第二十五話 「知らぬが慈母神」
「この梅干しはだな、まず最初に栄養価の高い竜の血と魔角象の髄液と俺を三十回食わせたヒトクイヒョウタンの搾り汁に十年漬け、それから百年おきに「アレンくん、もう大丈夫だから」
人が親切に秘密の製造法を教えてあげるというのに遠慮された。
たしかに遠慮は美徳だが、使いどころを選ばないとかえって失礼に値するのを知らないようだ。
だが俺様は寛大だ。そのような些細なことで気分を害したりなどしない。
「それもそうだな。言葉で聞くより実際に味わった方が早いか」
宝石をいくつか鷲掴んで手に取り、まずは一人一粒おたべと差し出した。
しかしどういうわけか、四人揃って口を固く閉ざしている。
「どうしたお嬢ちゃんたち、食べないのかい?」
「……いらない」
気まずそうに顔を見合わせる三人に代わってカレンが答えた。
「美味しいよ?」
「だからいらないって。アレン達で食べてていいよ」
「そっかぁ……。なら仕方ない――」
一旦振り返って待ち侘びている魔人に一つずつ投げ渡し、
「――なんて言うと思ったか!? 黙って食えオラァーッ!!」
「んんんんーっ!?」
それから四人まとめて束縛と開口のツボを圧して間髪入れずに放り込んだ。吐き出してしまわないように閉口のツボも圧してあげた。
「存分に味わうといい」
さすがに無理矢理咀嚼させると好感度を著しく下げてしまいかねないので、そこだけは個人の判断に任せる。
やはり四人ともツボの効果が切れるのを待って咀嚼しようとはしなかったが、好奇心に負けたケイとカレンがほぼ同時に口の中を動かした。
「…………あれ? フツーにおいしい……?」
「……うん、わたしが故郷で食べたのより全然おいしい。グゥとミィも食べて大丈夫だよ。というか食べた方がいいよ!」
ケイがそこまで言うならと後の二人も諦めて咀嚼した。
そしてすぐに前の二人がしたのと同じように目を丸くさせる。
「だから美味しいと言っただろう? しかも美味しいだけじゃないんだ。どうだカレン、ケイ。調子のほどは?」
「身体がすごいポカポカする」
「それに疲れも全部消えて軽くなってる。ありえないくらい調子が良いけどまさかこれも」
「そう、梅干しの疲労回復効果だ」
それだけじゃない。
「ケイ、腕の包帯をとってみろ」
「うん? …………ウソっ!?」
最終試験で何箇所も浅く斬って流血させた。試験後に包帯を巻いて止血こそしてあるが、当然傷は残っているし激しく動けば傷口が開いてしまう。
そのように考えていたはずだ。
「全部、消えてる……」
驚いたことにあれほど大量にあった生傷が綺麗さっぱり無くなっているではないか。
もちろんそれだけでもない。
「どうだミロシュ、さっき浪費した魔力は回復しているかね?」
「もう一度製造法を教えて……ください」
「うむ、素直な子にはいくらでも教えてあげるし二千年物を二壺差し上げよう」
そう!
秘薬の伝説は世界中に多々あれど、この梅干しこそが疲労と傷と魔力までも回復させてしまう世界最高の万能薬なのだ!!
「これを一粒口にすれば病までも治る。流石に即効性の猛毒と心の病までは治せないがな。これで諸君にも真紅の宝石と呼ばれるワケが理解できたかな?」
「分かったからもう十粒ちょうだい!」
「そうじゃそうじゃ。御託はいいからはようはよう」
本来は魔王への献上品であることを忘れ、皆でご馳走と共にそれをつっついた。
何千年も敵対してきた種族同士とは思えない賑やかな宴は続き、ラファーダルとグリゴールが余興に腕相撲なんかを始めたあたりで。
「そうじゃアレン。ヌシに見せたいものがある。ベル様、ちょいと禁書庫の鍵を貸していただけますかのう」
「はい、どうぞ。好きに使ってください」
カレン達に不審がられないよう一服しにいかないかくらいの軽い感じで何気なく誘われた。
そのまま断るまでもなく着いていくが、なんとなく覚悟はできている。
そして玉座の右方、魔王の寝室とは反対の場所に隠された扉を開けて入った。
「えーとたしか、どこじゃったかの……」
「前より広くなってるな。改築したか」
我々が入った途端に天井の中心から紫光が放たれて部屋全体を淡く照らした。
まるで天文台のような形をした部屋には一万や二万ではすまない数の書籍が並べられている。それもそのはずで、禁書庫には城が建造された当時から今に至るまで魔界中の膨大な記録と記憶が保管されているのだ。
その中には魔王や四将など、地位の高い者が計画実行してきた所謂機密情報と呼ばれるものまで含まれている。
「お、あったあった。ほれ、これを読んでみい」
魔界の環境変化について調べようとしたところでロジャーがとある本を手渡してきた。
「えーなになに、強化人間製造実験? 責任者がノヴァク・グルテンムリーで被験者が……」
その本にはノヴァクが行ったとされる、非人道的な人体実験についての記録が事細かになされていた。
その本には実験に成功した被験者の名前が二つ記されていた。
一人は人族を裏切って魔人に寝返った四将アンディ。そしてもう一人は――
「どうする? 全て明かすのか?」
「…………知らぬが慈母神だ。この話は墓場まで持っていくさ」
♦♦♦
そこそこ凶悪な魔獣がうようよ住んでいると評判の深い森の中を進む。
魔王からノヴァク討伐の許可を貰い、城を発ってから三日経った。あと五日もすればノヴァクの治める都市タワシイルゼンゴに着くだろう。
「ふぅー……」
「アナタもうこれでニ十回目よ? 今日はやけに多いんじゃない?」
「そ、そうかな? あはは……。なんか緊張しちゃって。ちょっとヤな予感がするっていうか」
「ケイもなの? ……実はあたしもなんだけど」
「くだらない。根拠がない」
ケイだけでなくカレンまでもが嫌な予感がすると言い、それをミロシュが真正面から否定した。
「どうだラクサ。五爪魔獣でも見つけたかい?」
「いーやいねえナ。三爪くらいの奴でもオレ達を察知したらすぐ逃げちまってるヨ」
真の大妖精にしごかれた自称大妖精のラクサは魔界の草花と話せるようになり、最大で三キロ先までは探れるようになった。
「今回ばかりは嬢ちゃんの勘が外れたナ。…………いや、やっぱり外れてなイ! 一体来ていル!」
その言葉を聞いて即座に全員で戦闘準備態勢をとる。ほらねと一瞬自慢げになったバカ娘もすぐに真面目に構えた。
「方角は!?」
「南東! 木の上を飛んで一直線に向かってきていル! あと二十秒くらいダ!」
南東の空を木々の隙間から覗くと、たしかに翼を生やした人影が一つこちらに飛来している。
「――《疾レ風ヨ怒リニ答エヨ》!!」
ヤツが来る前に見晴らしをよくするため、暴れ狂う風を起こして周囲の木々を薙ぎ倒す。
「来た!!」
そいつは我々の前方に小型隕石の衝突じみた着地をして土煙を巻き上げた。
なお吹き荒れる暴風によって土煙は一瞬で木々と共に吹き飛ばされたが、そいつは何の問題もなく立っていた。
「あっ……」
「あらやだ、アナタまだ生きてたのぉん?」
暴風が止んでその者の姿がハッキリと分かるようになった。
男は真昼間から上半身裸の変態的な格好をしているが、ケイ達三人は見覚えがあるようだ。
そしてこの俺にも見覚えがある。
どうしようもない怒りで胃液が沸騰してきた。
「てめえ……! その身体はどういうことだ!?」
「アレンくん、アンディを知ってるの?」
「アイツが、アンディか」
「ちょっとどういうことよぉん?」
アンディとやらの顔は知らんが、その身体が誰のものかは知っている。
肉を容易く切り裂く鋭い爪、鋼鉄よりも硬く鍛え抜かれた色黒の肉体、そして黒く威圧的な翼――
「――どうしててめえがガエルの身体を持ってやがる」
首から下は紛れもなく親友のものだ。
残り三話で第三章は完結予定。




