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あたしのパパは不滅ときどき爆散  作者: GODIGISII
第三章 因果応報の不文律 後編
98/98

第二十八話 「抹殺完了!」

「こっち!」


 ただただカレンの導きに従って親友の首入り箱を抱えて走る。そこら中に職員と思しき魔人がのされて転がっていた。


「そこを曲がったらずっと真っ直ぐ!」


 頭の中が真っ白なまま、半ば操り人形となりながらも研究所を脱出して市街を走り抜ける。東の空はまだ焼けているというのに、どこか遠くから戦争でもしているような騒音が聞こえてくる。

 騒音の発信地から離れるように市街を走り抜け、市街の外の田園を走り抜け、田園の外の森を走っていると巨大な影に当たった。


「よし乗れ! 追手はないな!?」

「たぶん!」


 かつて闘技場で戦った強敵(とも)たる岩竜とその主人が待機していた。


「全員乗ったな!? ワッフン、飛んでくれ!」

「ガァゴッ」

 

 言われるがまま巌の如き竜の背に乗り、ブオンブオンという豪快な羽ばたきの音色を間近で聞くことに。

 決して発見されないよう、ワッフンくんは可能な限り低空飛行に努めてくれた。

 おかげでノヴァクの手の者に追われることはなかった。もしかしたらそもそも追手など放っていないのかもしれないが。


「見えてきたぞ。ここまでくれば安全だ」


 森を抜け山を三つ越え、本当に何事もなくノヴァクの下から逃げおおせた。

 今現在太陽は真上に位置している。直射日光と安堵が相まって額に汗が滲んでいた。


「ワッフン、着陸だ」

「……ん、なんだあれ? 野営地か?」


 ワッフンくんが高度を下げて着陸しようとしている先の平原には、ざっと数えただけでも千を超える数の天幕が設営されていた。

 民族移動か、そうでなければ戦争でも起こすというのか。

 目に入る人はほとんど鎧を着込んでいたり武器を携帯しているので、どうやら後者らしい。


「ゴァアーッ!!」


 着陸間際にワッフンくんが咆哮し、皆の注意を惹きつけた。


「奪還成功だぁあーッ!!」


 それからティエティエくんが声を張り上げて報じた。

 それが伝わるや否や各所から勝ち鬨の声ともいうべき歓声が上がり、野営地に散らばっていた人々がゾロゾロと集まってくる。中でも一人だけ、テントの上を獣のように跳躍してやってきた者がいた。


「ラファーダル……!」

「いよぅ! ノヴァクの野郎に捕まったって聞いたぜ! 頭の中とかいじられなかったか? それとあんたがガエルだな!?」

『……あぁ』


 またしてもかつて命のやり取りをした強敵が現れた。

 不毛の青土砂漠を治める四将であり、拳での戦いにおいては史上最強とまで謳われる、実は頭部が不毛地帯の偉大な男だ。


「お! おっさん達も無事に戻ってきたみたいだぜ!」


 ラファーダルが後方の空を指さす。振り向いて見ると空の一画を覆い尽くす一団がこちらへ向かってきていた。

 亜竜と竜で構成された大軍団とその軍団長である老いた龍。それらと随伴しておなごを両脇に抱えて飛行する吸血鬼の姿があった。


「そっちはどうだった? 上手くいった?」

「バッチリ!」


 勇者一行は降り立ってすぐにカレンと喜び合って手を叩き。


「久しぶりじゃのうガエル、ちと縮んだか?」

『……おかげさまでな』


 ロジャーは野営地の横に配下の竜たちを整列させてからやってきた。久方ぶりにペラペラおじさんではなく将軍らしい様を見た。

 そうしてひと段落して静かになった時、皆の視線はこちらを向いていた。どうも俺の言葉を期待しているらしい。


「えー……皆さんドーモこんにちは、アレン・メーテウスです。俺に言って欲しい言葉はなんとなく分かりますが、まずはその前に疑問を解消させてください」


 少し前まで真っ白で何も考えられなかった頭がようやく落ち着いてきたのだ。するといくつも解かねばならない疑問が湧いてきた。


「まず、カレン。君はたしかに死んだはずだ。なのにどうして生きている? 俺が行った後で身体が光に包まれたのか? それとも天から降ってきた涙を飲み込んだか? それとも別の神々に助けられたのか?」

「よくわかんないけど……あたしたぶん、死んでなかったんだと思う」

「なにっ?」

「嘘じゃねえゼ。先輩が行ってから一時間後に嬢ちゃんは目を覚ましタ。それまでずっと見てたが外部からの干渉は何一つなかっタ。たぶんアレだな、仮死状態ってヤツだったんダ」


 仮死状態ときたか。

 それがもし本当だというならカレンの祖先がそういう能力を持っていて遺伝したか、毒に対する強い耐性を持っていたということか? もとよりあの毒は致死性ではなかった? ……いや、それだけはありえないな。そもそもがケイを殺すための毒であって――。

 などと頭の中で結論が出る気配はしなかったので、これ以上深く考えることはやめた。とにかく六大神(くそったれ)がカレンを救ってくれたわけではなく俺の千年を捧げる必要はなさそうなので、ヨシ!


「具合は悪くないか? どこか麻痺しているとか、頭が重いなんてことはないか?」

「全然大丈夫!」


 カレンはそれを証明するために鋭い動きでシャドーをしてみせた。

 まだまだ華奢な体を今すぐにでも強く抱きしめたい衝動に駆られたが、やめた。皆の前だからというわけではない。全てが終わってないからだ。あの時カレンを救えずに苦しませて死なせた己を許せないからだ。


 ノヴァクとの話し合いにケリをつけるまで、甘えは許されない。 


「カレンは問題ないとして……。ケイ、君は大丈夫なのか? ノヴァクに心を壊されただろう?」

「うん、三日は何も出来なかったけどね。みんながずっと支えてくれて、わたしよりも苦しんで怖い思いをしたはずのカレンが立ち上がったのを見せられて、アレンくんを助けてノヴァクをどうにかしなきゃって思えたら立ち直れた……かな? わたしこれでも勇者だから!」

「……そうか、流石だな」


 アルビンの言っていた通り現代は豊作の時代で間違いない。

 これは困った、今後五十年は迂闊に悪事を働けそうにないではないか。

 

「ロジャーとラファーダル、俺なんかのためによく来てくれたな」

「あんたとは本気でやり合った仲だ。つまりダチってこった! ダチのピンチにはいつでも駆けつけるってもんよ!」

「梅干しの借りがあるからのう。ノヴァクを叩くなら当然協力もする。それと勘違いしとるようじゃから言っておくが、ワシが連れてきたのは竜とティエティエであって、そこな戦士共はワシとラファーダルの配下ではないぞ」

「俺は一人で来たぜ!」

「なんだと? ……とするとまさか、カレンが集めたのか!? これだけの数を!」


 カレンの輝きが、人徳が、魔界の各地から精強な戦士達を集結させた。

 それ以外には考えられない。


「ううん、あたしは何もしてないよ。この人達はみんなアレンが集めたんだよ」


 しかしカレンは否定し、俺が集めたなどと訳の分からぬことを口にした。



「メーテウス様!」



 軍勢の中から一人の男が唐突に出てきて俺の名を呼んだ。その顔に見覚えはないが、この軍勢の指導者的存在と思しき彼がティエティエ君と渡り合える実力者であることは一目見てわかった。

 そして俺と目を合わせるや跪き、背後にいる全ての魔人も彼に続いて跪いた。


「えっと……あの、どちら様でしょうか?」

「あなた様の剣にございます!!」


 彼もまた訳の分からぬことを口にした。

 こちらとしては一人として見覚えがないのだが、本当にどういうことだ?


「我らの祖はかつてあなた様からの救いと恩寵を賜りました! 我らがこうして生きているのもあなた様の御力ゆえに他なりません!」

「……あぁ、そういうことね」


 ようやく合点がいった。

 彼らは俺が以前多かれ少なかれ恩を貸し付けた者達の子孫だ。

 祖先が返しきれなかった分を今になってわざわざ返済しに来てくれたのだ。うちは優良企業なので利息も返済期限も設けていないしもとよりあげるつもりで貸したのだが、彼らの高潔な精神が踏み倒しを許せなかったというわけだ。


「あなた様から頂いた恩に報いるべく、我ら一同死兵となりましょうぞ! ご命令を!!」


 彼に続いて「ご命令を!」と、背後に控える軍勢が復唱する。


「わたしたちも戦うよ! 今度はもう自分を見失わないから!」

「ん」

「腕がなるわねぇん!」

「あたしもやるよ! やられっぱなしはムカつく!!」

「今度こそ嬢ちゃんを守りきるゼ」

「支援攻撃はワシらに任せろ。おヌシごと焼き尽くしてやるわい」

「祭りみてぇで楽しくなってきたなあ!」

「……そうか、そういうことだったのか」


 先輩達が「アレン・メーテウスには仲間を集める才能がある」と褒めてくれたが、どうやらお世辞ではなかったらしい。

 なんたってここには世界の半分を獲れるだけの戦力が揃っているのだから。


「よし分かった、やるぞ! ケイ、あの地図を貸してくれ」

「地図ね! はいこれ!」

「グリゴール、皆に見えるように上で広げてくれ」

「はいはい、わかったわよぉん」


 グリゴールは地図を頭上で掲げ、頼んでもいないのに胸筋を張って脚を艶かしく交差させてキス顔をし、まるで剣闘試合の合間に現れるお姉さんのようなポーズを取った。

 もちろん触らぬ神になんとやら、藪をつついて龍を出したくはないので一切触れずに話を進める。


「俺はこの場所でノヴァクと戦う。君達にはここを中心に半径五十キロ……いや、百キロの範囲を任せたい」


 そこらに落ちていた棒でとある大平原のど真ん中を差し、その周りを何度かぐるっと囲んだ。


「我々はどのように陣を取れば?」

「陣? 支援攻撃? 何か勘違いしているようだが、俺は戦えなどとは一言も言っていないぞ? 君達の役割はこの範囲内に住んでいる人間を全員避難させることだ」

「何……ですと!?」

「アレンくん? どういうことなの?」

「援軍なんぞいらん。俺がノヴァクとサシで話し合ってケリをつける」


 そもそも子々孫々末永く繁栄することを願って力を貸し付けたのに、こんなところで死なせては本末転倒だろうが。

 そんなに死に急ぎたいのなら俺の手の届かぬ場所で勝手に逝け。


「分かったか? 愚か者めらが!」

「してアレンよ、一応聞いておくが彼奴を殺す手立てはあるのか? 全力で自爆して直径一キロを消し飛ばしても生きていたのだろう?」

「ああ、ヤツはたしかに不死身だ」


 だが必ずタネはある。条件がある。この世界には俺以外に無から蘇る者などいないと、以前カミサマが言っていたのだから。アイツはクソ野郎だが、嘘だけはつかない。


「ヤツは地中の広い範囲に根か何かを張り巡らせていて、それがわずかでも残っていれば再生できる。こんなところか?」


 ノヴァクとの戦闘経験があり、ある程度は情報を掴んでいるはずのガエルに確認を取った。


『あぁ、おそらくな。俺とやった時もヤツは地面から生えるように蘇った』


 ガエルもまた俺と同じ考えだった。


「というわけで、ロジャーは天候操作に長けた者を集められるだけ集めてくれ」

「雷か雹でも落とすのか?」

「いいや、ただの曇り空でいい」

「曇り空じゃと? それにあの円の範囲は…………まさかおヌシ、アレをやるのか!?」

「そうだとも。忙しくなるぞぉ――」




 それから我々は総力をあげ、急ピッチでそれぞれの仕事を進めた。

 元々他所で研究されつくされている俺の体と研究しつくした首だけの吸血鬼に興味はないのか、ノヴァクが襲撃してくることはなかった。


「アレンくん! 避難しようとしない住民がいるんだけど!」

「金でも持たせて必ず立ち退かせなさい。それでもダメだというなら武力行使を許可する、やっちまえ」

「了解ッ!」


 誰も犠牲にならないように範囲内から可能な限り全ての生物を避難させ。


「あと少しだ! 皆踏ん張れぇーっ!! ……よし、ここまでくれば残りは任せろ。宇宙空間までは俺とロジャーで持っていく」

「ワシもやるのか? 普通に嫌なんじゃが」

「黙って働け、蒲焼きにされてえのか? それと念のためにもう一個作って運ぶからな」

「年寄りが年寄りを虐めるうううう! 誰か助けてくれえ! 過労死は嫌じゃああああ――」


 竜の軍勢とその親玉の力を借りて空の上まで持ち上げ。


「いよいよ、ねぇん……!」

「メーテウス様! 必ずや勝利を!」

「宴の準備はしておくでの」

「アレン、ゼッタイに勝ってね!!」

「あぁ、キッチリ締めてくるよ。山の上か竜にでも乗って応援していてくれ」


 ついに、決戦の日が訪れた。


「そんじゃ一丁、仕上げてきますかァ!」




 ♦︎♦︎♦︎




「どなたも、いらっしゃいませんわねえ……」


 この度はお茶会を開催しようと思い立ち、招待状を数人の殿方にお送りしたのですが一人を除いて断られてしまいました。その御方も未だ返事をくださらず、とても不安で寂しくてたまりません。

 ですので墓を十基ほど生やしてわたくしだったものを埋葬し、手足や頭を好きに組み合わせて作るヒトガタ――地域によってはエフィジーと呼ばれる芸術品をいくつも仕立て上げましたの! 渾身の出来ですことよ!

 それからお上品にお紅茶をしばき倒し、お梅干しをパクパクしてお待ちしている次第ですの。


「……っ! ノヴァク様ー! こちらですわーっ!」


 押し潰してきそうな曇天の下で独り待ち続け、寂しさに堪えきれず爆発四散しそうになっていた時にその御方は来てくださいました。

 ノヴァク様は魔界の四将という貴い身分でありながら、世界の発展のために自らの体を改造してまで生物研究に尽力なさる素晴らしい御方です。

 大変お疲れでしょうから全身全霊で労わって楽にしてさしあげますわ!


「ご招待いただき感謝します」

「おう」


 俺が座れよと言うまでもなく、ノヴァクは椅子を引いて対面の席についた。


「この前は『お前にはヒトの心が無い』なんて言って悪かったな。実はカレンとガエルが生きていたとは知らなかったんだ。君を誤解していたよ」

「ええ、構いませんよ。言われ慣れていますから」


 ノヴァクのカップに紅茶を注ぎ、自家製肉の燻製と梅干しを乗せた皿をそっと差し出す。


「これはお詫びの印だ。遠慮しないでくれ」

「では頂戴して…………んんッ!? とても美味ですね! これほど素晴らしい梅干しは初めて食べましたよ!!」

「だろう? 自信作なんだ」


 どうやら心も味覚も残っているようで、俺のおもてなしを大層喜んでくれた。

 それからしばらく二人きりの茶会を楽しんだのだが、なぜか遠くで監視している者達が「何してんだあの馬鹿野郎」と睨んでいる気がしたのでカップを置いて話を進める。


「そろそろ本題に入ろうか」

「ええ、そうですね。私をここに呼んだ訳を聞かせてください」

「今一度君を勧誘したい。俺の配下になって支えてくれるというのなら手厚く保護しよう。研究については俺の体と罪人の生体を必要なだけ提供するから、それで今まで通りに励んでくれ。どうだ?」


 これが最大限の譲歩だ。これ以上は譲れない。

 もしもノヴァクが本気で心変わりして話に乗ってくるというのなら、こちらも本気で受け入れるつもりだ。


「ご馳走様でした」


 ノヴァクは席を立って姿勢を正し、


「お受けできません」


 表情一つ変えず、最高の条件をあっさりと断った。


「そうか、残念だな。……では、貴様の行動に責任を取れ――《巣食(スク)夢見(ユメミ)根無草(ネナシグサ)》」

 

 墓に埋めておいた十人の俺を目覚めさせる。

 今回はあえてノヴァクの編み出した禁術を使ってやった。

 俺が普段使いしている死体操作の魔法とは違い、一人一人自分の身体を動かすように並行して思考しなければなければならないのでめちゃくちゃ頭が痛い。これ以上同時に操作しようとしたら脳みそが弾け飛びそうだ。


「よくもこんな欠陥魔法を作ってくれたな。二度と誰も使えなくしてやるからな」

「それでどうなさるおつもりですか? 貴方は不死者で私も不死身と呼ばれています。いくらやっても勝敗はつかないと思われますが」

「いいや、つくさ。お前はもうすぐ滅び去る。不滅は二人もいらない」


 ノヴァクが逃げ出せないように全員で取り囲み、ありとあらゆる拘束の魔法を浴びせ動きを封じる。

 されどもヤツは無抵抗で受け、不気味な笑顔を崩さない。



「――ときに、最強の魔法は何だと思う?」



 茶話の締めにと、男の子なら誰でも喜んで食いつきそうな問いを投げた。


「最強の魔法、ですか……。なんとも難しい質問ですね」

「では少し聞き方を変えよう。最も広範囲に破滅をもたらす魔法は何か? これならどうだ?」

「でしたら簡単です。あなたが得意とする『掌念爆砕』でしょう?」


 やはりノヴァクはそれを答えた。


「当たっていますか?」

「半分正解だ」


 たしかに「掌念爆砕」は俺が最も信頼する魔法だ。時を重ねるほど、愛を重ねるほどに強まり、いずれはこの身一つと引き換えに星を砕くこともできよう。

 だがそれは“いずれ”の話だ。若輩者である今は毒花一つ摘み取れないちっぽけな魔法に他ならない。


「でしたらお手上げです。答えを教えてください」

「かつてどこぞの破滅主義者が叡智神スーダシマリスに尋ねた。『どうすればこの星を壊すことができる?』とな」

「それはいかにも物騒な質問ですね。叡智神はなんとお答えに?」

「闇夜を照らす白い星、月を引き寄せてぶつければ木っ端微塵に砕ける。そう答えてもらったよ――」


 そこで俺は曇天の向こうにあるものに右手を伸ばし、


「――《(ヨロズ)()リシハ(チナ)ミノ(チカラ)ヨ》」


 極めて強い念を籠めて理論上は最強とされる言葉を唱えた。

 

「今のは物体を引き寄せる魔法ですね? まさか月を引き寄せたとでも?」

「それができたら苦労しないさ」

「では一体何を…………はっ!?」

 

 この地に迫るものを察知したのか、ヤツの張り付けたような笑顔が一転して驚愕に飲まれて大きく歪んだ。

 なんだ。やっぱりあるじゃないか、心。


「《掌念爆砕》ッ!」


 ノヴァクは間髪入れずに自らの肉体を消し飛ばして拘束から逃れた。

 十秒後には地の底から響くような咆哮と共に一帯が震え、あの日と同じように地を割って再び現れた。


「わーお、速そうだ」


 前回のような全部乗せした鈍重な怪物とは違い、長大ではあるものの流線形ですらりとした体に何十枚と翼を付けただけの単純ながら無駄の無い貌をしている。

 音を超えるような速度が出そうだ。何よりも子供に好かれそうだ。


「待ってよノヴァクくぅーん!」


 俺に目もくれず激しく翼を羽ばたかせ、別れの挨拶もせずにそそくさと飛び立とうとする薄情者に俺達全員でしがみついて引き留める。


「俺も連れてってくれよぉ。同じ不死者仲間だろぉ?」

「離せッ!!」


 身体を激しく振り、地面から触手だか根っこだかを生やして俺達を引き離そうとしてくるが、そう簡単にはやらせないぜ。世界のダニなどと称えられた俺様をなめるなよ。


 そうこうしているうちに刻一刻と時は過ぎてゆく。


「クソッ! こんなところでやられるわけにはァ……ッ!!」


 ノヴァクにはすでに余裕のよの字もない。


「ほら、見えてきたぜ」


 いよいよそれが現れた。

 空に敷き詰められた分厚い灰色を割って、燃え盛る火の玉が現れた。

 超硬度の希奇鉱(オロキンセル)を核にし、二千人分の俺を張り付けて固めた隕石ならぬ隕肉だ。宇宙空間から地上に落ちるまでに表面はこんがり焼けるので、実質焼肉と言っても差し支えないだろう。

 アレを地上に落とすと同時に爆破すれば目に見える範囲の全てが消え去る。

 直径一キロを消して殺しきれないのなら十キロ、それでも足りないのなら百キロ千キロと増やせばいいだけの話だ。何も難しいことはない。


「こんな、ところでェッ!!」


 ノヴァクは身悶えもがき十数枚もの翼を切り離し、俺の屍を全て振り落としてついに飛び立った。

 少しでも地面から離れようと垂直に上昇するが、時すでに遅し。

 三つ数える前に隕肉は地に落ちて全てを消し去るだろう。もはや逃れる術はない。


 元よりこの場所に来てしまった時から……いや、悪行に手を染めた時点で結果は決まっていたのさ。

 その身をもって報いを受けるのだ。

 《因果応報装置(スーパーリターナー)》の二つ名を持つ俺がしかと見届けてやろう。


「よっ、ほっ……と」


 別れの言葉を聞くために頭部まで登る。

 寂しいことにノヴァクからの言葉はなく、体を変形させてヒトのものではなくなった八つ目に睨みつけられた。

 なんとも強い怨念の籠もった、良い目をするじゃないか。


「来世で会おうぜ、ベイビー」


 なのでこちらも大人の余裕を以って喜色満面で応える。



「――――抹殺完了!」



 (つい)に地に落ちた火球が膨らみ、弾け、(ほど)けて()ける。古びた絨毯のように地表が捲り上げられ、白い絵の具で塗り潰すように緑が呑まれてゆく。

 灼熱と閃光に追いつかれる間際に我々が目にしたのは絶景も絶景、まさしくこの世の終わりと称する他ない絶景よ。


 この日僕たちは、世界の形を変えてしまったんだ――。




 ♦︎♦︎♦︎




 月明かりの下、ジョッキ片手にぼけーっと夜空を眺める。


「カンパーイ!」

「裸踊りするぜー!」

「あぁ!? やんのかテメェ!?」

「上等だゴラァ!」


 四方八方から羽目を外した馬鹿騒ぎの音色が流れてくる。

 野営地全体が夜の繁華街の如く陽の気に包まれていた。


「…………はぁ」

「どうしたアレン? 今ので十回目だぞ」


 弾け飛んでしまった身体の代わりに俺の身体を授け、すっかり調子を取り戻した(ガエル)が心配そうに目を合わせてくる。

 みんなのちからをあわせて、とらわれのおうさまをたすけて、わるものをたいじしました。めでたしめでたし。……のはずなのだが、どうにも気が重い。


「はぁ……」

「不愉快。食事が不味くなる」

「ねえ、本当に大丈夫なの? ノヴァクに何かされた?」

「カレンが何年も大切に手入れをしている花壇があったとしてさ。それを近所の悪ガキが荒らしたらどうする? 笑って許せるかい?」

「え? そんなの怒るに決まってるじゃん。一発ぶん殴るけど」

「魔界を創った神もそう思っていることだろうよ」

「……あ」


 いくら住民を全員避難させたとはいえ、暴虐神が愛を籠めて創った魔界の一画をぺんぺん草も生えない死の土地に変えてしまった。

 あちらからすれば俺はコロコロ立場を変えて暴れる傍迷惑な蝙蝠野郎だというのに、今回の件でさらに溝が深まった。ただでさえ目をつけられていたのに、だ。

 明日から毎秒魔獣が襲ってきたとしてもなんら不思議ではない。


「おーい皆の衆、持ってきたぞい!」


 とっておきの竜酒を持ってくると言って飛んで行ったロジャーが大きな樽を二つ抱えて帰ってきた。

 嗅ぐだけで酔ってしまえそうな香りが鼻をくすぐり思考を鈍らせる。……よし、今日はもう何も考えない。酒に溺れてしまおう。

 今日の俺は頑張った。明日のことは明日の俺に任せよう。


「おっと。忘れんように先にこれを渡しておかんとな」


 ロジャーが樽を置く。

 次いで流れる動作で封筒を手渡してきた。


「あ? なんだこれ」

「おヌシ宛の手紙じゃよ。本当はもっと前に渡しておくつもりだったんじゃがのう。すっかり忘れておったわい」

「ほぉん……」


 ボケ老人に対する怒りは湧かなかった。俺の心はさっさと手紙を読み終えて酒を飲みたいという思いで満たされているからだ。

 手刀でスパッと封を切って三枚折りされた紙を開く。


「えーなになに、親愛なる下僕へ。そろそろ魔界に到着するだろうと…………」


 読み上げながら先の言葉に目を通して声が出せなくなった。

 

「アレンくん? どうしたの?」

「何が書いてあるっていうのよぉん?」


 手紙の内容を知ろうとぞろぞろ集まって覗き込んでくる。

 読み終えた者は皆等しく俺と同じように言葉を失った。



『お前の知りたいことを全て知っている。お前がなぜ封印されたのか。カレンの親が何者で何処にいるかについてもだ』



 あの男からの手紙にはそのように記されていた。

 なので俺は一足先に樽の栓を開けて酒を注ぎ、ぐぃっと一気に飲み干し。

 それからカレンを思いっきり抱きしめた。


「え? いきなりどうしたの? ちょっと苦しいんだけど」

「パパ、頑張るよ。今日は何もやる気出ないけど、明日から頑張るよぉおおお……!!」


 すぐに「酒臭いから離して」とジタバタされて頭突きもされたが、最低でも五分間はこのままでいてやる。

 これくらいのご褒美はあってもいいと思うんだ、うん。


「やだぁああ! 離してよぉ!」

「ウェひっ、ひぇっひぇっひぇ……」


 長く険しい人生、適度な息抜きは必要不可欠なのさ。

 でないと爆発してしまうからね。




《第三章:因果応報の不文律 後編完》







「――それでは諸君、始めようか」


 封魔大陸の地形が一部変動して十日と経った日に、世界のどこかで秘密裏に会議が開かれた。

 議場の中心には円卓と十の議席が設けられ、その周囲の数段低い場所に九十の議席が並べられているという、力関係の分かりやすい配置になっている。

 

「六席様は何してんだよ。ずっと研究でもしてんのか?」


 必ず出席するよう言われて来たのに上位席に空席が一つあるのを見て、同じく《不死身》の二つ名を持つ第八席の男が不機嫌そうに吠えた。


「第六席ノヴァク・グルテンムリーは討たれた」


 第一席の議長たる男は躊躇うでも動揺するでもなく淡々と答えた。

 その言葉を聞いて十席以降の者達は動揺を禁じ得ない。


「馬鹿な! ノヴァク殿がやられただと!?」

「あの方は不死身だぞ!?」

「一体誰がそんなことを……」


 激しく狼狽える下々の席を見て、第八席は鬱陶しそうな顔で口を開く。


「所詮あいつは不死身でも何でもなかったってわけだ。……で、誰がやったんだ? 勇者様か? それとも下剋上でもされたか?」

「アレン・メーテウス」


 議長がその名を口にした瞬間、ピタリと動揺が止んだ。

 その名を知る者は黙って顔色を悪くし、その名を知らぬ者は知る者の反応を見て察したからだ。


「アー、不死者アレンってやつだろ? 殺しきれねえのか?」

「不可能だ。封印以外に手はない。そしてお前にはどうすることもできない」

「……あぁそうかよ」


 自らが出向くつもりであった第八席を、議長が言うよりも先に第二席がきつく諌めた。

 よってどちらもそれ以上は一切口を開かなくなった。


「今のところ目立った動きはないとはいえ、いずれ必ず我々の障害となる。そのため今は監視だけでも付けようと思うのだが、下位席で立候補する者は……」


 立ち上がった議長が三百六十度首を回してそれぞれの顔を見ていくが、皆一様に俯くか逸らすかして目を合わせようとはしない。

 その中で唯一手を挙げて目を合わせたのは末席に座る少年であった。


「私が監視します。お任せください!」


 灰色の瞳を持つ少年は自信ありげに声を上げる。

 議長はその様を見て満足げに目を細めた。


「たしか君はあの男の弟子であったな。では任せよう。リボンレイク王アルベール……いいや、《毒杯》のアルビンよ――」




《第一部 完》

 

お読みいただきありがとうございます!

これにて第三章及び第一部完結となります。

現時点で物語全体の進み具合は三、四割ほどですが、ここで一旦作品そのものも完結とさせていただきます。(登場人物紹介は近日中に投稿します)

ここで完結させた理由について、後書きで書くには多少長めになってしまうので活動報告にて掲載します。作者ページからご確認ください。


感想・誤字脱字の報告はいつでもお待ちしております!

背に腹は変えられないので最後にこれもやっておきます!


【重要なお願い】

少しでもこの作品を「おもしろい」「続きが読みたい」と思ってくださいましたら、

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