したのですけれど、同行した管理人はわたくしの姿に最初戸惑っていました。


 お父さまがわたくしの事を紹介すると、「あの小さかった若さまの奥方さま」と目を丸くしていました。ユリフォスさまが結婚された事に驚いたというより、リリアがあまりに子どもなのに驚いたようです。


 その後の領地の見回りにも連れて行ってもらいました。

 お父さまの傍にいる私にも皆が手を振ってくれ、私がユリフォスさまの妻だと知ると、「結婚おめでとうございます」と口々に声を掛けてくれました。とても幸せな気分でした。


 ユリフォスさまの事を皆が若さま若さまと呼んでいます。

 小さい頃、アンテルノのお祖父さまがよくユリフォスさまを馬の前に乗せて領地を見回っておられたのですね。だからユリフォスさまはもう成人されているのに、未だに若さまと呼ばれています。


 小さなユリフォスさま。どんな子どもだったのでしょうか。とても気になります。

         リリアより』



『ユリフォスさま。ユリフォスさまが小さい頃使っておられた道具類をお父さまが見せて下さいました。


 年齢ごとに仕分けしてあって、このペンやノートを使ってユリフォスさまが勉強されていたと思うと、とても不思議な気がしました。


 子ども用のボードゲームもありました。小さい頃からお好きだったんですね。


 箱いっぱいに思い出の品があって、それをお父さまとお母さまと三人で見ながら、ずっとユリフォスさまの事をお話ししていました。

 リリアのものも取ってあるらしく、今度ユリフォスが帰国したら見せましょうねとお母さまに言われたので、今度中身を確認しておきます。とんでもないものが混ざっていては大変ですから』



 父上が私の私物を取っていた……? ユリフォスは呆然と手紙を見つめていた。

 幼い頃は、月に一度しか会ってもらえず、父はずっと自分に関心がないものだと思い込んでいた。


 貴族の家はどうしても長子を優先するし、実際、ヴェントに比べればユリフォスはいつも二の次だった。


 ユリフォスを優先してくれるのは亡くなったお祖父さまだけだと思っていたけれど、本当は父もずっとユリフォスの事を気にしてくれていたという事だろうか。


『そう言えば、ユリフォスさまを可愛がってくれたというお祖父さまの肖像画を初めて見ました。

 どことなく、お父さまに似ている気がします。特に目元の辺りとか。


 でもそんな事を言ったら、お母さまの惚気のろけがまた始まりそうだったので、リリアは賢明に口を閉ざしていました。

 お母さまはお父さまの事が好きすぎると思います。そうは思われませんか?


 こんな風に毎日を過ごしています。

 またユリフォスさまの近況もお知らせ下さい。

          リリアより』




『ユリフォスさま。前回、干潟についてお便りできていませんでした。


 干潟というのは、とても不思議な場所ですね。

 時間によって海に沈んだり、沼地みたいな土地が現れたりします。だだっ広くて、陸地近くには草みたいなものもたくさん生えていました。


 陸地とも海とも違うので、土地の利用が難しいと聞きました。

 勿論、人も住めませんし、こんなに広いのに、もったいないなと思いました。

 ユリフォスさまはこちらを何とかしたいんですってね。


 エトワールの干潟について詳しく調べるために、ユリフォスさまの補佐官が今度、帰国すると聞きました。

 ユリフォスさまについてガランティアに行ったきりだったので、奥さんとこどもたちも大層喜んでいました』



「奥さんと子どもたち……?」


 ユリフォスはぽかんと口を開けた。 


「嘘……、ジェルドって結婚してたの?」


 ユリフォスは文をテーブルに置き、慌ててジェルドのところに行った。そしてそれが事実である事を確認した。


 ユリフォスは心底自分が情けなくなった。

 こうして身近に仕えてくれていたジェルドについて、自分がいかに無関心であったかを思い知らされたからだ。


 家族との仲を裂いて同行させるようになった事については、仕方がない事だったとユリフォスも思っている。

 ただ上に立つ者として、近しく仕えてくれている者たちの事情をある程度心に留めておく事は必要だろう。



『ユリフォスさま。エクゼス卿の御子息のカルロさまがガランティアから帰国されました。

 寮で仲良くされていたとの事で、我が家にも寄って下さいました。


 ユリフォスさまたちは寮でマティス会なるものを作っていらっしゃったのですね。

 マティス公国出身の貴族の集まりで、今はユリフォスさまを筆頭に、アント・ラヴィヴィエールさま、セス・ソディアスさま、ショーン・クアさまの四人がいらっしゃるとか。


 以前はマティス公国からの留学生はほとんどなかったようですが、旧家出身のユリフォスさまやカルロさまが修学院に進学されたせいで、マティスからの留学生が増えたとカルロさまがおっしゃっていました。


 もっとも人脈を作らせようという親の意図とは関係なく、本人たちは数術を学べる事がただ楽しくてならないのですって。


 その後、カルロさまとお父さまはボードゲームをなさいました。


 その勝負はお父さまが勝たれましたが、後でお父さまは、カルロさまが手加減をしてくれたのだろうと苦笑しておられました。


 ユリフォスさまもそうですが、数術が得意な人間は論理的に思考を積み上げていくため、一手先や二手先どころか、その先の先までを瞬時に考えて盤上の駒を動かすので滅法強いのだそうです。


 リリアも時々、お父さまとボードゲームをしています。お父さまにいっぱいハンデをつけてもらってようやく勝負になる感じです。


 ユリフォスさまも帰国されましたら、今度リリアと遊んで下さいね。楽しみにしています。

       リリアより』

 


『ユリフォスさま。干拓についてのお便りを読みました。

 干潟を農地や人の住める土地にしたいと言っておられたので、リリアはてっきり土を運んでくるのかなと思っていました。

 でもユリフォスさまの考えておられるのは、埋め立てでなく、干拓というものなのですね。


 堤防を最初に作るのは埋め立ても干拓も一緒だけど、水を抜きながら土砂を埋めていく埋め立てと違い、干拓では水を抜くだけの作業なのだとか。

 そんな事が本当にできるのか不思議です。

 

 干潟の話をお母さまにたくさんしていたら、お母様も行ってみたいと言われました。


 お父さまは、最近はお母さまの体が元気になったので、一緒に行ってみようかと嬉しそうに言われました。きっと、領地の見回りの度にお母さまと離れ離れになるのが、お父さまは寂しかったのだと思います。


 だから今度は、お父さまとお母さまと三人でエトワールに行って来ます。お母さまにあの干潟を見せて差し上げられるのだと思うととっても嬉しいです。

 またお便りいたしますね。リリアより』




『ユリフォスさま。お母さまは干潟を見てびっくりされていました。どこまでも広がる泥状の土地を見て、これがそうなのと呟かれていました。


 ここがすべて農地であれば、アンテルノ家の財政も安定すると言われていたお祖父さまの言葉の意味がやっと分かったとお母さまは言われました。


 干潟の近くで、お祖父さまやユリフォスさまのお話を三人でしました。

 ユリフォスさまは小さい頃、たくさんお祖父さまに遊んでもらったのですってね。リリアにも今度、お爺さまのお話も聞かせて下さい。


 先日、鷹狩りでアルルノルド王子とご一緒されたとお便りに書かれていました。


 アルルノルド王子が無事ご退学(この言い方でよろしいのでしょうか?)された後も、親しくお付き合いなされているのですね。

 王室の行事に招待していただいたり、反対に殿下の方から特室寮の方に遊びに来られたりする事もあるのだとか。

 お酒を嗜みながらボードゲームをすると書いてあり、とても楽しそうだと思いました。


 遅ればせながら、この三月にマウルさまとフェイエさまが学位を取得されました事、心よりお喜び申し上げます。

          リリアより』



 

『ユリフォスさま。干拓の工事計画もいよいよ大詰めとなったのですね。


 お父さまの所には数字の書き込まれた詳しい図面が送られていて、リリアも見せてもらいましたがちんぷんかんぷんでした。

 お父さまは図面を見ながら、試算などを割り出していらっしゃるようです。


 ところで、先日アルルノルド王子の御婚約が調ととのったとお聞きしました。

 おめでとうございます。今年十七歳になるタルス国の第二王女様だそうですね。

 ご友人として内輪のお祝いの会にも呼ばれたと聞き、お父さまが喜んでおられました。


 内輪の会なので、ほとんどが王族で緊張したとの事。アルルノルドさまの兄君である王太子殿下のお子さまたちもご出席なさっておられたのですね。


 王太子殿下の姫君であるシェリアさまとリリアが同い年のため、リリアもこんな風に成長したのかなと、ついシェリアさまに目がいったと書かれていて、リリアは少し拗ねています。

 リリアはユリフォスさまにリリアだけを見ていて欲しいです。


      ちょっぴり焼きもちを焼いてしまったリリアより』



『ユリフォスさま。とても嬉しいご報告です。リリアの体が大人になりました。


 お母さまはとても喜んで下さって、その晩、たくさんの御馳走が食卓に並びました。

 お父さまが「今日は何かあったのか」と尋ねられて、リリアは何だか恥ずかしかったです。


 家令のデュランがお父さまに耳打ちされると、「そうか」とおっしゃって、「リリア、おめでとう」と言って下さいました。

 これでようやくユリフォスさまの妻になれるのだと思うと、とても嬉しかったです。

 取り急ぎご報告まで。貴方の妻、リリアより』



『ユリフォスさま。先日お父さまの所に、たくさんの難しそうな資料がいっぱい送られていて、リリアも見せてもらいました。


 堤防を九つのブロックに分け、仕上げていく予定なのですね。

 半年で出来上がるだろうとお父さまは言われましたが、そんなに短期間で堤防が出来上がるとはとても信じられませんでした。


 水が抜けた後は、忍耐のいる「塩抜き」という作業が待っているとの事。

 土の表面に『めいきょ』という溝を掘っていくそうですが、大変な重労働だとお父さまに聞きました。


 四、五年で塩は抜けるので、その間は比較的塩分に強い植物を植えるとか。お父さまは綿にしようかと話していらっしゃいました。


 先日も、お父さまとお母さまの三人で、広い干潟を見てきました。


 いつかこの土地から水が抜け、作物が育ったり、民家が立ち並んだりするのでしょうか。そうなったらとても素敵です。

「今の景色を目に焼き付けておきましょうね」とお母さまが言われ、リリアは何だか泣きたくなりました。


 工事はユリフォスさまが帰って来てからの事だと言われました。

 領民の皆も、早く若さまが帰って来られないかと皆、楽しみにしています。


 でも、一番楽しみにしているのは、絶対にリリアです。

 早くユリフォスさまがリリアの許に帰って来て下さいますように。

        貴方の妻、リリアより』



『ユリフォスさま。アルルノルドさまの結婚披露宴に出席されたとお聞きしました。

 マティス公国からはレリアス卿が大公殿下の代わりに出席され、帰国後に我が家に立ち寄ってくださいました。


 大層盛大な式であったようですね。

 ユリフォスさまとも向こうで会ったと、ユリフォスさまのご様子をいろいろ話して下さいました。

 私はユリフォスさまの妻ですので、レリアス卿のいらっしゃる席に呼ばれ、お話を伺ったのです。


 お父さまとお母さまと三人で、早くユリフォスさまが帰らないかなとよく話します。帰ってきたら、盛大な宴を開いてお祝いしようとお父さまが言っておられました。


 リリアを見て、ユリフォスさまはどのように思われるかしら。


 リリアはきれいだとお父さまもお母さまも言って下さいますが、親の欲目が入っています。

 もう少し鼻が高かったらいいなとか、もう少しすらりと背が伸びていたらいいのにと思います。


 背に関しては、まだ諦めていません。もう少し伸びる筈です。

 ユリフォスさまの隣に並んだ時に、おかしくないように少し大人びたドレスを作ってもらう予定です。

 早くユリフォスさまに会えますように』

 


『ユリフォスさま。ようやくこの日が来るのですね。

   

 もうすぐユリフォスさまが帰って来られると思うと、リリアはもう嬉しくて嬉しくて堪りません。その日が待ち遠しくて、暦に印をつけて指折り数えてその日を待っています。


 別れ別れの間、ユリフォスさまからいただいた手紙は、リリアの大切な宝物です。

 帰って来られたら、もうこんな風に文のやり取りをする事がないと思うと、ちょっぴり寂しいくらい。

 でも、別れ別れはもう嫌です。ずっとユリフォスさまのお傍にいたいです。


 帰られたら、今度は二人でたくさんの思い出を作っていきたいと思っています。

 お父さまとお母さまも、ユリフォスさまが帰られるのをとても楽しみにしておられ、毎日三人でユリフォスさまの事ばかり話しています。


 お父さまとお母さまの大事な息子であり、アンテルノ家の次期当主であり、そしてリリアの大切な旦那さまでもあるユリフォスさま。

 かけがえのない貴方の帰りを皆が首を長くして待っております。


     愛を込めて。  妻のリリアより』


 



読んでいただいてありがとうございました。外伝の二話目は、リリアセレナからの便りという形で、物語を進めてみました。

リリアセレナとユリフォスの物語はこれからですが、きっと幸せな家庭を築いていく事でしょう。

そのうちアンシェーゼから、里帰りのお誘いもかかるかと思います。

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2021/09/13 16:33 退会済み
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